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椿の城の墓守姫  作者:
本編
2/18

大鴉の花嫁

 セラフィナは烏に連れられて、山の奥にある石造りの城へと連れて行かれた。


 壮麗な石造りの門をくぐって跳ね橋を渡る。今にもお姫様が現れそうなお城だ。化け物烏の住まう城だが、思ったよりも快適そうでセラフィナは胸を撫で下ろす。


 庭師やお城の使用人の方が、定期的に庭の手入れや掃除をしてくれているようで、白やピンクの花々が咲き乱れる見事な庭園もある。『椿の城』の異名で知られるだけあって、赤い花を咲かせた椿の森が広がっていて、目にも楽しい。



 城の中もうす暗いとは思うものの、塵一つ落ちておらず、調度品や窓なども磨き上げられた綺麗なものだった。

 他には誰もいないかのように静かな城の中を、烏の後に着いて歩く。案内されたのは衣裳部屋だった。


「さぁ、結婚式をしてしまいましょう」


 烏の言葉に合わせて、喪服の白いドレスと、胸元を飾る朝露を繋げて作ったような豪華な真珠のネックレスが現れる。

 真珠は、レオカディオ王国では伝統的に葬儀の時にしか身に付けない。死者の王国の宮殿を飾る、不吉な宝石とされている。


「どうぞ、ゆっくり支度をしておいで」


 烏が部屋を出て行ったことで、セラフィナは緊張を少し解いてほっと息を吐いた。そのままのろのろと衣装ダンスに掛かったドレスを手に取り、着替えていく。

 鏡の前でおかしくないか確かめてから外に出る。部屋の前で待っていた烏から白いアザレアのブーケを手渡される。大烏の方は経かたびらを着ていた。



 セラフィナは黙って受け取ると、先に歩き出した烏の後について歩き出した。烏の歩調が、セラフィナを気遣うようなゆっくりなものだったことに、セラフィナは何とも言えない気持ちになった。



 再び城の外に出る。椿が続く道の先に小さな教会があった。特段、城の設備として珍しいものではない。空から白いものが降ってくる。季節外れの雪の中での婚礼となりそうだ。



 蝋燭の光が辺りを照らし出すだけの、暗い地下の礼拝堂では若い男が1人待っていた。神官の持つ、人とは思えない、人形のような美貌に見惚れるよりもそこはかとなく恐怖がこみ上げてくる。セラフィナは失礼にならない範囲で、神官から目を反らした。


 異様な空気の中、結婚式は滞りなく進む。

 セラフィナは烏と共に黒い法衣を纏った神官の前で結婚の誓いを立てた。


 礼拝堂に満ちる花の香りも相まって、まるで葬式のようだとセラフィナは秘かに思う。


「お疲れでしょう、今日はゆっくりとお休みください」


 半時もかからずに終わった結婚式の後、衣裳部屋でドレスを脱ぎ、元の服に着替えたセラフィナに向かって烏は静かな声で言った。


「衣装部屋にある服は全てあなたの物ですから、好きな衣装を着てください。欲しい洋服があるのなら、言って下されば揃えます」


「……ありがとうございます」


「あぁ、人の子は食事を必要とするのですよね。食堂に向かいましょうか。何か食事を用意します」


「お腹は空いていませんから、結構ですわ」


「そうですか? では、明日の朝食に困るでしょうから場所だけでも案内しましょう。それから、貴方がこれから使う部屋にもご案内します」


 緑の家具でまとめられ、花が飾られた温かみのある食堂を見終え、階段を登れば城の塔の一番上の部屋に出る。

 ツタが絡んだクラシカルな古い塔の一番上の部屋というのは、正直乙女心をそそられる。


 木の扉を開けると、最初に目に飛び込んで来たのは真紅のベッドカバーが敷かれた天蓋付の大きなベッドだ。白を基調とした書き物机とドレッサー、チェストもあった。


 花や小鳥などの装飾が彫り込まれた重厚な本棚には書物がびっしりと詰まっている。大鴉の趣味なのか、ファンタジー作品が多い。寝る前のお供に是非とも読ませていただきたい。夫となった大鴉に読んでもいいか確認しよう。


「この本は……」


「貴方が気になるなら自由に読んでくれて構わない。本がお好きなら城には図書館もありますから、そちらもどうぞお使いください」


「はい、ありがとうございます」


「この城はもう貴方の家だ。使う時にいちいち私の許可はいらない。どうぞ好きなように過ごしてください。それから、不足な物があれば遠慮なく仰ってください」


「分かりました。お心遣い、感謝いたします」


 セラフィナは、烏に向けて丁寧に礼をした。それから、好奇心に駆られ部屋の中を見て回る。

 白地にバラの絵柄の可愛らしいカーテンを開ければ、一面に緑の森と遠くに王都の町並みが見えた。


 景色も素晴らしく、家具も素敵でセラフィナはこの部屋が一発で気に入る。元はお姫様の部屋だったのではと推察するくらいに豪華だ。本当に私が使っていいのかな、とセラフィナは少し気後れする気分にもなる。


