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椿の城の墓守姫  作者:
番外編
13/20

秋の夜長のチョコラーテ

「フィーナちゃん、大好きよ。貴方は私の宝物」

 小さな頃に亡くなった母の記憶は、セラフィナにはそう多くない。それでも、セラフィナには1つだけ鮮明に覚えている記憶があった。

 怖い夢を見て眠れなくなった時。母は必ず一緒に起きてセラフィナがよく眠れるようにと、普段と違う特別なチョコラーテを作ってくれた。

 チョコレートの芳醇な香りを漂わせる温かなチョコラーテに、マシュマロを沢山入れて溶かしたもの。ほろ苦いチョコラーテが、マシュマロが溶けることで魔法のように甘くなる。ホッとする優しい味わいがセラフィナは大好きだった。

 チョコラーテを飲み終わると、母はセラフィナをベッドに連れていき、彼女が眠るまで子守唄を歌って寝かしつけてくれた。そうすると、セラフィナから恐怖心が消える。安心してすぐに眠りにつくことができた。あの優しい歌声とチョコラーテの味は、セラフィナの中から消えることなく今も残っている。











「本当にこの城には死者が還ってくるのですね」

 王国では、10月31日から11月2日まで『死者の祭典』が行われる。この時期には、冥界の扉が開いて先祖の霊が還ってくる。人々は戻ってくる死者が迷わぬよう、カボチャをくり抜いてランタンを作って火を灯し、ご馳走を用意してもてなすのがならわしだ。お店には帰って来た冥界の住人たちをもてなすための多くのお菓子が並ぶ。甘い香りで満ちるこの季節が、セラフィナは嫌いではなかった。

「そうだよ。歴代のカラスの王とその妻が還ってくるから、今年も迎える準備をしないと」

 夫であるレジェスはそう言って無邪気に笑うと、せっせとカボチャのランタンをナイフで彫っていた。くり抜いた実は、後でカボチャのポタージュやカボチャ味のバスクチーズケーキへと素敵な変貌をとげるらしい。

 結構なことだ。大好きなチーズケーキを食べられる予感に、セラフィナもソワソワしながらレジェスの作業を見守る。

 城内はたくさんのカボチャや、冥界神の使いである黒猫をモチーフにした飾りつけでみたされる。ワクワクとした祭りの雰囲気にセラフィナの心もわきたつ。

 が、同時に小さい頃『死者の祭典』の期間中に感じていた寂しさも思いだし、胸がチクリとした。レジェスを心配させるわけにはいかないので、セラフィナは努めてその寂しさに気づかないフリをする。

 無理に目を反らしたからだろうか。

「夢か……」

 幼い自分が泣きながら赤い色をした星の花を、両手いっぱいに抱えきれないほど摘んでいく。

『死者の祭りの時には亡くなった家族が帰ってくる』

 そんな伝説を本当のことだと信じた幼いセラフィナは、祭りの日になれば亡くなった母にあげようと母の好きな花をたくさん摘んで帰った。夜になり、母を一番に出迎えようと毛布をかぶってじっと城の玄関の前に座って待っていた。上手に作れるようになった、ザカリアス家特製レシピのバターと塩を入れたチョコラーテを準備して。きっと母は喜んでくれるはずだ。

 父も城に住む皆も何も言わずに側にいて、一緒に母が現れるのを待ってくれた。しかし、朝が来ても母が帰ってくることは一度もなかった。

「お母様。どうして帰ってきてくれないの? 寂しいよ。会いたいよ。早く帰ってきて」

 泣きじゃくるセラフィナを父はただ黙って抱きしめてくれた。その日は、朝からセラフィナの好きなチーズケーキがテーブルに並んだ。きっと料理人が気を利かせたのだろう。

 花の数が足りなかったのか、と毎年集める花の数は増えていった。それで気がすむならと、父や侯爵家の騎士たちも花を摘むのを手伝ってくれた。だが、城中が赤い花で埋めつくされても母は帰ってこなかった。今なら当たり前だと思う。けれども、その同時幼い自分は母にはもう二度と会えないという事実を受け入れられなかった。

