完膚なきまで
アリシアは気絶していて、編み込んでいた髪も一部がほどけてしまっていた。そして起き上がるまでの間も3人の動向は確認する。理由はわからない、というより特に理由などないのだろうが森の外へ、東の果てのその先へ進んでいる。魔源樹に手を出そうという気配は全くない。
問題なのはこのままだと本当に森の外へ出てしまうということだった。人の住めない土地なので、そのうち戻ってくるだろうが、その時には見失っているだろう。
「テルペリオン。追いかけるのを手伝って欲しいんだけど」
「先回りしておこう」
翼を広げ、ゆっくりと離陸すると3人の方へ飛んでいく。森の外へ先回りし、待ち伏せしてくれるようだった。直接行かないということは、生け捕りにするつもりなのだろうか。それとも助けるつもりなのだろうか。飛んでいった後も、腕輪を通して会話は続く。
「なぁ、テルペリオンはどうするつもりなんだ?」
「ん?お前はどうしたいんだ?」
逆に質問されてしまったが、自分がどうしたいのかはわからない。
「私は魔源樹に甚大な被害が無ければ何でも構わん。生かすも殺すも、人間次第だ」
「そうか?」
そういう言い方をされると、ますます困るんだよな。まるで俺に決定権があるみたいじゃないか。
はたして俺にそんなことを決められるんだろうか?てっきり処刑されることは既定路線だと思っていたので、深く考えていなかった。
「何に悩んでいる?魔物の討伐と大差あるまい」
そんなことはないと思うのだが、ドラゴンにとっては変わらないのだろうか。何と答えればいいのかわからずにいると、アリシアの目が覚めたようだ。
「アリシア、大丈夫?」
「うーん、大丈夫」
怪我していないか再確認したが、特に問題ないようだった。
「今、どうなってるの?」
質問されたのでアリシアが吹き飛ばされてからどうなったのか説明する。ある意味で魔源樹をないがしろにするような行動をしていたので、何か言われるかと思ったが特にそういうことはなかった。すぐに出発しようと言われると思ったが、そういうわけでもない。
「それで、トキヒサはどうしたいの?」
「それは。よくわからん」
「あの人たちとは仲悪かったみたいだね」
仲が悪かったというか、一方的に攻撃されていただけなんだけどね。
アリシアは俺の頬に手を当てながら聞いてくる。目をジッと見つめられていて、逸らすことができない。
「そう、だね」
「でも可哀想に思っているでしょ?」
「そうなのか?」
そもそも、意味もなく木を切り倒すのは良くないことだ。それでも、あの3人以外が同じことしていたら、可哀想に思ったかもしれない。一方的にやられていたというのもあり、3人とは仲が悪いというより最悪だった。なのに可哀想だと思っているのだろうか。
「トキヒサはやさしいから。」
頬に当てられていた手で、今度は頭を撫でられる。落ち着くし嬉しいが、ちょっと心配しすぎではないだろうか
「テルペリオン様もああ言ってくれたんだし、一回話してみたら?なにか出来ることがあるかもしれないし」
「そうだね」
出来ることか。なにが出来るのだろうか。命を救うことなんてできないし、どうして殺されるのか教えてあげることくらいしかできない気がしていた。だとしても、これからやるべきことは生け捕りにすることだろう。決意を新たに、3人の追跡を始めた。
マーキングのおかげで3人の居場所はよくわかる。本当に何もわかっていないようで、東の果ての先の人の住めない土地を突き進んでいる。この世界に来たばかりで何も知らないはずなのに、ずいぶん強気だなと思った。俺と違って3人一緒に来たから出来ることなのだろうが、そう思うと羨ましく感じる。
「アリシア、無理しちゃダメだよ」
「わかってる」
流石に森の外まで連れて行くわけにはいかないし、森の外縁部も安全なわけではない。今のところ問題なさそうではあるが、そろそろ待ってもらった方が良いかもしれない。
