67・【他者視点】友達と、お茶会の練習。 からの……
「お嬢様、会場は一階のサロン、飾るお花はこちらで、白の花瓶に飾り、テーブルを飾る布類はこの色合いで統一でよろしかったですか?」
「はい、大丈夫です。」
「カトラリーなのですが、こちらとこちら、どちらがよろしいですか?」
「えぇと……うん、可愛いからこちらのシルバーに小鳥の装飾が入った物にしましょう。」
「はい、そう致しましょうね。 それとお嬢様、茶葉はこちらの3種類でよろしいですか? 他にもご用意いたしますか?」
「あっと、えぇと。 そうね、この間贈って頂いた茶葉も用意してもらっていいかしら?」
「かしこまりました。 では、お茶に合わせ、お茶菓子は料理長がこちらを作らせていただきますね。」
「あ、焼き菓子を昨日いただいた物も一緒にお願いします。 小さな袋の方のお菓子は、例の割れないお皿で出してもらえますか?」
「かしこまりました。 そのようにさせていただきますね。 それとお嬢様。 私共は使用人ですので、お言葉使い、ご注意なさってくださいませ。」
「あ……気を付けま……気を付けるわ。」
「それでは、失礼いたします。」
懸命なマミの姿に微笑みながら、部屋を出た侍女長とメイド達。 それを見送ったマミは、大きく溜息をつくと、ピンと張っていた姿勢を崩し、ぐったりとソファに体を預けた。
(もう! もう! お茶会ってなんでこんなに大変なの?! 「皆様、今日この後、我が家でお茶会を致しますの、一緒にいかが?」って、放課後マ〇クくらいの誘い方してたのにーっ!)
と、頭を抱えて考え込む。
(あの時は、たかがお茶会って思ってたけど、実際はこんなにも大変だったのね。)
ソファの横のミニテーブルの上にあるミズリーシャ直筆の『お茶会時系列確認表』をつまみ上げると、書かれた紙を見ながら指折りに、これはやった、あれはやったと確認していると、ふと、過去に聞いた声が耳をかすめた。
――マ、マミ様、ごきげんよう……えっ、お茶会ですか? あの……はい。 どうぞ、おいでください……。
怯えるように私のお茶会参加を了承した女生徒に、初めからそう言えばいいのよ! と言い放つ自分。
(……やな事思い出しちゃった……。 ああぁぁぁぁ、ずっとこうして思い出して、いつまでも恥ずかしいままなのかなぁ。)
それは、学園に通っていた時の出来事なのだが、ちょっとしたきっかけでこうして思い出す。 そしてそこからずるずると、芋づる式に自分がやってきた様々な今思えばありえない行動が思い出され……何とも言いがたい羞恥心が沸き上がり、マミはソファの肘置きに突っ伏して声をあげた。
「あああぁぁぁぁ、まじ恥ずかしい!」
(知らなくてやったこととはいえ、恥ずかしすぎて泣ける……。)
学園のサロンや食堂、教室で聞きつけた令嬢達のお家でやっているお茶会。 あの頃はただ出るだけだったから、迎える側の気持ちなんか考えた事なんてなかった。
お招きするお客様に対し、使用するティーセットからカトラリーを選び、相手の好みや領地、流行に合わせたお茶やお菓子を用意して、使用するお部屋に飾るお花も、花ことばなどに気を付けて選んで飾っていたなんて。 みんな、こんなにも小さなことにまで気遣うため、2週間以上前から事前に手配や準備をしていたなんて。
そんなこと全然知らないまま出席していた。
(ううん。 あたしのあれはお茶会に出席する、じゃなくて、お茶会に乱入する、だよね。)
食堂で、サロンで、教室で。
