椿の城
一生、この城の中から出られないというわけではないことに展望が開けた。7年後の夫との関係がどうなるかは分からないが、万が一出ていくことになっても大丈夫なように勉強はしよう。
「私は昼間は城にはいませんので。どうぞ自由に過ごされてください。何か入り用なものがあれば、紙に書いてこの箱に入れてください。すぐに届きます」
花の彫刻が可愛い、木の小箱がテーブルの上に出現した。セラフィナに逃げられないためか。本当に至れり尽くせりだ。
そこでセラフィナはふと思いつく。7年も共に過ごすのだ。どうせなら仲良く過ごせたほうがいい。ならば、まずはお近づきの印を渡そう。
「そうだ。台所を使わせてもらってもいいですか?」
「料理を嗜まれるのですか?」
大鴉の声音には純粋な驚きがあった。
セラフィナの年齢もあるだろうが、普通の貴族、まして侯爵家という高位貴族の令嬢は普通料理などしない。
ザカリアス家の教育方針はかなり自由なため、自分が令嬢としてなかなか型破りな育ち方をしているという自覚はある。
学校に通うようになってから、友達との会話でセラフィナはよく分かっていた。その驚きはよくあることなので、セラフィナは普段の口調で答える。
「趣味程度ですが。私はお菓子が好きなのもあって、自分でも作るようになったのです。父との午後のお茶会のお菓子は、いつも私が手作りしていました」
「構いませんよ。食材は台所にありますから。足りなければ紙に書いてください」
夫の許可も頂けたので、これで堂々と台所に出入りができる。セラフィナは早速頭の中で何を作ろかとレシピに思いを馳せた。
「それでは、私はこれで。今夜から墓守の役目をお願いしますね」
「はい、お任せください。旦那様もどうかお気をつけて」
大鴉は頷くと、羽を広げて開いていた窓から外へと飛び立っていった。
台所も気になるが、まずは大事なお勤めの場所となる椿の墓地を確認しよう。セラフィナはそう思い立ち外に出た。前に墓守の役目を持つ女性が現れてからもう100年が経っている。さすがに完全に放置ではないと思いたいが、掃除は必要かもしれない。お墓の手入れは昼に行うべきだ。
レオカディオ王国では、死者の穏やかな眠りを守るために墓には必ず魔を払う力を持つ椿を植える風習がある。また、墓前に供える花にも必ず椿の花か葉を入れなければならない。
そのため、この国の家の庭には必ず椿の木が植えられていた。セラフィナの実家の庭にも、桃と並んで白い花を咲かせた立派な椿の木がある。
墓地までの道はそれほど迷わなかった。石造りの城の裏手。赤い花を咲かせた椿の並木道を1人歩く。『椿の城』という異名を取るだけあってここは本当に椿が多い。
並木道を抜けると、緑が眩しい草原に出た。草原には名前と生没年月日が刻まれたプレートと椿の木が何本かあるだけだ。ここが例の墓地か。
椿はこの国では女性の象徴だから、この椿には代々のカラスの王の妻の名前が名付けられている。この椿は、不思議なことにどの季節に訪れても、花は落ちることなく咲き続けているそうだ。真夏に椿。その景色を見てみたいとセラフィナは思う。
「いずれ『セラフィナ』と名前が付く椿もここに植えられるのね。出来ればピンクの椿がいいな。侯爵家の桃と同じ色だもの」
カラスの王とその妻の遺灰は1つになるよう混ぜ合わせられてから、椿の木の下に撒かれる。死後もずっと一緒だなんて、歴代の夫婦はとても仲が良かったようだ。
今現在、親しくなる道筋が全く見えないセラフィナは不思議な気分になる。彼女にしてみれば、愛する父の目をえぐってくれたのだ。いくら元に戻したとは言ってもわだかまりは残る。憎いとまでは言わないが、出来れば同じ墓には入りたくないな、とセラフィナは遠い目になる。
とはいえ、あの夫はセラフィナには気を使うし、酷い扱いをするつもりもないようだ。それならば、歩みよりの余地はある。
そもそも、あの大鴉の保護がなければ12歳の子どもである自分はすぐ路頭に迷う。そうなっても父は必ず助けてくれるが、何分王都からザカリアス侯爵領までが遠すぎる。徒歩で帰るのは現実的でない。安穏とした生活を続けるためにも、あの大鴉の歓心を買うのは得策だ。
椿の墓地の周辺はよく手入れされ、綺麗に掃除もされていた。これなら、今日は特に作業は必要なさそうだ。
となれば、次は夫と交流を深めるきっかけにするためのスイーツ作りに移ろう。城の1階にある台所に向かう。
その途中見つけた噴水のある中庭は、緑にあふれていて癒される空間だった。中庭に面する城の壁にも、この国名産の果物や海の生き物が描かれた美しい壁画があり、それを眺めているだけでも楽しい。
白い花を満開に咲かせた木の下には、カラフルなタイルの装飾がオシャレなテーブルセットもある。夏には気持ちいい木陰が出来て、ここで食事をしたり読書をして過ごすのも良さそうだ。