 母が恋しいと泣く幼い自分の声で、セラフィナは目を覚ました。まだ夜も更けた頃合いなのだろう。月明かりに照らされた室内は暗い。隣にはレジェスが気持ち良さそうな顔で眠っていた。それに微笑む。

 眠気が飛んでしまって眠れそうにない。セラフィナはちょっと考えて、レジェスを起こさないように気をつけながらそっと部屋を抜け出した。


 





 まだ暗い城の中を歩き、テラスへと出る。ぼぅっと黄金に輝く月を眺めながら、思いをはせる。とはいえ、1人で物思いにふける時間はそれほどなかった。

「夜は寒いから、月を見るにしてもなにか羽織るものがあったほうがいい」

「レジェス様。すみません、起こしてしまっていたのですね」

 申し訳なくなって謝るが、レジェスは黙って首をふる。

「こんな時にセラフィナを1人にする方が嫌だよ。次からはどんなに夜遅くても必ず起こしてほしい」

 1人で悲しまないで。目元に何度も優しいキスがふってくる。強ばっていた体の力が抜ける。レジェスに心配をかけたくないのも本音だが、気づいてくれたのはとても嬉しい。

「夜風が出てきたね。風邪をひくといけないから中に入ろう」

 腰に手がまわり、やんわりと促される。拒む理由もないので、セラフィナは大人しく城に入る。視界の端でレジェスがホッとした顔をした。

 部屋の電気をつけ、ソファーまでエスコートされる。

「ちょっと待っていて」

 と言われて座って待っていると、レジェスが飲み物を2人分淹れて戻ってきた。馴染んだチョコレートの豊かな香り。

「いつもセラフィナに作ってもらってるから、たまには私が淹れてみたよ」

 レジェスお手製のチョコラーテは、試作品のケーキに使ったホイップクリームがたくさん載った豪華なものだ。見た目だけでもテンションが上がる。

「どうぞ。美味しいといいのだけど」

 緊張した様子のレジェスに、セラフィナは微笑みかける。

「ありがとうございます。いただきます」

 レジェスが作ってくれただけあって、気品ある上品な味だ。ホイップクリームと混ざると調度いい甘さになる。ホッとする愛情たっぷりの味に、セラフィナは花が咲くような笑顔を浮かべる。妻の可愛らしい笑みに、レジェスは声もなく見惚れてしまう。

「とても美味しいです。さすがはレジェス様ですね」

「あ、うん。それは、よかった」

 しばらく無言でチョコラーテを味わっていたが、やがてレジェスがためらいがちに口を開いた。

「貴方の憂いをどうか教えてくれないか。貴方の夫として、セラフィナの悲しみを分けてほしい」

 下手に隠すとレジェスが盛大に暴走しそうだ。生存本能からくる危機感に背を押されて、セラフィナは素直に理由を話す。

「死者の祭りが近いので。母のことを思い出していたのです」

 レジェスがハッと息をのむ。ついで痛ましそうな顔で、セラフィナの手を握った。

「私、お母様のお墓参りに行きたいのです」

 レジェスの態度に勇気が出て、素直に願いを口にする。

 死者の祭りの時期には、必ず1回は墓地へとおもむき、お墓の前でお菓子を食べながら死者と共に談笑するのが恒例だ。椿の城で墓守をしなければならなかったセラフィナは、12歳以来母の墓を訪ねていない。それはあまりに不義理な事である。

「それはいい。私も貴方の母君にご挨拶がしたかったんだ」

 期待した通りに、レジェスはセラフィナの欲しい言葉を返してくれる。セラフィナはお礼をこめて、レジェスの柔らかな唇にキスをした。










 古語で『夕星』を意味するヴェスパーは、その名の通り星の形をした可憐な花だ。赤やオレンジといった夕焼け空をそのまま写しとった美しい色をしている。この国を代表する秋の花で、10月になれば森のあちこちに咲いているのが見られる。花言葉は『思うは貴方1人』『私の愛する星』そして、『再会』

 母が一番好きな花だ。父が母にプロポーズする際もヴェスパーの花束を母に渡したらしい。執事のジャックからそう聞いた。

 遠い昔、母が恋しくて泣きながら両手に余るほど集めたヴェスパーの花。遠い記憶を思い出しながら、セラフィナはヴェスパーの花束を腕に抱えて墓地へと歩く。母の顔は未だにおぼろげなままだ。

