青いおうむ 前編
今回のお話は、フランスの昔話である『青いおうむ』をモチーフにしています。
とはいえ、原典とは内容がけっこう変わっているので、機会がありましたら『青いおうむ』の本編も読んでみてください。
カッコいい王子様や美しい王女様、それに妖精と魔法使いが出てくる、ファンタジー要素満載のワクワクするお話です。読後も安心のハッピーエンドで、オススメです。
椿の城に、最近とあるお客様が毎日のように遊びに来るようになった。
どこからともなく飛んで来た、美しい青いおうむは人に慣れているようで、セラフィナが果物をあげると喜んで食べてくれる。
おうむが気軽に休めるよう、フアナは柔らかいクッションを敷いて、おうむの居場所を作ってやった。
青いおうむは、しかし他のおうむと違って一言も話そうとはしない。黙っておやつを食べる姿は愛らしいが、セラフィナはついついおうむに話しかけてしまう。
「あーあ、貴方が私とおしゃべりしてくれたら、私はもっと幸せな気持ちになれるんだけどなぁ」
「セラフィナがそんなに鳥が好きだとは、知らなかったな」
「あ、レジェス様! いえ、この子は青い羽が私の故郷の海の色みたいで綺麗ですし、毎日遊びに来てくれるから、なんだか愛着を覚えてしまって」
「ふーん」
愛しい妻の関心を一心に集めるおうむの姿に、レジェスはなんだか面白くない気分になる。青い瞳が不満げに細まった。
だが、次の瞬間、良いことを思いついたとばかりに、ニンマリ笑う。
「セラフィナはカラスは嫌い?」
そこには、手乗りサイズの愛らしい子ガラスと化した旦那様がいた。
セラフィナの心は、あまりの可愛いらしさにズキュンと撃ち抜かれる。いそいそとカラスな夫に手を伸ばす。
「呪いが解けても、カラスの姿になれるのですね」
「生まれもった個性ってことなのかも。父さんも未だに仕事で煮詰まる時とか、カラスの姿になってその辺を飛びまわって、ストレス発散しているよ」
初代のカラスの王も自由だな、とセラフィナは遠い目になる。
触らないのか、とばかりに首を傾げられて、セラフィナは我慢できないとばかりに、カラスな夫を抱きしめた。
「暖かいですね。ふわふわで可愛い」
「ん。背中撫でられるの気持ちいい。もっと撫でて」
「はい、もちろん。レジェス様は本当に可愛いですね」
お互いにハートを撒き散らしながらスキンシップをはかる夫婦には、ため息を吐きながらそっと窓から外へと飛び立っていった青いおうむの事など、意識の端にも引っかからなかった。
明くる日。レジェスが書斎に置いたままにしていた本を取りに訪れた時だ。
件のおうむが書き物机の上で、何やら熱心に紙に書きつづっているのを見つけた。器用に鉛筆を扱うおうむである。
ちょうど書き終えたところで、物音に驚いておうむは窓から飛び去った。
レジェスはそっと部屋の中へと入り、机の上の紙を拾い上げた。紙に書いてある詩を読むにつれ、眉間のシワが深くなっていく。
うつくしい王女よ、あなたのやさしさをうけるのに
わたしは、あなたとお話をいたしましょう
でも、インコのようにおしゃべりをするくらいなら
だまっているほうが もっとふさわしいでしょう
「魔法にかけられているようだな」
どう考えても普通のおうむではない。万が一にも、愛しい妻であるセラフィナや大切な両親を傷つける存在であれば大変だ。
レジェスはすぐに城の図書室に向かうと、隠し扉の仕掛けを解いて中に入った。この小さな隠し部屋には、本棚と本を読むためのひじ掛け椅子が1つきりしか置かれていない。
この書棚には、発禁となった危険な魔導書や呪われた本が集めらているのだ。
レジェスは迷うことなく、黒い革表紙の本を取り出す。
魔力を注いで魔法の本を開けば、白いページに黒いインクで文字が浮かび上がる。
レジェスは本の知識から、あの青いおうむの正体が、とある魔法使いの怒りに触れた南の国の王さまだということが分かった。王さまに呪いをかけた魔法使いの男の情報を見て、「厄介な……」とレジェスは1人呟いた。
妻と戯れているおうむの正体が人間の男だと分かれば、レジェスはもはや看過することは出来ない。