「そろそろかな、1人で行ってくるよ。ここで待ってて」
「そう、だね。気を付けて」
本人はやせ我慢しているのだろうが、少し調子が悪いようだった。俺が問題ないのは、きっとテルペリオンが守ってくれているからだろう。
森を抜け、不毛の大地を進む。魔源樹どころか、緑が全くない真っ暗な大地。進めば進むほど暗くなっていき前が見えなくなっていくが、3人の居場所はわかっているので真っすぐに進む。その先にはテルペリオンが待機しているのもわかる。
3人まで残り300m。そんなことを考えていると、炎の塊が1つ飛んできた。どうやら気づかれてしまったらしい。どうやったのかわからないが、かなり正確に位置を把握できているようだ。馬鹿みたいに放たれた炎が次々に飛来する。
テルペリオンに貰った力で風を操り、それらの炎を全て薙ぎ払う。そのまま両脚に風を纏わせて、地面を蹴り一気に加速し、3人へ向かって直進する。
残り200m。炎に加えて、岩や氷も混じり、魔法の弾幕となって飛来する。おそらく、3人協力して攻撃してきているのだろう。もう一度、風で薙ぎ払おうとするが、数が多すぎて全てかき消すのは骨が折れそうだった。なので炎だけ薙ぎ払う程度に力を抑え、両拳に風を集中する。氷は風によって損傷して脆くなっているので無視して突撃し、岩は拳の一撃で粉砕していく。
残り100m。魔法の弾幕をもろともせずに突き進んでいたが、なぜか炎が全く飛んでこなくなっている。あまり気にしていなかったが、理由が目の前に現れた。それは高さ50mはあろうかという巨大な火球。流石に突っ込むのは痛そうだと思い、急停止する。
「テルペリオン。もうちょっと」
言葉足らずではあるが、きちんと伝わったようだった。さらに力をもらうと、それを練り込みながら大きく息を吸い込む。右足で思い切り踏ん張りながら咆哮する。その空気の振動で火球は一瞬で霧散する。
残り50m。咆哮を終えて再加速し、もう何をしているのか3人の動きを確認できる程の距離になった。あわてているように見えるが、2人が杖を振るうのが見える。先ほどの火球よりひと回り小さい、岩塊と氷塊が繰り出された。
素早く岩塊に移動すると、氷塊に向けて掌打する。軌道が変わった岩塊は狙い通り氷塊に衝突し、それを打ち砕いた。そして風を纏った両脚で宙を蹴り、再び岩塊に移動し今度は拳で一撃する。
砕いた岩の破片が宙を飛び交っている。空中をちょうどいい位置へ移動すると、左脚に纏っていた風を全てぶつける。岩片を巻き込み3人を襲う。やりすぎたかと心配になったが、そこまで弱くはなかったらしい。無事なのを確認すると、右脚に残していた風を全て使い3人の目の前に着地した。
「ちっ、ついてくるんじゃねぇ」
「そんなこと言われてもね。もう十分でしょ。大人しくしてくれない?」
「うるせぇ」
3人が魔法を発動する。完全に息が揃っていて、足元からは氷、左右からは岩壁、正面からは炎が同時に迫りくる。だが、氷は容易く踏み潰し、岩は両手に残っていた風で左右に弾き飛ばし、炎など当たっても問題ない。
「おかしいだろ。なんで九十九が強いんだよ」
「なんでって言われてもね」
「調子に乗るなよ」
と言っているが、どうするつもりなのだろうか。力の差は十分見せたはずだった。足元においてあったカバンから何かを取り出そうとしている。まさか、と思いながら見ていると、その手にあったのはもう1本の禍々しい杖だった。
「ちょっと待て、なんで杖を2本も持っている?」
「は?お前もたくさん持ってるんだろ?」
言いがかりも甚だしい。どうも、たくさん杖を持てば強くなれると勘違いしているようだった。よく見ると、後ろの2人も同じように杖を2本ずつ持っている。俺と会う前に準備していたということだろうが、この短期間でよく準備できたものだと思う。
「それで全部だろうな?」
「あはっ。なんだ?ビビってんのか?」