 秋色に染まった木々に囲まれ、ぽっかりと空いた草地。白い墓石は記憶にあるままに、静かに佇んでいた。

「久しぶり」

 父や領民がきちんと手入れしてくれたのだろう。墓は綺麗な状態で、花束も供えてあった。これなら簡単に掃除するだけですみそうだ。落ち葉を払い、持っていたヴィスパーの花束とカボチャのチーズケーキを供えて手を合わせる。

「お母様、ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。私はこちらにいるレジェス様と結婚することにいたしました。2人で幸せになるので、安心してくださいね」

「レジェス・ベルトラン・エステバンと申します。長年の不義理をお許しください。セラフィナさんのことは、私の全てでもって幸せにすることをお約束いたします」

 レジェスの覚悟に、不覚にもキュンッとしてしまった。一通り母に向かって報告をすませたあと、レジェスが立ち上がった。

「私はこの辺りを少し散歩してくるね。セラフィナはここでゆっくりしていて」

 親子水入らずで話ができるよう、気を使ってくれたのだろう。セラフィナはレジェスの心遣いを有り難く受けとる。

「お母様……」

 墓石の前に1人になったところで呼びかける。母が生きていたならば。レジェスを紹介した時に一体どんな反応をしただろう。会いたいな。

「フィーナちゃん」

 遠い昔に聞いた懐かしい声に、セラフィナはビックリして顔を上げる。

 自分と同じ桃色の長い髪。細面の、人形のように整った美しい女性が、仄かに日の光に透けて墓石の上に浮かんでいた。

 瞳はよく知る、ハッとするようなスカイブルー。

 そういえば、とセラフィナは思い出す。曾祖父は継承権争いを嫌って自分から臣籍降下してザカリアス家にきた元王族だった。レジェス様の瞳の色が、母によく似ていてもおかしくはないのである。

 初めてレジェスに会ったとき、妙にアクアマリンの瞳が気になったのはこのせいか。無意識下で母の瞳の色と重ねていたらしい。

「フィーナちゃん、私の可愛い子。こうしてまたお話できて嬉しいわ。わざわざお墓参りに来てくれてありがとう」

「いえ、お母様なのですか……?」

 本能は泣きたくなるような懐かしさと共に、目の前にいるのは本当の母だと訴えてくる。だが、理性は幽霊の存在を否定する。どうして急に母の姿が見えるのか。幻覚を用いた攻撃魔法の兆候を探るが、特にない。

「死者の祭典の時には、冥界の扉が開かれ全ての死者は地上に帰ることができる。私も毎年家族の元に帰っていたけど、生者である貴方たちに私の姿も声も届かなかった」

 毎年そばにいてくれていたんだ! セラフィナの心が歓喜に震える。

「貴方はカラスの王の妻になったことで、半分死者のようになってしまったの。死に近づいた貴方には死者である私の姿を見て、話すことが出来るようになったのよ。とはいえ、カラスの呪いが解けた今、見えるのはフィーナちゃんに縁が深い人たちだけみたいね」