茶会を開くと言っていた令嬢の家に、招待もされていないのに元王太子殿下と一緒に出向いた。 そこで執事や令嬢本人に、『本日のお茶会は趣旨が違うので』『席の用意がないので』等と様々な言葉で断られると、隣にいる元王太子殿下に泣きついて、むりやり席を用意させていた。 その上、出されたものが気に入らないと、お茶がぬるい、お菓子がまずい、気が利かない、といちゃもんをつけ、それを他の招待客に注意を受けると、あの女が私の事を虐めるんですっ! とやっぱり元王太子殿下に言いつけ、慌てて謝る相手に、文句を言い、時にはティーカップを投げつけていた。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
ごんごん、と、額を肘置きに額を打ち付け、唸る。
(もうほんと……まじ黒歴史。 あたし、最低……超クソ……。)
泣きたくなるのをこらえながら、思い切り大きな溜息をつく。
「あたし、本当に侯爵令嬢、なんてやっていけるのかな……。」
ごつん、と、額を肘置きにぶつけたまま呟いた時だった。
「まぁまぁお嬢様、どうなさったのですか? ご気分でもお悪いのですか?」
マミの部屋の隣、廊下に出なくても行き来できるように用意されたエリの部屋の方から、授乳を終えて一人で出て来た、乳母でありマミの相談役である女性が、心配そうに傍にきてくれた。
「ジェシカ……。」
「額が赤くなっておりますよ? 今、冷やすものを用意させますね?」
「あ、いえ、違うんです、あ、違うの。 ちょっと過去の己の行動の恥ずかしさに反省してたの。 心配かけてごめんなさい。」
「まぁ、またですか? 思い出すたびにそうなさっていたら、額がへこんでしまいますわよ?」
「え!? まじで!?」
パッと額を両手で押さえたマミに、ジェシカはくすくすと笑う。
「冗談ですわ。 それよりお嬢様……?」
「えっと……ほ、本当に……?」
「はい、よくできました。」
俯きながらそう言った私に、ジェシカは笑ってマミの頭を撫でた。
彼女は子爵家の4人兄妹の末の娘で、マミよりは4つ上だという。
とある上位貴族の家で行儀見習いを兼ねて侍女として働いていたところ、当主にに手籠めにされてしまったという。 しかも胎に子が出来た。 正妻は怒り狂ったが、その正妻には子がなかった為、ジェシカは当主に子を産むことを強要された。 しかし正妻には睨まれ顔を見るたび嫌がらせを受け、事情を知る使用人には同情されるものの助けてはもらえず、身の危険を感じた事もあり、当主に頼み込んで実家でその子を産んだ。
生まれた子は父親である当主によく似た男子で、喜んだ父親である男は、当然の様にその子を正妻の産んだ嫡子にするため、大量のお金と引き換えに、拒否するジェシカの手から子を奪った。 子の代金としてジェシカに支払われたお金は、彼女の父親である子爵に全て奪われた上、令嬢として価値はないと、無一文で貴族籍を抜かれ、家を追い出されたという。
行く当てもなく、近くにあった川に身を投げようと橋の上で身を乗りだした時、養父であるトルスガルフェ侯爵の馬車が通りかかり、彼女の事情を知って、もし君さえよければ、と、エリの乳母兼マミの相談相手として、雇い入れたという。
その話を聞いた時、マミはものすごく怒った。 子爵家に怒鳴りこみに行く勢いだった。 しかしトルスガルフェ侯爵に『お前の怒りはもっともだが、貴族社会ではよくある事で、爵位が下であれば、よほどの繋がり(コネ?)がない限り、何を言っても、彼女が辛い思いをするだけだ』と諭されてしまった。
(この世界、まじ糞だな!)