しかも、そのおうむに変わった人間の年齢が19歳で、自分よりよほど妻と年齢が近いとなれば、全く心穏やかにいられない。
今日も今日とて、可愛らしい笑顔を浮かべておうむに果物をやるセラフィナの手をとって、自分たちの部屋へと連れていく。
「レジェス様? どうなさったのですか」
「セラフィナ。話をする前にとりあえず座ってくれ。今、お茶を淹れるね」
そうして、レジェスはあの青いおうむが背負う物語をセラフィナに語って聞かせた。
青いおうむの正体は、リノという名のここからずっと南に行った国の王である。
リノは、ある時とある大使が持ってきた肖像画に描かれた姫に恋をした。
その姫は、名前をヘルモーサといった。ラファガ公爵領の中でも辺境に位置する、広大な森の奥に城を構える、白鳥の妖精の娘であった。
リノは王女と結婚させてほしい、と白鳥の妖精に頼むためにレオカディオ王国を訪れた。
だが、運の悪いことに南の国とレオカディオ王国の間に、強力な魔法使いで、ライオンの島の王をしているイズノメアという男が住んでいた。イズノメアには、リケットという娘がおり、その娘はリノのことを愛していた。
リケットは、リノが白鳥の妖精の城まで出かけたことを知り、その結婚の邪魔をしてほしいとイズノメアに頼んだ。イズノメアはそうする、と約束し、魔法をかけてリノと馬丁の立場を入れかえてしまった。
偽物の王さまである馬丁が白鳥の妖精の城に行き、リノは魔法使いの城にある塔へと捕らわれることになった。
だが、白鳥の妖精は真実を写す鏡の力で自分たちの前に現れたリノが、偽物であることに気づいた。
本物のリノを魔法使いの手から助けるため、白鳥の妖精は魔法使いの城へと飛び、リノに事の次第を書いた手紙を渡した。
魔法使いの力を完全に打ち破るには、ギーゲスの指輪が必要なことを白鳥の妖精から教えてもらい、リノはリケットを誘惑してその指輪を手に入れた。
だが、策略はイズノメアに知られており、イズノメアは指輪に事前に魔法をかけていた。
そのため、白鳥の妖精は指輪に触った途端指輪にかけられた呪いにより大理石の像へと変わってしまった。
そして、イズノメアの怒りを買ったリノは青いおうむの姿へと。愛しい王女は美しい木へと、魔法で変えられてしまったのだ。
「なるほど。カラスの王さまの次は、おうむの王さまですか」
世界中の王さまの間では、鳥になることが流行っているのかもしれない。セラフィナはまた1つ世界の真理を知ったのだった。
「では、おうむの王さまにかけられた呪いを解かなくてはなりませんね。それに、白鳥の妖精とその娘の王女様のことも気になります」
レジェスもおうむに思うところはあるものの、カラスになる呪いに長年苦しめられていた身。
同情はするし、自分に出来ることであれば呪いを解いてやりたいとも思う。
そのため、セラフィナの言葉に否やはなかった。
「魔法の本に解呪の方法も書いてあったから、セラフィナが協力してくれれば、すぐに術は解けると思うよ」
「分かりました。どうぞ、何なりとお申し付けください。必ずや期待にお応えしてみせましょう」
花の妖精のごとき可憐な美貌を、戦乙女のごとくキリリと引き締め、セラフィナは宣言した。
翌日。また窓辺へと現れたおうむに、貴方にかけられた呪いを解いて、お姫さまたちも助ける話をした。
「ありがとうございます」
おうむは初めて人の言葉を話すと、感謝を伝えるために深く頭を垂れた。
「ついでに、新婚旅行だと思って楽しめばいいんじゃないか。だが、くれぐれも無茶はするなよ」
「気をつけてね。行ってらっしゃい」
フアナとベルトランは、良い機会だと喜んで旅に送り出してくれた。
「ありがとうございます。行ってまいります」
「うん。母さんと父さんにもお土産を買ってくるね」
実質的に北の大地を支配し、北の王家とも呼ばれるラファガ公爵家には、私的な旅行に行くと事前に連絡をしてある。
ご厚意で、ザカリアス家と交流の深いシーニュ侯爵家の別邸に旅の間は泊めて頂けることになった。