 カラスの王の妻となることにそんな特典があったのか。セラフィナは改めてレジェスが自分を妻に選んでくれたことを感謝した。

「大好きよ。私の大事な大事な宝物。こんなに大きくなって」

 額に優しくキスをされる。嬉しくて、セラフィナはギュッと母に抱きついた。

「私の小さい娘がいつの間にか大好きな人を見つけたのね。礼儀正しくて、優しそうな方でお母さんは安心したわ」

「はい、永遠に愛すると誓うに値する人です。レジェス様以上の旦那様はこの世界にはいません」

「そんな風に思える人と愛し愛される関係になれたのは幸せなことよ。大事にしなさい」

 セラフィナは真摯な顔で頷く。母は微笑むと優しくセラフィナの頭を撫でた。

「それからあのね、お母様。私上手にチョコラーテを作れるようになったんです」

 ずっと母に飲んでほしかったチョコラーテ。水筒に入れてきたそれをついで母に渡す。嬉しそうな母の表情は、幼い頃に想像した以上のものだった。








「ところでこれはケーキかしら? 美味しそうね」

「カボチャクリームを練り込んだ、バスクチーズケーキです」

「まぁ、初めて食べるお菓子だわ。いただきます」

 幽霊もお菓子は普通に食べられるようだ。どこかから取り出したフォークでもって、ニコニコ笑顔で母がケーキを口にする。

「美味しい! これ、本当に美味しいわ! 一体どこのお店のなの?」

「これはレジェス様の手作りなのです」

 信じられない、といった表情で母がセラフィナをまじまじと見る。だが事実だ。

「レジェス様はとっても料理が得意でいらっしゃるのです」

「貴方毎日こんな美味しいものを食べているの?」

 母の質問に頷く。最近は、もっぱら料理はレジェスの担当になっている。美味しそうに食事をとるセラフィナを、隣でそれはそれは幸せそうな顔でいつも見ているから、問題はないはずだ。

 母は真剣な表情でセラフィナの両手を握った。

「フィーナちゃん、レジェスくんはそれは良い男だから絶対に離しちゃダメよ。わかったわね!」

「はい、もちろんです!」

 来年も美味しいケーキを待ってるわね~、と笑顔で手を振って母は空へと還っていった。まさか母があんなに甘いものに目がないとは知らなかった。来年はもっとたくさんレジェスにお菓子を作ってもらって持っていこう。








 夜。城に帰って夕食や湯浴みをすませた後。恒例となっているチョコラーテを、セラフィナはレジェスのために作る。今夜は眠れない時に母が作ってくれた特別版。マシュマロを沢山浮かべたチョコラーテである。

「マシュマロが溶けると、苦味のあるチョコラーテが優しい甘さに変わっていいね。とても落ち着くよ」

 可愛らしく微笑むレジェスに、セラフィナは心臓を撃ち抜かれる。

「マシュマロ入りは母との思い出の味なのです。レジェス様にも気に入って頂けて良かったです」

「そうか。大事な思い出の味を教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 チョコラーテを飲む間、沈黙が落ちるも不思議と気まずさはない。名残惜しげにレジェスが最後の一口を飲んだタイミングで、セラフィナはそっと彼の手を握った。

「私は絶対にレジェス様のことを離しませんからね。お母様にもそう誓いました」

 レジェスは嬉しそうに頬を染める。

「ありがとう。私もセラフィナを離しはしないよ」

 唇に優しいキスをもらって、セラフィナはにっこり微笑んだ。さらに深く繋がりたい、とレジェスに口を開けてもらおうとしたところで……。

「こんなに好きにさせておいて、今さら手を離すなんてしたら。その時は貴方をこの城の中に閉じこめてしまおうか」

 ほの暗い色を宿した青の瞳に、セラフィナはぐぅううと喉を鳴らす。

 この期に及んで旦那様は何を不安になっているのだろうか。セラフィナの愛が全く足りていないらしい。ならば、じっくり愛でて溶かして分からせる算段をつけねばなるまい。

 だが、自分を閉じこめたいと思うほど執着されているとわかったのは収穫だ。

「冗談だよ」

 なんて、答えないセラフィナの反応を見て付け加えるが、表情がどう見ても本気だった。夫の真意くらいセラフィナにはよく分かる。

「私の旦那様は本当に可愛いですね」

「え、あ、あのセラフィナ。なんだか顔が怖いよ? え、待って。まだベッドに行くのは早くないかな?」

「貴方をじっくり愛でるには、夜の時間が足りないくらいですよ」

 まだ何か言おうとする悪い口はキスで封じて、セラフィナはレジェスを抱き上げた。

中学時代に国語の授業で習い、今も忘れられない中村汀女の、

『曼珠沙華 抱くほどとれど 母恋し』

という句にインスピレーションを受けて出来たお話です。

おかしいな。ハロウィンが近いからとお菓子がたくさん出てくるスイートなお話が書きたかったのですが、しんみりしたお話になりました。次は頭空っぽで読めるイチャイチャするだけのデートのお話が書きたいです。

読んで頂きありがとうございました。

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