と、養父の手前、口にはしなかったけれど、本当の本気でそう思った。 けれど、自分がやったことも結構大概であったと思い、ぐっと黙った。 本当に反省しきりである。
(でもよく考えたら、コネは一杯あるのよね……ジェシカがそれを望まなかったから頼らなかったけど……お父様は侯爵だから、相手が侯爵だった場合には微妙としても、ウルティオお義兄様に、ミーシャもいるわけだし……)
と、怒られながらそんなことを思っていたら、考えていることを察したらしい養父に、貴族の力バランスや、取引でのお付き合いなど、爵位だけではない人間関係など、さらにこんこんと説明された(半分以上は頭に入らなかった)。
(お貴族様って、めんどくさい。)
そんなことを思い出し、深く深くため息をついたマミに、冷たい手巾を渡したジェシカは笑った。
「エリ様がお休みになられましたので、洗濯物を置きに行きたいのですが、一度離れてもよろしいですか?」
「ありがとう、お願いします。 それから、今のうちにジェシカも少し休憩を……あ、そうだ。」
テーブルの上に置かれていたお菓子籠から取り出したクッキーの包みを渡した。
「これ、食べて。」
「まぁ、それは昨日お嬢様がいただいたものなのではないのですか? 私などがいただいてよろしいのでしょうか?」
「いいの。 いつもエリと私のためにありがとう。」
そう言って、洗濯物の入った籠を抱えて両手がふさがっている彼女の、お仕着せの上につけているエプロンのポケットに入れると、乳母はふわっと可愛らしく笑った。
「ありがとうございます、お嬢様。 では、行ってまいります。」
(あんな風に笑ってもらえてうれしいな……。 だけど、ジェシカのためにも子供の事とか、毒親の事とか、何とかしたいんだよなぁ……どうしたらいいんだろう。)
丁寧にあいさつをして出て行った彼女を見送ってから、私はもう一度、ソファの肘置きに頭をぶつけた。
お茶会当日は、朝からそわそわとしてマミは落ち着かなかった。
朝食の時に、養父に『少し落ち着きなさい』と苦笑いされたくらいだ。
返事はしたものの、やっぱり落ち着かず、何度もサロンと自室を行き来して、お花をチェックし、お菓子をチェックした。 そんな風にちょろちょろしているマミを、使用人の皆は微笑ましく見ながら、大丈夫ですよと声をかけた。
「ようこそおいでくださいました。」
約束した時間。
侍女達に案内され、サロンにやってきたお客様を、マミは迎え入れた。
「ごきげんよう、本日はお招きくださりありがとうございます、マミ様。 先に紹介しますね。 こちらは私のもう一人のお友達のメグ……ガラン伯爵夫人と、その御子息よ。」
サロンの中に入り、公爵令嬢の名に相応しく、美しく着飾ったミズリーシャはマミに向かって挨拶をし、その後ろを歩くゲストの女性を紹介してくれた。
それを受け、マミは静かにカーテシーを取る。
「本日はお越しいただきありがとうございます。 トルスガルフェ侯爵が娘、マミ・イトザワと申します。 ガラン伯爵夫人も、良くお越しくださいました。 お話はミズリーシャ嬢から伺っておりますわ。 私の事はマミと呼んでください。 仲良くしていただけると嬉しいですわ。」
ミズリーシャの後ろにいた落ち着いた緑色のドレスを身に着けたガラン伯爵夫人マーガレッタが綺麗にカーテシーを取った。
「はじめまして、トルスガルフェ侯爵令嬢様。 私、ガラン伯爵家のマーガレッタですわ。 本日はお招きいただき、ありがとうございます。 後ろにおりますのは私の息子でダルリッドです。 私の事も是非、メグとお呼びください。 仲良くしてくださいませね。」
「ありがとうございます、では、ミーシャ様、メグ様、どうぞこちらへ。」
にこっと笑ってテーブルの方に誘導しようと一歩、踏み出したマミは、緊張のせいでつん、と、ドレスの裾を踏んでしまい、膝をついて転んでしまった。
「……マ、マミ!? 大丈夫!?」
「お嬢様! 大丈夫でございますか??」