レオカディオ王国は、国土のちょうど真ん中に山脈が広がっているため、大きく二分されているような形になっている。王都のある南部と山脈を隔てた北部は、一見違う国同士かと思うほどに文化や気質が異なっている。
南は一般的に、情熱的でやや楽観的な思考で生きている者が多い。気候が安定しており、作物も多く実るし、豊かな海にも面していて海産物も豊富に獲れる。
昔から食うことだけには困らないと言われてきた土地だからか、最悪自分1人でもある程度生きてはいける。
そのため、束縛を嫌う自由人気質なところがある。
また、他人の目を気にする必要もないからか、個性的で革新的な考え方を持つ者も多い。新たな流行の発信や改革の発信は大抵南から興る。伝統や常識といった考え方もあまりしないため、他人のこともそういう考え方もあるよね、とおおらかに受け止める。
一方、豊かな森林資源や火山の恩恵はあるものの、冬には何ヵ月も雪に閉ざされる北の気候は厳しい。冬への備えをきちんと行わなければいけないことから、真面目に仕事をこなす働き者が多い。
また、自然が猛威をふるうため、人間たちは総じて団結して自然の脅威に抗う必要がある。そのため、お互い助け合い精神が骨の髄まで染み着いている。他者と協調できない粗暴な者もまた脅威とみなされ排除されるため、優しくなければ生きていけない土地でもある。
厳しい土地柄ゆえか、神への信仰心は南よりもはるかに強い。レオカディオ王国は一般的に大地の女神を中心とした女神信仰が盛んな土地柄だ。
豊かな実りを与えてくれる女神たちを祀る神殿がいくつも建てられており、宗教都市としての面が強いのも北部の特徴だ。
女神の正体は竜であるとされ、ラファガ公爵家には何代か前の当主に水の女神が嫁いできたという伝説がある。
そのため、ラファガ公爵家の紋章は女神の本来の姿である竜を模した図像になっている。
ラファガ公爵領で最も大きな都市である、クエレブレには夕方近くにようやく到着した。
クエレブレは、『美しき赤きバラに染まる街』の名で知られる、大変に美しい都だ。その理由は、街にある建物は赤レンガ造りで統一されており、街全体がバラ色に染まっているように見えるためだ。
赤い夕陽に照らし出された街並みが最も美しい瞬間だと言われているため、夕暮れ時に到着したことは、ある意味幸運だったかもしれない。
セラフィナも、夕闇に染まる街並みに声もなく見惚れた。
第三者の気配を覚えるまで、セラフィナは高台から時を忘れたように街並みを見つめていた。
内密とはいえ、第三王子とその妻という賓客を出迎えに来たラファガ公爵家の配下である、シーニュ侯爵家の者が丁寧な礼をする。
海上都市に居を構え、海から来る侵入者を見張る南のザカリアス公爵家。その対となるのが、北のシーニュ侯爵家だ。北は隣国と陸路で接している。国境への侵入者の監視及び防衛が仕事だ。国土の守護という役割を同じにすることから、ザカリアス家とシーニュ家は情報を密にするためよく交流を図っていた。
首尾よく、現ラファガ公爵とシーニュ侯爵に挨拶をする。表向きにはただの新婚旅行だ。特に疑われることなく、にこやかに歓迎され、心ゆくまでゆっくりして行くという有難いお言葉を頂いた。
お茶をしつつ、和やかに近況を伝えあった後、セラフィナたちは滞在させてもらう館に案内された。
いくつもの塔が並ぶ、壮麗な美しい城に、まさかここまで贅を尽くした建物を宿泊場所として提供して頂けるとは、とセラフィナは驚く。だがすぐに、非公式とはいえ正統な血筋を受け継ぐ第三王子を泊めるのだから、生半可な場所が用意されるはずがない、と思い直す。
秘密の多い旅だから、使用人の類は置かないよう事前にお願いしていたため、広い城内にはセラフィナとレジェス、そしていつの間にかセラフィナの肩に乗ってきた青いおうむしかいない。
セラフィナとしては、人の目がないことはかえって気楽で喜ばしいことだ。
高位貴族としては異例だが、普段から自分たち夫婦で手分けして家事をしているので、使用人がいなくてもなんら問題はない。
シーニュ侯爵家は、白鳥の騎士の伝説で有名な家だからか、屋敷の随所に白鳥を模した装飾が施されている。
