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椿の城の墓守姫  作者:
本編
5/19

第一城人発見

 初めての墓守任務についた夜は、幸いな事に魔物の訪問はなかった。明日の夜もチョコラーテを一緒に飲む約束をして、レジェスとは別れた。 


 それから湯浴みをし、緊張の糸が切れたのか泥のように眠った翌朝。時刻は昼近くを差してからようやくセラフィナは目覚めた。まだ眠い目をこすりながら、セラフィナはベッドからノロノロと起きだす。それでも、洗面台で顔を洗えば水の冷たさにすっきりと目は覚めた。 


 クローゼットからピンクの地の可愛らしい小花柄のワンピースを取り出し、手早く着替える。なお、この国ではまだ女性のパンツスタイルはあまり一般的でない。ズボンを履くのは戦争の際だから、女性のスカート姿は平和の象徴と捉えられている。


 まだ起きたばかりでお腹は空かないし、体力づくりもかねて城の周りを軽くランニングしようかと考える。ブーツから動きやすそうな靴に履き替えて、城の外を走り出した。








 ピンクの椿の小道を走り抜け、礼拝堂や墓地の前を横切り、色とりどりの花を咲かせた見事な庭園に着いた時だ。川のせせらぎの音に興味を引かれてそちらに向かう。青く澄んだ綺麗な川のほとりには木の小屋が建っていた。その小屋の住民だろうか。1人の女性が川で洗濯をしている。まだ20代半ばといった若い女性は、地味な茶色の髪と瞳をしているがその容姿は驚くほどに麗しく整っていた。


 お城の中でついに人間に会えたぞー!! 内心の興奮を押し隠し、セラフィナは努めて冷静に声をかける。


「こんにちは。お洗濯、良ければ私もお手伝いしましょうか」


「おう、これは助かるね。早く家事を終わらせたかったからちょうどいい」


 洗濯は重労働だから、と女性は嬉々として手伝いの申し出を受け入れた。


「おや、お姫様かと思ったら意外と手際がいいね」


「家の教育方針です。自分のことは一通り自分でこなせるようになれと教えられてきました」


 戦場で世話を焼いてくれる執事やメイドがいるはずがない。得意不得意はあっても、セラフィナには一通りの家事能力はある。洗濯は割と得意なほうだ。


「それはいいね。見ない顔だが、もしかして貴方が新しいカラスの王の妻かい?」


「はい、セラフィナ・ドゥラスノ・ザカリアスと申します。よろしくお願いします。貴方はここに住んで長いのですか?」


「この城が出来た当時から住んでいるから、もう1000年近くなるのかね。私はフアナ。よろしくね」


 フアナの浮世離れした雰囲気に、1000年と言う年月の重みは妙にマッチしていた。


「貴方は精霊様なのですか?」


「さぁね。元は魔力が高いだけの普通の人間だったはずなのにね。何故か死ねずにここまで来てしまったよ。でも、夫を愛でる時間はいくらあってもいいから幸せではあるね」


 フアナは柔らかく微笑んだ。茶色の瞳は雄弁に夫への愛情を語る。


「旦那様がいらっしゃるのですか。それなら寂しくないですね」


「貴方ももう会っているよ。結婚式を執り行った神官がいただろう。あの男が私の夫だよ」


 世間は意外と狭い。どこでどう繋がるか分からないものである。

 他愛ないおしゃべりをしながら、洗濯物を綺麗に洗っていく。干すところまで手伝ったところで、フアナがセラフィナに向き直る。


「フィーナ、お礼に昼食をご馳走しようじゃないか」


「ありがとうございます、フアナ」


 すっかり意気投合した2人は、お友達になっていた。


「どうせなら、私も故郷の料理を作っても良いですか。フアナにも食べて欲しいです」


「ありがとう。楽しみにしているよ」








 カントリー風の小屋の中は、内装も温もりにあふれた可愛らしいものだった。

 テーブルの中央に飾られた、鉢植えの木に思わず足を止める。この木には魔力がある。実家の桃を思い出させるそれを、セラフィナはまじまじ見つめる。


「あぁ、その木は魔法の椿だよ」


「椿ですか。こんな小さな椿の品種もあるんですね」


「世界中探してもここにしかないよ。願いが叶う時、銀の花を満開に咲かせてくれるそうだ」


 特別な椿のようだ。本当にこの城は不思議な場所である。

 機能的なキッチンに案内され、この中にある食材は自由に使っていいと冷蔵庫も見せてもらう。セラフィナは食材を眺め、思案する。


 領民たちにも大好評だった、ザカリアス侯爵家特製コールスローサラダを作ろう。せっかく春キャベツがあるのだ。使わないともったいない。


 ニンジンは半分でいいか、とセラフィナはニンジンを半分に切って、皮を剥いて、細く縦に切っていく。キャベツも葉っぱを重ねてざく切りにし、ハムも細く切っていく。それから、ボウルに切った材料を入れて最後に水を切ったコーンを投入する。塩を振って混ぜ合わせ15分ほど置いておき、水分が出てきたところで手で搾る。それから、マヨネーズ大さじ3に、レモン汁少々、粉チーズとこしょう、砂糖をちょっと入れてソースを作る。野菜にソースを混ぜ合わせて今度は20分置いておく。20分経ったらマヨネーズを再び加えて、塩こしょうで味を整えて完成だ。


「これは美味しいねぇ! あとでレシピを教えておくれ。夫にも是非食べさせたい!」


「ありがとうございます」


 キラキラと感動した顔を向けられて、セラフィナもご機嫌である。


「領民皆で1年に1回大規模なカレーパーティーを開くんですけど、その時は家はカレーに合うサラダを出す決まりなんです。ザカリアス侯爵家は、どのチームのカレーが一番美味しいか決める審査員の立場だから。その時によく振る舞っていたのが、このコールスローサラダなんです。」