慌てて駆けつけるメイドや侍従、そしてミズリーシャの心配そうな顔を見たマミは、手を借りて立ち上がると、ふにゃっと顔を歪めた。
「せっかくここまで上手にできたと思ったのに~~っ!」
緊張の糸が切れてしまったマミに、ミズリーシャは笑った。
「……ふふ、大丈夫よ、ここまでは完璧だったわ。 何度か練習すれば上手になるから。 ほら、私達を席まで案内して頂戴。」
くすくすと笑いながら手巾を渡してマミを慰めると、それで目元を拭いながらうんうん、と彼女は頷いた。
「う、うん……だ、大丈夫……。 みっともないところをお見せして申し訳ありません。 どうぞこちらへ。」
泣き出しそうな顔をしながら、まず、2人と乳母が抱っこする小さな男の子をベビーサークルと厚手のマットで囲い、おもちゃの用意された一角に案内した。
「メグ様。 こちらにご子息のためにキッズスペースを用意しておりますので、自由に遊ばせてあげてくださいませ。 それと、あちらに用意してありますのは、お子様のためのお菓子と果実水です。 私の娘は、後程来ますわ。」
「まぁ、お気遣いありがとうございます、嬉しいですわ。」
息子を抱く侍女に頷き、ダルリッドをキッズスペースに……と手を動かしたマーガレッタの隣から、にゅっと伸びた白い手が彼を抱き上げた。
「まぁ、ミーシャ様。」
「ふふ。 だって久しぶりに会うんですもの! 大きくなったわね、すっかり小さな貴公子だわ。 ダリル!」
ぎゅうっと抱っこしたミズリーシャの笑顔とは対照的に、顔を強張らせ、見る見るうちに目を潤ませてから、うわぁぁんっ! と大きく泣きだしたダルリッド。
これにはミズリーシャもさすがに慌てた。
「あらあら、泣いてしまったわ! どうしましょう、メグ、ごめんなさい!」
「大丈夫ですわ。 実は人見知りをしているんですの。 ダリル、大丈夫よ。 ごめんなさい、一緒に遊んでもらえる?」
マーガレッタの言葉に、ミズリーシャからダルリッドを受け取った乳母は、泣き止ませるようにあやしながら、用意されていたキッズスペースで遊び始めた。
「では、お二人はこちらに。」
「まぁ、これは。 アリア修道院で食べたお野菜のマドレーヌだわ! なんて懐かしい。」
ソファに座ったマーガレッタが、ぽんと手を合わせ、声を上げ、それにミズリーシャも声をあげる。
「本当だわ。 この焼き方は、きっとマーナね!」
ミズリーシャも吃驚したような嬉しそうな顔で、それを見る。
「あたりです。 昨日、お養父様のお使いでアリア修道院に行った時に、今日の話を知っていたマーナさんが懐かしいだろうからと用意してくれていたんです。 もしよろしければ……。 あ、もし、あの、お嫌でしたらほかのお菓子もありますので……」
「いいえ。」
マーガレッタは懐かしそうにそれを見、笑った。
「このお菓子がいいですわ。 懐かしくて、大切な、思い出のお菓子ですもの。」
「それはよかったです。 さ、どうぞ。」
ミズリーシャとマーガレッタに席を勧め、マミは自ら、小皿にお菓子を取り分けて二人に渡した。
「マミ様は……。」
マドレーヌを食べながら、マーガレッタ様は笑う。
「以前お会いした時と印象があまりにも違ってびっくりしましたわ。 いえ、ミーシャ様から聞いてはいたのですが、今日お会いして、よくわかりましたわ。 お辛かったでしょうに、努力なさったのですね。」
それには、マミが首を振る。
「メグ様……いえ、マーガレッタ様。 以前は学院でご迷惑をおかけいたしました。」
「いいえ、私はマミ様に謝られるようなことは、何もありませんでしたわ。」
うふふ、と笑ったマーガレッタは、少し遅れてジェシカによって連れてこられたエリを見て喜んだ。
「まぁ! なんて可愛らしい! 女の子も、良いものですね。 抱っこしてもよろしいですか?」
「えぇ、是非。 私もダリルを抱っこしたいのですが……先ほどのミーシャのように、泣かれてしまいますね。」