必要とあれば白鳥の姿にもなれる美しい騎士は、もしかしたら白鳥の妖精と同じ一族なのかもしれない。
貴族らしい気品を損なわない優雅な内装ながら、明るく居心地がいい。光あふれる緑の中庭には、深緑を基調とした品の良いテーブルセットが置いてある。あそこで朝食を食べても良さそうだ。
夫婦の寝室として用意された部屋は、ゴールドをテーマカラーとしているようだ。豪奢で繊細な彫刻を施された調度品や壁や柱の装飾が、格の高さを感じさせる。天蓋つきのベッドの支柱には、それぞれ白鳥の彫刻が飾られているのが可愛らしい。
サイドテーブルの上の水晶の花瓶には、真っ赤なバラが活けられていて華やかだ。近づくと良い香りを運んでくれる。
「少し、街を歩いてはみませんか?」
「いいね、そうしよう」
荷物の整理を終え、夕食を近くの街まで食べに行くついでに少し散歩をすることにした。こんなに素敵な街並みを歩かないのはもったいない。
家並みの赤レンガ造りの建物には、白いアーチ窓があり、それがメルヘンチックな可愛らしさを生み出している。
街ゆく人の格好も、南の王都とはまた違う。南はビビットで華やかな色使いを用い、花をデザインした服が多い。
一方、北部では服の色はグレーや黒が多く、モノトーンでシンプルな落ち着いた装いが女性であっても主流のようだ。
また、元は軍服としてデザインされたが後に市井の服屋がデザインの1つとして取り入れたことで普及したボーダー柄も人気のようだ。
赤や紺のボーダー柄のワンピースは、王都ではまず見ないものだ。珍しさについつい見てしまう。
ラファガ公爵領を訪れた記念に、一着くらいボーダー柄のワンピースを購入しても良いかもしれない、とセラフィナはひそかに思う。
「わぁ、素敵!」
セラフィナはアクセサリーショップの前で思わず足を止める。花をモチーフにしたアクセサリーを専門に扱うお店は、職人の腕が良いようでどれも見惚れてため息を吐くほどに美しい。スミレやデイジー、椿など季節ごとにテーマがあるようで、6月の今はバラをモチーフにした新作が多く並べられていた。
「入ろうか」
レジェスはエスコートするように、セラフィナを店の中へと自然に連れていく。
青いおうむもアクセサリーの類が気になるようで、セラフィナの肩の上からキョロキョロと商品が置かれた棚やショーケースを見ていた。
「まぁ、綺麗なブレスレット」
白いバラをモチーフとし、真珠やダイヤモンドをあしらった繊細で気品あるデザインのブレスレットは、セラフィナにはとても魅力的に映った。
「これを頂こう」
「え、レジェス様!?」
「かしこまりました」
店主は恭しく頭を下げた。おねだりしたつもりはなかったのだが。
ニコニコした顔でプレゼントしてくる夫に、セラフィナはお礼を言って受け取った。
レジェスが優しい手つきで、ブレスレットをセラフィナに着けてくれる。
「よく似合うよ」
手の甲に口づけを1つ。さすが本物の王子様。あまりにも様になっている、とセラフィナは感動でうち震えた。
「すみません。私の代わりに買ってきてもらえませんか?」
店内を見回っていたおうむが、レジェスの手に金貨を何枚か握らせる。羽で指し示した先には、サファイアで忘れな草の花を象った美しいペンダントがある。
「ヘルモーサ姫に、とてもよく似合いそうなので」
「分かった。買ってこよう」
プレゼント用に丁寧に包装されたペンダントを、おうむは大事そうに受け取った。
美味しい夕食を取り終え、宿泊先の屋敷に戻る。青いおうむは新婚夫婦に気を遣ったのか、どこかへと飛び去っていった。
「新婚夫婦らしく、イチャイチャもしたいですね」
ソファーに座る夫の手を握り、セラフィナはさらにレジェスに身を寄せる。
「い、イチャイチャ……」
レジェスは、発熱しているのかと言わんばかりに真っ赤になる。潤んだ瞳は、心がかき乱されるほどに美しい。
セラフィナはレジェスを逃がすまいと、その体を抱きしめる。
「レジェス様は、どんな風なイチャイチャがしたいですか? 私がなんだって叶えて差し上げますよ」