お目当ての台所は機能的な造りだった。調理器具は豊富に揃っている。むしろ実家より充実しているかもしれない。材料を確認すれば、見たことない野菜や果物に調味料も各種揃っている。これは専門の料理人を雇ったほうが余程有意義に使ってくれそうだ、とセラフィナはレベルの高いキッチン設備を見て思う。
「パンナコッタにしようかしら。春らしく苺を使いましょう」
セラフィナは1つ頷き、早速調理を開始する。ここから先は慣れた作業だ。ゼラチンを水に溶かしてふやかしている間に、苺を洗って魔法で一瞬で輪切りにする。
カップの内側にはりつけた後、鍋を取り出す。牛乳、生クリーム、砂糖を鍋に入れて火にかけていく。沸騰する前に火を止めて、ゼラチンを加えて溶かした。
冷却魔法で冷やしながら、美味しくなれ美味しくなれと魔法をかけて混ぜていく。とろっとした所でカップに注ぎ、再度冷却魔法をかけて一気に冷やし固める。
先ほどから何気なく高等技術を連発しているが、セラフィナにとって魔法は息を吸うように当たり前に使いこなせるものなので、特に自覚はない。最後にシロップをかけて完成である。
味見がてら1つ食べると、爽やかな苺の甘さが口一杯に広がって美味しい。これなら、夫に振る舞っても良さそうだ。
冷蔵庫(冷却魔法と冷凍魔法の刻印が刻まれた箱。電気ではなく、魔術で食材を冷やしている)にパンナコッタを入れておく。
さて、夫にはどう伝えたものか。書き物机の引き出しから、便せんを1枚拝借する。冷蔵庫の中にパンナコッタがあることや、これからよろしくと言った旨の挨拶をしたためる。
それを大鴉にもらった小箱の中に折りたたんで入れる。これで、夫もメッセージに気づいてくれるだろう。
無事にお菓子が用意できたことに満足し、セラフィナは続けて今日の夜の準備をすることにした。春先の今は夜もまだ寒い。
しかも、ここは王国でも北側に位置する王都だ。セラフィナが生活してきた場所よりも気温は低い。この時期の平均気温は夜なら10度以下が当たり前だ。結界を張ればある程度の冷気は遮断できるとはいえ、何か羽織るものと、温かい飲み物は必須である。
クローゼットの中には暖かそうなコートに、手袋やマフラーもあった。念には念を入れてブランケットも持っていくことにする。服装はこれで良いとして、明かりも欲しい。
庭の隅にある物置小屋を見てみれば、ランタンがあったのでこちらも借りることにした。薪や、地面に敷くのに丁度良いシート、小さな椅子、ちょっとした料理が出来そうな小鍋やヤカンに網もある。
物置小屋を見渡して、出来るだけ夜を快適に過ごせるよう物を手に入れる。これなら楽しくなりそうだ、とホクホク顔でセラフィナはその小屋を後にした。
城に入ったところで、セラフィナは空腹を自覚した。昼食には少し遅い時間だ。これではお腹が減るはずである。
緑の食堂を覗くと、テーブルの上には今出来たばかりなのか。湯気の立つ美味しそうな料理が並んでいた。
メインのお魚のパエリアに、トマトのスープ。春らしい、サーモンとイチゴのサラダはかかっているドレッシングまで苺が使われていて可愛いらしい。全部が美味しくて、セラフィナは感動しながら舌鼓を打つ。実家の料理も料理人が作るから不味いわけでは決してない。ただ、地域性もあるのか調理法が基本素材で食えなシンプルな味つけのものが多い。香草やスパイスが複雑に絡みあった豊かな味わいには驚かされる。
お皿が全て空になり、「ごちそうさまでした」という言葉が合図だったようでお皿が消える。代わりに生クリームがたっぷり添えられた、カスタードプリンが姿を現す。甘いものに目がないセラフィナは目を輝かせた。昼食にはデザートまで付く豪華仕様のようだ。
「本当に美味しいわ。皆にも食べさせてあげたいなぁ……」
可愛がってくれる家族や領民の顔を思い浮かべ、込み上げる寂しさを誤魔化すように甘いプリンを頬張った。
午後のお茶の時間。毎日欠かさずおやつの時間を取っていたセラフィナは、当然甘いものが欲しくなる。紅茶と共に、冷蔵庫で冷やしておいたパンナコッタを食べようと台所に向かう。
冷蔵庫の扉を開けて驚く。2つ入れておいたはずのパンナコッタが1つ減っている。代わりに見覚えのない封筒。ドキドキと煩い音を立てながら、心臓の鼓動が早くなる。内心怖いが、読まないわけにはいかないと自分を叱咤して、セラフィナは手紙を手に取った。
ブルーブラックのインクで書かれた手紙の筆跡は、随分と綺麗だ。手紙には一言、『美味しかった、ありがとう。こちらこそよろしく』と書かれていた。詰めていた息を吐き出す。無意識に口角が上がる。
「まぁ、旦那様ったら。いつの間にお城に帰っていらしたのかしら。こういう事は直接言ってくだされば良かったのに」
もう少し拗ねた口調で言うつもりだったのに。声音はほのかに甘い。自分の単純さに呆れて、セラフィナは自分を笑う。だが、確かに心の中には春風が吹きぬけていったのだ。