「もうしばらくしたら慣れますわ。 そうしたら抱っこしてくださいませ。」
にこにこと笑い、エリを抱っこしたマーガレッタは、愛おしそうにその顔を見た。
「可愛らしい……小さい。 男の子と女の子では、やはり柔らかさが違いますね。 あと、匂いも。」
すんすんと、その首元に鼻を近づけて笑ったマーガレッタに、ミズリーシャもマミも笑って頷いた。
「男の子は、やはり体つきもしっかりしていて、力が強いですよね。」
「女の子は全体的に柔らかですわね。 それに、ミルクの甘い匂いがしますわ。」
くすくすと笑いながら、今度は私が、とエリを抱っこしたミズリーシャは、化粧しているから頬摺り出来ないのが残念だわ、と、首をすくめた。
「それで、女性と子供を守るための財団を作る件なのですが。」
あれから、まずは3人、一般的なお茶会のように、本日の茶葉の話、領地の事、新国王陛下の話など、一般的な令嬢らしい世間話に花を咲かせ、穏やかにお茶とお菓子を味わった。
しかし、ミズリーシャのその一言で、空気が変わった。
「お義父様は、私が頑張るのなら応援すると言ってくださったわ。 もちろんお母様も。」
マミがミズリーシャに言うと、隣のマーガレッタも微笑んだ。
「私も。 夫の事業が軌道に乗りましたし、社交界へ顔を出そうかと考えていたところですので、王都に来ることも増えますし、出来る限り、お手伝いいたしますわ。」
「二人ともありがとう!」
貴族の微笑みではなく、友にだけ見せる飾らない顔で笑ったミズリーシャは、侍女から鞄を受け取った。
「書付を広げても良いかしら?」
「じゃあ、あっち……じゃなくて。 あちらに移動しましょう。 お茶を入れなおしてくれる?」
「かしこまりました。」
菓子の並ぶテーブルから、応接セットの方へ移動した3人が囲む広いテーブルの上に、たくさんの書付が並んだ。
助産院、母子保護院、保育園、幼稚園、女官のための託児所、そこで働く、助産師、保育士等いろんなことが書いてある。
「これは、お父様を通じて国王陛下にお出しした草案の下書きです。 国の改革中なので、全部を一度に行うのは無理だと言われましたが、それでもまず国王陛下は、陛下が自ら声の聞きやすいようにと、王宮で働く一般の女官や文官のために、託児所を作ってくださると約束してくださったの。 それと、王都に、胎に子を抱えた女性が安心して子を産むための助産院の建設も進めているところよ。 他に、何か急ぐものはあるかしら?」
ミズリーシャの話に、手を叩いて賛同したのはマーガレッタ。
「素敵ですわ。 急ぐものと言えば、私は不当な扱いをする夫や婚約者から逃げられるよう、保護される場所があればよいと思うのです。 貴族はよく領地に逃げますが、すぐにばれてしまいますし、修道院は見習いになってしまうと3年間は出られません。 教会か王立の避難所があれば、高位貴族でも手出しは出来ないので、安全に保護できるのではないか、と。」
それに賛同したのはマミ。
「いいと思うわ。 それに、それは貴族だけじゃなく、庶民にも必要だと思う。 庶民には領地みたいに逃げる場所がないもん。 そこに託児施設が一緒にあれば、子供と2人で生きていくって決めても、働くことも出来るよね!」
「いいわね。 でも、女が働くのは大変よね? そうなると働く場所も必要だわ。 女性のための職業訓練学校、なんてどうかしら?」
ミズリーシャの意見に、マミが頷く。
「いいね! あ、でも、こっちって、女の人はどんな仕事をしているの?」
「貴族は夫の手伝いや文官、侍女や家庭教師よね? 庶民はあまり幅がないかしら……。 だから、新しく女性のために仕事を作るの。 託児所で働く保育士、助産院で働く助産師、それにマミがアイザックに進めている新事業の化粧品を売るための販売員や、マニキュアをお店でするための技術者、法律や税に詳しい女性、調理人、製菓職人……なんかどうかしら?」