耳元にささやきかければ、抱きしめているレジェスの体の体温が上がる。視線が右往左往するが、やがて意を決したように口を開く。
その声は震えてひどく小さかった。
「……一緒にお風呂に入るとか?」
顔を真っ赤にしながらも、純情なレジェスからすればかなりハードルが高いのではないかという提案をレジェス自らされて、セラフィナは思わずまじまじと夫を見つめてしまう。
セラフィナとしては大歓迎なのだが、本当に良いのだろうか。
「えっと、違ったかな? 両親がよく一緒にお風呂に入っているのは知っているから、夫婦だと普通のことなのかなって思ったんだけど」
ありがとうございます。フアナ様。ベルトラン様。
セラフィナは椿の城にいる、レジェスの両親に海よりも深く感謝した。
「一緒にお風呂入りましょうか。なんなら、洗いっこしても良いですね」
レジェスの頬にキスをして、セラフィナはイタズラっぽい笑顔で提案した。レジェスは全身真っ赤にしながらも、小さく頷いた。
気が変わらないうちに、とセラフィナはさっさとレジェスの手を引いて風呂場へと連れていく。
緊張し過ぎたレジェスが逆上せてしまうというハプニングもあったが、おおむね楽しくバスタイムは終了した。
色とりどりのおうむ達が暮らす、魔法の森。青いおうむと王女にかけられた魔法を解くため、早朝、レジェスとセラフィナはこの森を訪れていた。
いつの間にか飛んでやって来た青いおうむが、レジェスの肩に乗る。
あまりに可愛い光景に、セラフィナは顔がニヤけてしまうのを誤魔化すのが大変だった。
「本によるとこの辺りなんだが……。あぁ、見つけた」
3本の、緑の葉を美しく繁らせた立派な木の前でレジェスは足を止める。
青いおうむは、一目見てこの木が愛しい王女のヘルモーサだと分かった。ソワソワと体を揺らすおうむを、落ち着けとばかりにレジェスが撫でる。
「セラフィナは私の後ろにいてね。今からこの木を倒すから、万が一セラフィナに当たってしまったら大変だ」
「はい、分かりました」
木の下に魔法円が出現する。レジェスの魔力が注がれると同時に、ひとりでに根元の土が掘り返され、轟音と共に木が倒れる。
それを見て、青いおうむは翼を羽ばたかせ、真っ直ぐに王女が姿を変えた木へと向かって行った。
何かが砕ける音がすると、リノとヘルモーサが手と手を取りあって立っていた。
似合いの美男美女が寄り添いあう姿は、一幅の絵画のようで、一種の荘厳さを帯びている。
「良かった。上手くいったな」
レジェスはホッとしたように頬を緩めた。セラフィナは夫の頬にキスをする。
「さすがです。レジェス様」
「いや、それほど難しい魔法じゃなかったから良かったよ。では、次は白鳥の……」
「まぁ、なんて綺麗な男の人なの。私、こんなに美しい方を見たことがないわ」
第三者の声に、皆に緊張が走る。
「リケットか……!」
リノがギリッと、唇を噛み締める。
「お父様のかけた魔法、解かれてしまって残念ですわ。でも、良いのです。もっと素晴らしい殿方が現れたのですから。リノ様は、そこの妖精にくれてやります」
嫌な予感がする。セラフィナすっと目を細めた。
「お父様。あの美しいカラスの王さまが欲しいわ」
「分かった。分かった。では、娘の望みのままに」
しわがれた男の声が響く。と、同時にレジェスの姿が煙のようにこの場からかき消えた。
「は?」
誰も、声の主の方を見ることなど出来なかった。心臓が凍りつく恐ろしい声音に、その場に縫いとめられてしまう。
音の方向から、この声を発したのは妖精のように可憐なあの少女しかいない。
いっそ感情を削ぎ落とした真顔なことが、より一層恐怖心を煽る。
「全く……。私の旦那さまは本当に困った方ですね」
セラフィナにとっての、狩りの獲物が決まった瞬間だった。
○次回○ ティソーナ持って殴りこみ。
小説を書くにあたっては、以下の本を参考にさせて頂きました。この場を借りて、厚くお礼申し上げます。
◻️参考文献◻️
『ラング世界童話全集7 ねずみいろの童話集』
川端康成・野上彰【編訳】 偕成社文庫 1977
『フランスの神話と伝承』 篠田知和基
勉誠出版 2018