 ポークカレーにゴロゴロのお野菜が沢山入ったスープカレー。サバやエビがたっぷりのシーフードカレーに塊肉が入った豪快なカレー。茄子とひき肉のキーマカレーに、サフランライスの組み合わせは絶品だ。

 隠し味やスパイスにもそれぞれのチームがこだわって、美味しいカレーがいくつも出来上がっていた。思い出したらカレーが食べたくなってくる。


「カレー? そんな料理があるのかい?」


「南の郷土料理ですから。北にある王都までは伝わっていないかもしれませんね」


 特にザカリアス家は貿易港を有しているから、外国の香辛料も手に入りやすい。そんな土地柄だから生まれたレシピなのかもしれない。


「良いスパイスが手に入ったら作ってみてもいいですね。その時はカレーパーティーしましょ」


「いいね。私も手伝うよ。面白そうだ」


「フアナの作った料理もとても美味しいです。このソースは何ですか」 


 黄色いソースで煮込まれた鶏肉はとても柔らかく、なおかつ食べ応えのあるご馳走だ。


「サフランとアーモンド、卵の黄身を使って作ったソースだよ。自信作だから気に入ってもらって嬉しい」


 楽しい時間を過ごし、暗くなる頃合いになってからセラフィナは暇を告げた。またいつでも遊びにおいで、というフアナの誘いに喜んで頷き、ルンルンと鼻歌を歌いながら足取り軽く帰路に着く。


 そして夕食の時間。いつも通り豪華な食事がテーブルに並んでいる。だが、今日はメッセージカードが置かれていた。


『随分とお楽しみでしたね』


 お昼ご飯、用意して待っていてくれたのだろうか。セラフィナは申し訳なさに顔を蒼くする。連絡手段があれば良かったんだけど。謝罪の言葉をその下に書けば、メッセージカードは空気に溶けるように消えた。せめて夕食は、とセラフィナはモリモリ頬張る。相変わらず頬っぺたが蕩け落ちそうな美味しい食事に、セラフィナはすぐに罪悪感を忘れて夢中で食べ進めた。










 すっかり夜の帳が下りた頃。セラフィナは墓地へと向かう。火をおこし、約束通りチョコラーテを振る舞うための準備をする。


「どうも」 


「あ、こんばんは。レジェス様。すぐにチョコラーテを作りますね」


 コクリ、と無言で頷き隣に腰かけたレジェスはちょっと不機嫌そうだ。なにかあったのだろうか。


「良かったら、これ食べて」


 ぶっきらぼうに渡された袋は、しかしピンクのリボンを使って可愛らしくラッピングされていた。いそいそと中を開けると、チョコレートが入っている。食べてみると、チョコの中からイチゴのジャムが現れる。


「すごい! イチゴジャムが入ってる! チョコにイチゴも合いますね。美味しいです。ありがとうございます!!」


「ふーん、美味しいんだ。そっか。良かった」


 頬杖を突き、目線を反らしたそっけない態度だが、頬がほんのり赤くなっている。可愛いな、とセラフィナは思う。何故拗ねた態度になっているのかは分からないが、甘いチョコラーテで機嫌を直していただこう。

 チョコラーテを振る舞う頃には、レジェスの機嫌も大方回復していた。


「ごめん。大人げない態度でした」


「今日は許します。でもいきなりはビックリするから、気を付けてくださいね」


「うん、分かった。本当にごめん」


 その後は和やかな空気の中、たき火を囲っておしゃべりをした。


「そういえば、貴方は侯爵令嬢なのに野営にそこまで忌避感はないのですね?」


 まぁ、令嬢がためらいなく地べたに座って飲食したり、夜の墓地で平気で過ごしたりするとか常識では考えられないよな。セラフィナは曖昧に微笑む。普通の貴族令嬢ならまずあり得ない育ち方をしているので、セラフィナは全く平気である。さて、どう説明したものか。


「家は自然豊かな田舎ですから。小さな頃から野山を駆け回っていたので慣れているのです」


「随分とお転婆なお姫様だったんだな」


 ザカリアス侯爵領は海が有名だが、セラフィナの暮らす城の裏手には雄大な山脈が広がっていた。魔力の訓練も兼ねて、8歳から学校が長期休暇に入るとよく山ごもりをしていたものだ。

 魔法で木材を切り出し、組み立てて自分だけのツリーハウスを作ってそこを秘密基地にしたり、山で魚や獣を狩ってきて料理したり、魔力で身体を強化して木々の間を飛び回って遊ぶのは楽しかった。

 夜は、宝石箱をひっくり返したような星空に見惚れて、眠くなるまで眺めていたものだ。


「そういえば、春に見える緑の星が流れる流星群は綺麗だったな。こちらでも見えるかしら」


「あぁ、毎年5月にある流星群でしょ。ここは街の灯りが届かないからよく見えますよ」


 レジェスは星に詳しいようで、一緒に夜空を眺めながら春の星座の物語を色々教えてくれた。


「そうだ。覚えていたらいつか私の助けになるからって、教えてもらった一族に伝わる星の歌があるんだよね」


「へぇ、どんな曲ですか?」


 興味を引かれてレジェスに歌ってもらった、初めて聞く空の星について歌った曲はとても素敵だった。セラフィナはもう一回をおねだりした。

お城には事前にフアナさんが連絡を入れてくれたので、昼食は無駄にはなっていません。

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