「それ、素敵! 向こうにはビューティーアドバイザーとか、スタイリストとか、ネイリストとかいたから、その名前で職業として確立させたい! かっこいいでしょ?」
「素敵ですわ。 でもそれだと、私の領地の特産品は羊毛や養蚕などですから、お手伝いできる事が少なくなってしまいますかしら?」
「羊毛は羊で……蚕って絹だよね? 夏休みの自由研究でやったから知ってるよ。」
「えぇ、そうです。 羊毛は水などで洗って固めてから、裁断し、コートなど主に防寒着を作ります。 蚕は絹織物ですわね。 領地ではそれらを農閑期に女性が行っていますわ。」
そこでマミが『あっ』と声を上げた。
「そういえば、こっちにセーターとか、手編みの靴下って見かけないけど……編み物はしないの?」
マミの言葉に、マーガレッタが首を傾げた。
「……マミ様? 編み物とは、どういう物ですの?」
「えぇと。 お蚕さんの繭を糸にするみたいに、まず羊毛を毛糸にするの。 それを編み棒や編み針を使って、温かいセーターやマフラーや手袋を作る技術なんだけど……。 あれ? そういえば、この世界ってレースはどうやって作ってるの? 手編みじゃないの??」
「レースも織機で織って作るのですわ。 うちで作っているレースがこれです。」
自分のドレスについているレースを見せるマーガレッタに、マミはうんうんと頷いて、首をかしげた。
「タティングレースとかやらないの? あれ? そういえばこの世界にキルトってないよね? 羊毛を入れれば温かいお布団になるのに……。」
「タティングレースに、キルト、ですか?」
不思議そうな顔をしたマーガレッタに、マミが身振り手振りで教えてから、侍女に刺繍糸を持ってこさせ、指を使って編み物を始めた。
「まぁ! 素敵! 可愛らしいですわ。 マミ様は器用ですのね。 あの、この作り方を教えていただきたいのですが。」
「うん。 いくらでも! あの、じゃあ、毛糸と絹糸を、作ってもらえますか?」
「えぇ、もちろん! それはどのように作ればよろしいのかしら?」
と、マミとマーガレッタが目をキラキラさせながら話を始めた。
ミズリーシャの方はと言えば、2人のやり取りに感動していた。
マミの言った技術、マーガレッタの領地の特産品。 両方確かに知っていたけどすっかり忘れていたし、こうして意見を出し合えば、こんなにも世界も可能性も広がるのだと知ったのだ。
(そういえば、そうよ! こっちの世界って、刺繍や織物はあるけど編み物がないわ……それに染色技術も材料も少ない。 工房で体験でやった藍の絞り染めや、ショールの草木染めなんてはやりそうだし、男性用の革の服飾小物も少ない。 靴だってよく考えれば。全部布製で革なのは底だけ。 それも滑りやすくて危ないとは思っていたけどそんなものだと割り切ってしまっていたわ。 私達がこっちで一から作ればいいんじゃない!)
そうなると工房の用意や材料、人手の確保先など考えることはあるのだが、まずは職業訓練所を作り、そこで様々な試作品を作って限定品として売り出し、需要があるか、人気が出るか、リサーチすればいい。
商会で売り出して、人気があるもの、需要があったものを商品化し、その売り上げで工房を作り、財団を作れば……。
点と点がつながり、ぱあっと、道が開けた瞬間の様に感じたミズリーシャは、ばんっ、と机をたたいて立ち上がった。
「これよ! これだわ!」
「ミーシャ様? 急に、どうなさったの?」
「メグ! マミ! 私、貴方達にあえてよかったわ! 友達って本当に最高ねっ!」
「へ? 急になに?」
ソファから立ち上がってマミとマーガレッタに抱き着いたミズリーシャに、2人は本当に驚いたような顔をして、それからつられるようにして笑った。
「新しい案があるんだけれど、聞いてくれる?」
「えぇ、もちろんですわ!」
「なに? 教えて?」
「実はね……」
こうして、マミの初めてのお茶会は、何故かお泊り会となり、3人の新製品、新職業検討会は、深夜まで続いたのである。




