桃の姫は愛の幸福をカラスの王に捧ぐ
桃の花言葉『愛の幸福』
結婚式の日取りは、温暖な気候であり、花が咲き乱れる季節である、春に決まった。
なお、ウェディングケーキをレジェスが作るか、それともザカリアス家に長年仕える料理長が作るかで一悶着があった。
しかし、最終的には
「私たちはお嬢様の小さな頃から、お嬢様を食を通して支えてきたのです! せめて、お嬢様のハレの日のケーキを作る栄誉をお与えください!」
と、涙ながらに料理長が訴えたため、ウェディングケーキの制作担当は料理長へと軍配が上がった。
ウェディングドレスのデザインも決まり、招待状の準備や当日の料理の手配も整った。
式自体は、歴代のザカリアス公爵が挙式を行った、ノーチェ山の大聖堂と最初から決まっているので、問題はない。
セラフィナの父も、黄金の桃をレジェスが手に入れた以上はもう何も言うことが出来ない。
時折ジトッとした目でレジェスを見ることはあれど、結婚に反対するような文言を口にすることはついぞ無かった。夜に飲む酒の量は増えたようだが。
「結婚式、楽しみですね。リノ様とヘルモーサ様もお祝いに来てくださるそうですわ」
「そうか。久しぶりに会えるな」
レジェスの本当の両親にも一応結婚式の招待状は出している。欠席の返信が返ってきたが。
とはいえ、丁寧な祝いの手紙とセラフィナ宛てだろう、結婚祝として大粒のダイヤモンドをあしらったイアリングが届いた。
レジェスは渋い顔をしていたが、結婚式当日にセラフィナはこのイアリングを着ける予定だ。
レジェスの方は、全く交流のない実の親よりも、育ての親たるフアナとベルトランに祝ってもらう方がよほど良かった。
フアナとベルトランが、自分の結婚を喜んでくれるのなら、レジェスも嬉しい。
結婚式当日は、この季節には珍しい雪だった。レジェスと椿の城で最初に挙げた結婚式も雪の夜だった。なにかと雪に縁があるものだ、とセラフィナは思う。
花嫁の控え室では、せっせと侍女たちの手によりセラフィナが磨きあげられ、準備が整えられている。
その横で、緊張するセラフィナを和ませようと、フアナとヘルモーサがおしゃべりに来ていた。
「まさか3月だと言うのに雪が降るとはな。ザカリアス領はただでさえレオカディオの南の端だと言うのに。白い雪とピンクの桃のコラボレーションは、美しいがな」
「リノの出身である南の国では、雪の日の婚礼はとても縁起が良いそうですよ。セラフィナ様とレジェス様の結婚を、天が寿いでいらっしゃるのでしょう」
「そういえば、一度めの式の時も雪が降っていたな。あのあと、セラフィナは見事に私たちにかけられていた魔王の呪いを解いてくれたし。ならば、此度の雪も吉兆か。きっと幸せな結婚生活になるだろう」
「はい。私はレジーの隣にいさえすれば、いつでも幸せなので」
「あら、お熱いことで。でも、分かりますわ。私もリノと過ごしている時が、一番幸せですもの」
ヘルモーサが両手を組み、うっとりとした表情でつぶやく。フアナも分かるとばかりに、何度も深く頷いた。
「フアナは、ベルトラン様と長いですもんね。私も見習わなければ」
椿の城でも、初代のカラスの王の夫婦の仲睦まじさは健在である。自然な雰囲気だが、お互い愛しあっているのがよく分かる。
セラフィナとしては、両親と同じくらい目標にしたい夫婦だ。
乳液だの化粧水だのをさんざん塗り込まれた肌は、いつもより張りがあり艶やかだ。花嫁の清楚な雰囲気を最大限活かすため、メイクはナチュラルに。宝石もあえて最小限にした。
侍女が手際よく髪に生花を編み込んで、宝石で飾らなくても華やかにしてくれる。
ウェディングドレスには、全面に桃の花の刺繍が施されている。そのため、花を髪に編み込む方がドレスともよく合う。
セラフィナは侍女の手元を見ていたが、どういう動きで髪を編み込んでいったのかは全く分からない。器用なものだと感心してしまう。
とはいえ、早朝から支度をしているのにまだ終わらないのか、とウンザリした気持ちも芽生えてくる。
今のセラフィナは動かないことが最大級の仕事なので、正直とても退屈だ。
「フィーナ、それはどういった感情だ?」
「カニの不死性について考えていました」
「……退屈なんだな」
フアナとヘルモーサが気を使って話てくれた昔話は、たいそう面白く興味深いものだった。
セラフィナは2人の気遣いに感謝した。
準備に追われて、セラフィナは今日はまだレジェスには会っていない。
おそらく聖堂の祭壇の前で、初めて会うことになるだろう。
セラフィナの夫は世界で一番美しい。そんな夫が正装などしようものなら、その破壊力はとんでもない威力を持つ。それは、セラフィナは身に染みてわかっている。
本音では、レジェスのカッコいい姿など自分だけが独り占めしていたい。
世間にレジェスの魅力がバレてしまう、とセラフィナは結婚式が憂鬱だった。
だが、夫が結婚式をやり直したいと言うのなら仕方ない。結婚式の誓いのキスや、その後の結婚披露パーティでレジェスとラブラブなところを見せつけて、付け入る隙など紙の一枚分ほどさえないことを世に知らしめねばなるまい。
セラフィナは内心で拳を握って決意した。
「終わりましたよ、お嬢様。本当にお綺麗です」