「私は貴方の部屋には決して来ないから、どうぞゆっくりお休みなさい」


 セラフィナは俯いたままコクリと一つ頷いた。











 翌朝。ヒバリの歌で目を覚ましたセラフィナは、ベッドの上でうーんと伸びをした。洗面所で顔を洗い、タオルで拭いたところでふと思う。着替えはあるのだろうか。あの烏は自由に服を着ていいと言っていたけれども。


 祈るような気持ちで部屋のクローゼットを開ける。可愛らしいワンピースやブラウス、スカートにちょっとしたパーティーに着ていけそうなドレスまで洋服や小物が一式入っていた。


 あの、烏。用意が良い。セラフィナは感心した。自分の荷物を何も持って来れなかったのだ。有り難く、その中から小鳥の刺繍が素敵な、赤いベルベットのワンピースを拝借する。


 鏡の前で丁寧に髪に櫛を通し、身支度を整える。それから、昨日烏に教えられた食堂に向かう。食堂に向かう道中はそれなりに距離があるのだが、不気味なほどに人の気配がない。静まりきった城内には、自分の足音だけが響く。



 落ち着いた萌黄色の壁紙と、深緑の座り心地の良さそうな椅子や家具で統一された緑の食堂にそっと足を踏み入れる。柱の一つ一つまで、丁寧に花の意匠が施され金箔で飾られている。宮殿の一室のような豪華な造りにセラフィナは目を(みは)った。



 白いテーブルクロスが敷かれた豪華な金のテーブルには、作り立てであろう朝食が用意されていた。しかし、給仕をしたであろう人物の姿は見えない。


「食べても、いいのかしら?」


 首を傾げるセラフィナだが、その疑問に答えるようにテーブルの上にカードが1枚現れた。


『どうぞゆっくりお召し上がりください』


「ありがとう。いただきます」


 椅子に座り、セラフィナはざっと朝食を眺める。美味しそうな香りにどうしたって食欲が刺激された。まずは喉を潤すため、オレンジジュースを手に取る。オレンジはこの国の名産だ。果実をそのまま絞ってジュースにしました、というような爽やかな酸味と甘さが口一杯に広がる。これは、毎日でも飲みたいくらいだ。


 朝食のメニューは優しい色をしたオムレツに、カリカリに焼いたベーコンとソーセージ。新鮮な野菜のサラダに、籠いっぱいのパン。バターやクリームチーズ、イチゴやブルーベリーやイチジクのジャム、マーマレードといったパンのお供も選り取り見取りだ。ちょっと多いかな、と思ったが気づけば全てセラフィナの胃の中におさまっていた。


 これだけ美味しい食事が食べられるなら、大烏の花嫁も悪くないかもしれない。セラフィナの思考は、結婚に対して一気に前向きになる。


「ごちそうさまでした。とても美味しい朝食を用意してくださってありがとうございます」


 セラフィナがお礼を言うと、魔法のようにテーブルから全ての皿が消え去った。……後片付けとか一体どなたがなさっているのかしら。城の中を探検してみればいつかは会えるだろうか、とセラフィナが立ち上がりかけた時だ。


「おはようございます。ご気分はいかがですか」


 夫である大鴉が食堂に現れた。







 セラフィナは動揺することなく、すぐに立ち上がる。元々運動神経が良く、体幹が優れているため、淑女の見本のような見事な礼を取る。


「旦那様におかれましてはご機嫌麗しゅう。とても良くして頂いていますから助かっています。お礼を言いたいので、使用人の方々とも後で会わせて頂けませんか?」


「それは出来ない。だが、貴方からの礼は私から伝えておきましょう」


 セラフィナは残念に思ったが、何か事情があるのだろうと頷いた。


「どうかお座りください。今から私の呪いを解くために貴方にして欲しいことをお話します」


「分かりました」


 とうとう来たか。セラフィナは居ずまいを正すと、真剣な顔でコクりと頷く。大鴉が魔法で椅子を引いてくれたので、お礼を言って腰かける。


「貴方には毎晩椿の墓地の墓守りをして頂きます」


 夜の10時から深夜2時の間。城の裏手にある椿を墓標にした墓地の見張りをして欲しいのだと話す。


 その墓には、火葬された歴代のカラスの王と、その妻の遺灰がまかれているのだという。つまりセラフィナの先輩にあたる方々の墓を守れということか。


 元々宵っ張りな性質(たち)だ。それなら出来そうだ、とセラフィナは頷く。


「それからもう1つ。期限が来るまで私の体には決して触れないでください。貴方に触られたが最後、呪いが発動して私は恐ろしい狼たちの元へ行かなくてはならなくなるので」


「期限、ですか?」


「期間は7年です。その間、毎晩墓守りを続け、私に決して触れないで頂ければ私の呪いは解けます。その時望むのなら、貴方もお家に帰してあげられます」


 誰も解けなかった呪いだ。どれだけ難しいことを要求されるのかと思ったが、一見すると簡単だ。セラフィナは拍子抜けする。


 だが、今まで何人も解呪に失敗している。どんな罠が仕掛けられているか分からない。セラフィナは気を引き締め直した。


「分かりました。必ずやお言いつけ通りにして貴方様の呪いを解きます」


「すまない。ありがとう」


 その声は、セラフィナの身を案じるような、こちらが驚くくらい優しい響きを帯びていた。

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