ある意味で、というのも1本でも問題なのに何本もという点でビビってはいた。3人とも魔力を込め始めたところで、自分がボーッとしていたことに気づく。負けはしないだろうが、あまり長引いてしまうのも面倒なので早めに終わらせてしまおうと思った。
心の中で呪文を唱える。『指先に灯す小さき炎』と。氷の魔法を発動していた奴に狙いを定め、頸動脈を狙って射出する。命中するが、衝撃を与える程度の魔法なので気絶させるだけだった。
「てめぇ!!何しやがる‼︎」
問答無用、相手にする必要はない。続けて同じ魔法で岩魔法の使い手を狙うが岩壁に阻まれてしまう。すかさず岩壁に寄ると、さっき岩塊を粉砕したのと同じ要領で壁を破壊する。
再び魔法を放とうと思ったが、岩片が舞い上がっていて当てるのは難しいと判断した。面倒なので単純に岩片の中を直進し、肩から衝突することで吹き飛ばし気絶させる。
「クソッ。なんでだよ」
「そんなこと言われてもね。というかもういいんじゃない?」
「ナメんなよ」
何をするのかと思えば2本同時に魔法を発動しようとしている。そんなこと可能なのだろうか。少し興味を持ってしまい様子を見ていると、どうも制御できていないようだった。暴走しかけていて、俺は問題ないだろうが3人はひとたまりもないだろう。仕方がないので抑え込んでやることにする。
「おい。邪魔するな」
「黙ってろ」
想像以上に難しいが、なんとかなりそうではある。魔源樹2本分の魔力を抑える、のつもりだったが違和感がある。どうにも魔力量が少なすぎる気がしてならず、かなり浪費していたんだろうと思った。いつも制御しているテルペリオンの力に比べてあまりに小さいので、押さえ込むこと自体は問題ない。
「お前、どうやったんだ?」
「どうって言われてもね」
普通に押さえつけただけなので、質問されても困る。とはいえ、もう戦う気は無いようなので、どうしようか考えているとテルペリオンが上空から降りてきていることに気づいた。一瞬、周囲を破壊する勢いで降りてくるのかと心配になったが、そんなことをせずに着地体勢に入ってくれたので安心する。
「まだ終わらんのか」
「まぁ、ほとんど終わったところだね」
何気なく答えていると、後ろから肩を掴まれるような気配がした。避けながら振り返り、様子を見てみると、どうにも不満があるような顔をしている。
「おい、九十九。なんだよコイツは」
「え?パートナーかな?この世界に来てからずっと世話になっているからな」
「はぁ?フザけんな。そんなのチートじゃねぇか。卑怯だぞ」
歯をむき出しにしながら文句を言っている。ただ、魔源樹を破壊して直接魔力を使うのもズルといえばズルなので人のことを言えないのではと思う。テルペリオンは笑いながら回答している。
「卑怯、か。面白いことを言う。トキヒサ、私の力を使わずにわからせてやれ」
「ん?まぁいいけど」
「上等じゃねぇか。おいドラゴン、俺が勝てば俺に従えよ」
「ほぅ、いいだろう。勝てればな」
勝手に決められたが、特に問題はないかと思った。テルペリオンの力が抜けていくのを感じながら向かい合う。相手の構えを見て、ボクシングでも習っていたのかと思った。
その見立ては間違っていなかったようで、右ストレートを思い切り打ち込んでくる。テルペリオンの力ぬきで正面から受けるのは難しい。踏み込んだ相手の左足に右足を当てながら、上半身を少し右へ捻りながら懐に入った。
それでも右ストレートを打ち抜こうとしてきたので、右手で相手の右上腕部を抑え、左手で右下腕部を掴みながら引っ張った。
後ろに倒れこんだところで拘束する。右膝で右腕を押さえ、右手で左頬を押し倒し、相手の動きを封じた。
「お前、本当に九十九か?」
「ツクモだって。10年後のね。テルペリオン、悪いんだけど運ぶのを手伝ってもらえないかな」
今のところ問題ないが、これ以上東の果ての土地に留まるのは良くない気がした。テルペリオンも同じことを考えてくれていたみたいで、運ぶことを嫌がったりしなかった。