小さな頃からセラフィナの世話を焼いてくれていた侍女が、目を潤ませる。
鏡の前には、麗しい花の女神が立っていた。
化粧でここまで化けるものなのか、とセラフィナは感心する。これならば、あのレジェスの隣に立ったとしても及第点はもらえそうだ。
侍女が最後にベールを被せてくれた。
「ありがとう」
「いいえ。お嬢様をもう奥様とお呼びしなければならないなんて、何だか感慨深いです」
「そうね。貴方の口から奥様と呼ばれるのは、なんだか変な気がするわ。でも、レジェス様の妻となってもまた里帰りはするから、そんなに寂しそうにしないで」
「はい、お待ちしております。お嬢様」
「フィーナ。どうか私の息子のことを頼むよ」
いつの間にか隣に来ていたフアナが、ポンポンとセラフィナの肩をたたく。
「はい、お義母様。ご安心ください。レジーは私が必ず幸せにいたします」
「頼もしいお嫁さんに来てもらって、レジェスは本当に幸せ者だな」
時計を見ると、あまりゆっくりはしていられない時間だ。フアナとヘルモーサに連れられて、セラフィナは聖堂へと向かう。
聖堂の金造りの豪奢な扉の前には、すでに泣いている父が待っていた。セラフィナは苦笑しながら、父の腕に手を添える。
「フィーナ、どうか幸せに」
「どうかご安心ください、お父様。私はレジーの隣が一番幸せなのです」
「過ごした時間は短いのに、君は本当にナタリエルに似ているね」
大好きな母に似ていると言われて、セラフィナは誇らしい気持ちになる。
聖堂の扉が開き、公爵家の楽団の荘厳な演奏を聴きながら、祭壇の前で待つレジェスに向かって歩を進める。
長く感じた道も、たどり着いてみたらあっという間だ。手を差し出してきたレジェスに、セラフィナは自分の手を重ねる。
ベール越しに見た、レジェスの美しさにセラフィナは心臓が止まりかける。
金糸や銀糸で豪華な刺繍を施した、軍服に似た正装は、レジェスによく似合っている。
これを衆目にさらして大丈夫なのか、とセラフィナは本気で心配になった。
神父の言う誓いの言葉を復唱する。この文言を言うのは2回目だが、今度はきちんと心から宣誓した。
お互いに購入した結婚指輪を互いの指にはめる。レジェスは自分のものなのだ、という目に見える証に、セラフィナは満たされた気持ちになる。
ベールが上げられ、優しく微笑んだレジェスがそっと顔を近づけてくる。
2人の唇が重なる瞬間、夫婦の門出を祝福するように、聖堂内には一面ピンクの花びらが舞った。
結婚式が終わって1年ほどして、セラフィナは懐妊した。元気な女の子が生まれ、その子はロサリア・フロール・ザカリアスと名付けられた。
家族や親しい友人からは、愛称のロジーと呼ばれている。
母親譲りの桃色の髪と、父親譲りの明るい青の瞳をしたロサリアは、花の妖精のように可憐な少女へと成長した。
儚げな容姿とは裏腹に、優しい両親の愛情をたっぷり受けて、すくすくと逞しく育っている。
「フィーナとの結婚を許してくれた義父上は、本当に聖人だな。私には絶対に無理だ」
妻によく似た娘を溺愛するレジェスは、事あるごとにそう言っては、義父である公爵への尊敬を強めている。
これは、ロサリアが結婚相手を連れてきた時はかなり荒れそうだ、と家族の意見は一致している。
気が早いベルトランは、早々に椿の城全体に強化魔法をかけ直した。
ザカリアス家の子どもは国境を守る家としての見識を広めるため、15の年に男子ならレオカディオ王国一周の旅に、女子はどこか外国の教育機関に1年間留学することが伝統になっている。
なお、セラフィナは15になる前にカラスの王の妻となったので、他国に留学はしていない。
ロサリアが15になる年に、本人の熱烈な希望で北の国のとある王立学園に留学が決まった。
たしかに、北の国は周辺諸国と交流があまりなく、謎めいた国だ。留学の形で、少しでも情報が手に入るのなら有難い。
とはいえ、親としては未知の国へ行くのは心配である。レジェスに至っては、最後まで友人であるリノとヘルモーサが治める南の国を勧めていたが、ロサリアの決心は固かった。
ロサリアが留学を無事に終えて帰国したさい、婿まで連れて帰ってきて家族の度肝を抜くのはまた別の話。
ロサリアの結婚に関しては一悶着あったが、その後も平和に時は過ぎ去った。
カラスの王の夫婦は、子や孫に囲まれて、幸せに世をおくったそうだ。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
『椿の城の墓守姫』は、番外編も含めて今話で本当の本当に完結です。2人の結婚式のエピソードまで無事に書けて良かったです。
カラスの王の夫婦は、子どもや孫に囲まれながらこの先の人生を幸せに過ごすことでしょう。
それでは、また別の物語でお会いできましたら幸いです。
ありがとうございました。
登場人物たちの名前の意味
セラフィナ→熾天使
ドゥラスノ→桃
レジェス→王
フアナ→神の贈り物
ベルトラン→光輝くカラス
ロサリア→バラの冠、美しいバラ
レオカディオ→輝く、光
「カニの不死性について考える」は、スペイン語圏の慣用句みたいです。意味は「ぼんやり考えごとをする」
面白い表現ですよね。




