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埋もれた短編

やることが多い!

作者: 平松冨永




 豪奢な寝台の上で目を覚ました。周囲から使用人や医師の驚嘆の声が上がるのを耳にする。

 奇跡だ。

 陛下に速達を。

 領内に広めねば。

 そんな内容が──異世界言語が同時自動翻訳されているから、本当は違う言い回しなんだろうなあ、と思いながら、俺は一旦目を閉じた。




 無職期間で貯金が底をつき、すっかり怠惰になった心身に鞭打って、求人サイトを回った。

 どうにかこぎ着けた某社面接は、レンタルオフィスの一室。没個性でもう特徴も思い出せない面接官は、俺のぺらっぺらな履歴書を眺めながら、頷いていた。


「いいですね、これだけの予防接種歴とは。性格は凡才かつ最低限の倫理観があり、付和雷同気質な上に臆病で非積極的。淡々とノルマをこなすことが苦でなく、相応に飽きっぽい」


 そんなこと、書いた覚えはないんだが。


「適合率も十分です、では今から入れ替わっていただきましょう」


 言葉の意味を問う前に、俺の意識は濁流に放り込まれた。




 極彩色とモノトーンが明滅する洪水のようなものにもみくちゃにされ、溺れながら何処かへ流されていく。一秒ごとに意識が遠退き、酸素の代わりに凄まじい「情報」が全身に入り込んでくる。苦しい、痛い、熱い、冷たい、動けない、動かせない、気持ち悪い、息が、息が。

 ──ひゅっ、と息ができた。

 助かった、と思う間もなく全身が焼ける。痛い痛い暑い熱い、なんだこれ、インフルエンザでもこんな、何度だ火傷かサウナの百倍の熱──。


 かはっ、と咳き込む。

 喉を中心に、体の重さと大きさの自認が広がっていく。なにを言ってるのか分からねーだろうが、俺にとってもなんじゃこりゃなので勘弁して欲しい。

 唐突に自分の五感を取り戻して、自身の肉体とのチューニングやピントが合った。そんな病み上がりで朦朧とした意識を取り戻したような、感覚。


 随分と落ち着いてきたな自分、と他人事のように思う。胸が重いが、呼吸ができると、こうも変わるのか、とも。

 酸素ありがてえ、と思っていたら、熱っぽい体に当たるなにかに──カサカサの唇に当てられた細いものに、気付く。そこから口腔と喉に注がれる……。


「ぶぐぅえっ、がほへっ、げほっ」


 温い液体に噎せて、咳き込みながら身を捩る。誤嚥に対する反射行動は、飛び起きるまでには至らなかった。

 ああ、なんか四肢の勝手が違う。

 これは自分の体じゃあない。




 そして冒頭に戻る。

 俺はいきなりの高熱で生死の境をさ迷った、この国の王位継承権第四位──いや、先月、従兄弟である王太子に嫡男が無事生まれて第五位になった、亡き王弟の二番目にして末子──だから亡き公爵の「次男」、で。

 えーと、来年、兄上が公爵位を成人継承するから、俺は亡父が有していた爵位の一つを継いで、国境辺縁の伯爵位に就く予定で。同時に名ばかりの王位継承権を返上して、その代償に。


 睡眠学習ならぬ昏睡学習させられた「この肉体が属する世界の常識」がややこしくて、頭が痛くなる。ちきしょう、こちとら元平民、しかもドがつく貧乏人だぞ。身分階級がある雲上人サマのあれこれなんざ、知ったことか。

 いや、教えられてるから知ってるんですがね。ピンとこない精神と、把握してる記憶の温度差がすげえわ。


 ええと、つまり。

 今の俺には身分がある。金もある。仕事もある。この先の予定もある。取り敢えず、記憶の通り真面目に頑張れば、大丈夫。

 俺と交替した、本物の公爵「次男」殿がどうなったかは知らん。俺の中にいるんだろうか。おーい出てこーい。


 へんじがない。ただの俺のようだ。

 いや待て、確かあの面接官は「入れ替わって」とか言ってた。つーことは、本物の「次男」殿は、地球の、日本の、うだつの上がらない俺の肉体の中、か。

 おおう、ろくでもねえ貧乏人と入れ替わった「次男」殿、済まん。

 しかしこの肉体に残っている記憶を確かめる限り、超絶勉強家で生真面目で「先進的」かつ合理的な主義思想の持ち主らしいから、今までの俺より真っ当な生き方をしてくれそうだ。

 他力本願で申し訳ないが、頑張ってくれ。肉体の差と社会体制と科学と文明と文化と……なんか思った以上にある差異を乗り越えられたら、結構住みやすい筈だから。いやいや、多分あの面接官がアフターフォローもしてるから、大丈夫か、うん。


 だって入れ替わる直前まで、「次男」殿のこの肉体は死にかけていた。風邪かインフルエンザか熱病かは知らんが。

 一発逆転で、地球の俺の精神とチェンジ。予防接種がどうのと面接官は言ってたが、俺の精神には免疫もセットだったんだろうか。勤めてた去年からこっち、インフルエンザの予防接種は受けてないんだが、だとしたら麻疹だったのか「次男」殿。


 と、俺が狸寝入りをしている横で、色んな人がわあわあ騒いでいる。

 ごめん、まだちょっとダルいから待って。元気になったら一通り話は聞くから。

 ──と、目を閉じているうちに、本当にうつらうつらしてきた。眠い。あとこんだけ近くにいるってことは、伝染病ではなかったらしい「次男」殿。医者の顔にもマスクなかったし素手だったし、メイドさんにしては地味な──侍女だっけ? もいたし。


 ああ、完璧超人っぽい「次男」殿の欠点一個めっけ。

 この肉体の記憶の中に、親兄弟以外の人間の顔がない。

 ぼんやりシルエットと衣装と年齢数字、役職等の情報が箇条書きでくっついてて、「確かウィリアム?」みたいな但し書きがセットになっている。


 自動翻訳で英語表記になるような国なのね。オーケー、イクラやカステラ、アルバイトは使わないようにしよう。

 それでこの、「次男」殿のライフスケジュールを逸脱せずにこなしていこう。いつかもう一度、あの面接官に入れ替えてもらえる日まで。


 いつかなあ、できれば早い方がいいけど、まあこればっかりは。

 だってこの国、この世界には「人間の精神を入れ替える」科学技術はおろか、魔法なんて一つも確認されていないのだ。地球と同じく。

 俺と「次男」殿の肉体スペックがどんだけ頑張っても再現できない超能力、だったらまあ、研究探求に勤しむよりは次善策を選ぶべきだろう。


 この入れ替わりは、本物の「次男」殿のための現象。俺が選ばれたのは、たまたま。

 「次男」殿に超常現象を使ってでも助ける価値があるなら、俺なんぞの肉体に緊急避難させて地球という異世界に死ぬまで縛り付けることはない。いつかそのうち「元に戻そうとする」。誰って、あの面接官かその上役あたりが。


 じゃあ俺の任務は、その日が来るまで「次男」殿を演じること……だろうな、うん。記憶という参考資料とシナリオと、肉体という完璧なガワがある以上は。

 まあ、一休みしてから追々、確認して……いこ……。




 俺ことオーレリア・スチュアート・シルエット男装令嬢の入れ替わり初日は、そんな感じで終わった。

 うん、男装は亡父の強要とかじゃなくて、彼女の純然たる意思によるものです。性自認はものすごーく悔しそうに、女性、と記されてました記憶の中に。

 自称通称が「次男」なので、まあいいや。


閲覧下さりありがとうございました。

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