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椿の城の墓守姫  作者:
本編
1/19

100年の

最初に人体欠損の残酷描写がありますが、基本ほのぼのなお話です。

楽しんで読んでいただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。

 呪いにより怪物となった青年と、破邪の力を持つ姫君との婚姻から始まるそんなおとぎ話。











 レオカディオ王国の南の最果てに位置する、ザカリアス侯爵領。ここは、海に面するために巨大な貿易都市という面を持つ。


 そんな侯爵領は今、春先によくある嵐に見舞われていた。昼でも夜のように暗い。皆、家に引きこもり嵐をやり過ごすため、普段は賑やかな海辺の都市もその日はひっそりと静かだ。


 国境を守る家だからか。ザカリアス侯爵家の城は随分と堅牢な造りだ。

 だか、窓を叩く雨粒や風はあまりに強く心配になる。


 侯爵家の象徴たる、庭園を彩る桃の花が丁度見頃を迎えたというのに。これでは明日の朝には花は全て散ってしまっているかもしれない。そうなれば、娘が悲しむだろうなと侯爵は深いため息を吐いた。


 家を吹き飛ばそうとするような豪風と、時折落ちる雷の音を聞きながらザカリアス侯爵家当主の男は、心配そうにカーテンを開けた。激しく雨粒が打ち付ける窓から外の様子を伺う。

 侯爵はどうしようもない胸騒ぎを覚えていた。こんな不吉な天気のせいか。なにか、家族に危機が訪れようとしているように思えてどうにも落ち着かない。



 そこで、急に窓が夜の闇に覆われた。否。見上げるほどに巨大な烏がベランダに舞い降りて来たのだ。烏は窓を開けろ、と言うように窓ガラスを(くちばし)でコツコツ叩く。


「これは、驚いた。今の世にあるこのように尊きお方が、まさか我が家を訪れてくださるとは」


 男は恐れの気持ちを飲み込み、この世の者ではない烏を家に招き入れた。無視すれば、どのような祟りが家を襲うか分かったものではないからである。


 烏の身体はこの大雨の中を飛んできたはずなのに少しも濡れていない。理知的な光を宿す青の瞳が男を見下ろす。


「お前の娘をどうか私の妻に頂きたい」


 静かな声で告げられた言葉に男は驚いた。ザカリアス侯爵家には現在娘は1人にしかいない。今年、(よわい)12になる娘だ。男はそれはそれは目に入れてもいたくないほど、幼い娘を可愛がっていた。


 今は亡き最愛の妻によく似た娘である。今際の際の妻にも、どうか娘のことをよろしくねと散々頼まれた。その手を握り、「絶対に幸せにする」と約束し妻を安心させたのだ。間違っても、こんな化け物に嫁いでは娘の幸せは無いだろうと恐れた。


 妻だけでなく、今度は娘までこんな化け物に奪われるなどあってはならない。キッパリと否やを告げようとしたところで後方の扉が開いた。


「お父様、そろそろ午後のお茶の時間にしようかと……」


 すらりとした細い体躯に、穢れを知らない雪の様な白い肌。パッチリとした、血を固めたような真紅の瞳は生き生きと輝き、腰の辺りまで伸ばした長い髪は可愛いらしい桃色だ。


 一目見ただけで誰しもが魅了されるであろう。子どもながらに完成された完璧な美貌だ。咲き匂う桃の花のように可憐な、それはそれは美しい少女。


 この男の最愛の娘である、セラフィナだ。


「え、何、その烏は……?」


 セラフィナは戸惑ったように父と烏を交互に見やる。


「フィーナ。お父さんはちょっと大事な話をしているから、お父さんが良いと言うまで部屋にいなさい」


「お嬢さん、どうか私の妻となってはいただけませんか? お断りするなら、貴方の父親の命は保障いたしませんよ」


 突然の烏からの求婚に、セラフィナは恐怖からか顔を白くさせ、その場を動くことが出来ない。


 男は叱咤するようにセラフィナに声をかけた。


「お父さんの事は心配しなくていいから、部屋に戻っていなさい! フィーナを化け物に嫁がせるなどゆるせるものか!」


 男が叫んだ途端烏が動き、男の右目をくりぬいてしまう。男は片手で血が溢れる顔に開いた黒い穴を抑えながらも、必死に言葉を紡ぐ。


「いかん! フィーナ、早く部屋に戻りなさい!」


「貴方が私の妻になると言うのなら、元通りに目を生やしてあげましょう」


 いっそ歌う様な優しい声音で烏が言うと、もう一方の男の目をくりぬいた。セラフィナは痛みに耐えるかのように眉根をよせ、唇を引き結ぶ。


 この国では、100年に1度、王族に大鴉の姿をした子どもが産まれる。


 『カラスの王』という称号で呼ばれるその大鴉は、王家の呪いを引き受けた王子の成れの果てだ。


 その呪いは、烏の妻となった者にしか解けないと言われている。だから、この国の女性は人語を操る大鴉が求婚してきた際は絶対にその結婚を拒むことが出来ない。これは王命と同等のものであると法に制定されている。


 たとえ、王家に呪いの子が生まるようになってから数百年。伝承とは異なり、誰も呪いを解くことが出来ず、最後は夫となる大鴉と共に死ぬことしか出来なくてもだ。


 大鴉に嫁ぐ生け贄は、誰かが引き受けなければならないお役目だ。それがたまたま今代はセラフィナだったというだけだ。

 父は、そんな自分を助けようと罰を受けると分かっていても庇ってくれた。それで十分ではないか。


 やがて、セラフィナは決心したように烏を真っ直ぐに見つめた。恐れなど浮かんでいない強い光を宿す赤い瞳に、烏は感嘆の眼差しを送る。


「分かりました。貴方の妻になりましょう」


 ザカリアス侯爵家の庭に植わる桃はただの桃ではない。極めて強い破邪の力を持ち、悪しき魔物を退治してくれる。その桃が反応せず、この大鴉が無傷でこの屋敷を訪れられたのなら。見た目には恐ろしい大鴉だが、それほど悪いものではないという強力な証明になる。

 それに、烏が持つ、アクアマリンによく似た青い瞳も気に入った。どこか懐かしい色をしている。

 大鴉が妻を必要とする限り、そう酷い結婚生活にはならないかもしれない、とセラフィナは己を慰める。


「いかん! いかんぞ! 許せるものか! 頼む、我が娘を奪わないでくれ!!」


 半狂乱で首を振る父に、セラフィナは安心させるような笑顔を向ける。父の愛情は十分伝わった。だから、私は大丈夫だ。その思いも込めて、セラフィナは父に誓う。


「心配なさらないでください、お父様。私は幸せになりますから」


「ありがとう。これで貴方は私のもの。また、私は貴方のものですよ」


 部屋の中に突風が吹き、男は耐えるように床に手を着いた。風が止み、再び見えるようになった眼で辺りを見渡す。


 烏と、そして男の愛するセラフィナの姿はもう何処にもなかった。


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