10年後の再会①
翌日の早朝。アリシアと2人きりで切り倒された魔源樹のところへ向かう。何人かサポートとして一緒に連れて行かないかと提案されたが、何かあった時に面倒を見きれないので断った。アリシアを守るだけなら俺だけで十分ということもある。
アリシアに案内されて魔源樹の森の中を進む。何かの魔法も使っているようで、ほとんど景色が変わらない森の中を迷うことなく進んでいく。しばらく歩くと、例の魔源樹が見えてきた。
「これは、酷いな」
「うん」
切り倒されたと聞いていたが、むしろ破壊されたという感じだった。綺麗な断面があるわけでも、切株のようになっているわけでもない。まるで内部から爆発したようになっていた。
「どうやったらこんな風に出来るんだ?」
「ん~、わかんない。それに、どうやってここまで来たんだろう?」
魔源樹の場所は思った以上に森のはずれだった。ここまで来るにはいくつもの警備をすり抜ける必要があり、見つからずに来ることが出来るのだろうか。ついでに言うと、森の向こう側は人の住めない土地になっているので、そこから来るのは更に考えられない。
「トキヒサ。これって本当に人間がやったことなのかな?雷みたいだったっていうし」
「魔源樹についてはアリシアの方が詳しいでしょ。ありえないんじゃない?」
「そう、だよね」
気持ちはわかるんだけど、人の手によるもの以外ありえないんだよな。この世界じゃ常識のはずなんだけど、それだけ信じられないんだろうな。
アリシアは俯きながら腑に落ちていないようだった。魔源樹は魔力を帯びているので、雷だろうがなんだろうが弾いてしまう。その魔力にもっとも強く干渉できるのは人間で、テルペリオンですら破壊しようとすれば難儀するだろう。その場合でも、もっとド派手なことになるだろうから、周りの損傷具合を見ても人間以外ありえないだろう。
「それより、アリシアは何かわかりそう?」
「う~ん、やってみたんだけど難しいかな」
「わかった、今回はしょうがないよ。後は任せてくれ」
アリシアが何もわからないのはわかっていたことだったが、一応確認はしてみる。案の定よくわからないようなので、軽く励ましてから調べ始めることにする。ドラゴンの力なら魔法でもわからない痕跡を見ることができるのでテルペリオンなら何か見つけてくれるだろう。
「やっと出番か」
ずっと静かにしていたテルペリオンが腕輪を通して力を貸してくれる。そのまま辺りを探索すると色々とわかってきた。まず人間が居たことは間違いないようで、恐らく3人。そのうち2人は別の場所から来たようだが、街から来た感じはしない。もう1人に関してはどこから来たのかわからず、まるで突然ここに現れたかのように見えた。だが何より驚いたのは、3人が森の中に歩いて入っていることだ。
「痕跡を見つけた」
「本当?それで?」
「まだ森の中をさまよっているみたい。足跡があるから、とりあえず辿ろう」
痕跡を信じるなら、森を歩き回ってるのは間違いないんだけど何がしたいんだ?街に向かうでもなく、どっちかっていうと東の果ての方へ向かってるみたいなんだよな。
それを伝えると、アリシアも信じられないという表情をしていた。魔源樹を破壊した後に、魔法も使わずに悠長に歩いて逃げたのだろうか。行動が意味不明というのもそうだが、徒歩で移動してどうして警備隊に気づかれないのだろうか。魔法を発動しない分、痕跡がわかりにくくなるのはわかるが、それでも多少は魔力の残滓が残るはずだった。
「テルペリオンはどう思う?」
「どうとは?」
「いや、犯人は誰なのかなと」
わからないんだろう、と思って聞いたことだった。実際にアリシアはわからない様子で、ずっと何かを考えている。でもテルペリオンは違うようだった。
「トキヒサなら、わかるのではないか」
何を言い出すかと思えば。そりゃ心当たりがないわけじゃないけど、あり得るのか?
突然の発言に驚いてしまう。どこからともかくやってきて、魔法の痕跡を一切残さず魔源樹を破壊し、あてもなく森をさまよう。とてもじゃないがこの世界の住人の仕業だとは思えない。ということは、間違ってないのかもな。
「気づいていたのではないか?こんなことができる存在を。トキヒサは知っているだろ。」
「そうなの?教えて」
確かに思い当たるところはある。でもありえるのだろうか。少なくともテルペリオンはそう思っているらしく、それ以外考えられないのも確かだった。
「これは」
「これは?」
「俺と同じ転移者がやった事なんじゃないかな」
「転移者?」
やや時間が経ってからアリシアの返事が来た。転移者の仕業と考えれば、突然現れたことも、魔法の痕跡が残っていないことも、1本しか切り倒さないのも、すべて説明できる。
「でも、なんで転移者が魔源樹を切り倒したの?」
「そんなことは本人に聞けばよかろう?」
アリシアの疑問にテルペリオンは即座に物言いを付けている。テルペリオンの言うとおりだとは思ったが、切り倒した理由なんて存在しないようにも思えた。本当に転移者がやったのだとしたら、何も知らずにやっただけだろう。なんで切り倒す必要があったのかはわからないが、切ってはならないという知識も無いのだから。
この世界に来て、魔源樹の存在に驚いたことを思い出す。最初は遺体が木になるなんてこと想像できなかったし、切り倒したらどうなるかなんて知る由もなかった。何も知らずにやってしまったのだとしたら、気の毒だとは思った。
「アリシア?これが事故だったらどうなると思う?」
「事故?」
「例えば、転移の衝撃で魔源樹を倒しちゃったとか」
「うーん」
「トキヒサよ。それは同郷の者を救いたいという意味なのか?」
「いや。そういう意味ではないんだけど」
俺も来たばかりは苦労したからな。同じことになったかもしれないって思うと、同情するよな。
否定をしてみたものの、正直に言うと救いたいという意識はあった。単に可愛そうと思ったというより、自分も同じことをしたかもしれないという同情があるからだ
「トキヒサは異郷で育ったことを自覚した方がいい。アリシアは問題ないだろうが、他の人間の前でそんなことは言わない方がいい」
「わかっているよ。それは」
言いたいことはよくわかる。理由がなんであれ、魔源樹を害してしまったのならどうしようもない。それに反するようなことはしない方がいいだろう。地球には魔源樹が存在しないので、いまだにその感覚がこの世界の住人とズレてしまうことがある。
「大丈夫よ。私はわかってるから」
「アリシア、ありがとう。でも心配しなくてもいいよ。アリシアを傷つけるようなことはしないからさ。」
気にならないと言えば嘘になる。だが、この世界で一番大切にしないといけないのはアリシアだと誓っている。当たり前のように応えたのだが、アリシアは頬を赤らめて少し俯いている。
「おい、トキヒサ。惚気るのはその辺にし、あれを見ろ」
別に惚気ているつもりは無かったのだが、反論しても仕方がないのでテルペリオンが示した方向を確認する。そこには怪しい3人の人影が見えた。
「アリシアは俺の後ろで」
「うん」
3人は本当に転移者なのだろうか。とてもリラックスしているように見えるが、3人一緒に転移したらああなるのかもしれない。うらやましいと思いながら近付くと、見慣れた服装であることに気づく。10年前に通ってた高校の制服に似ているように思えたが、さらに近付いてよく見ると、その制服であると確信する。もっと言えば、3人の顔にも見覚えがある。
「誰かいるのか?ってなんだ九十九時久か。お前も飛ばされたんだな」