転移者に仕事がない理由
「本当だ。髪の色が変わってる」
宿に到着し、それぞれ好きなところに座っている。俺とアリシアは隣り合って座り、正面にマコトとルーサさんが、少し離れたところでエイコムが休んでいた。そして鏡を手渡して自分の髪色を確かめてもらうと、本人も自分の藍色の髪に驚いているようだ。
「私と会った時は、もうその色だったわよ。多分だけど、悪魔に憑かれちゃった影響じゃないかしら。そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」
マコトの肩の上に座るのは定位置となっていた。ルーサさんが問題ないというのであればそうなのかもしれないが、どうしてそういうことになるのだろうか。
「悪魔に憑かれると、みんなそうなるの?」
「うーん、正直言うと詳しくは知らないのよね。テルペリオンは?」
「ふん、人間の髪色などいちいち知らん。悪魔の魔力が溢れているだけではないのか?そもそも、問題はそこではあるまい」
髪の色には興味がなさそうにしているが、マコトにとっては大事なことのようだった。突然、腕輪に向かって身を乗り出すと、かなり興奮している様子だった。
「それ、本当ですか?魔力って、じゃぁもうコソコソしなくても良いってことじゃ」
あまりの勢いに思わずたじろいでしまったが、ルーサさんが制止している。魔力を持たない人間がどんな扱いをされるのかは身に染みているので、気持ちは痛いほどわかった。
「すまん、つい。でもよ、わけもわからん間にこの世界に来て、魔力が無いからコソコソ逃げないといけないって、そりゃねぇだろ」
今まで何も言わなかっただけで不満が貯まっていたようだ。むしろ採掘場で働きながらよく耐えていた方だとも思う。
「なぁ、なんでこんなことになるんだ?ルーサから話は聞いたんだけどわかりにくくて」
「なによ、失礼ね。仕方ないじゃない、人間の考えることは小難しいのよ」
「悪い悪い」
ルーサさんの頭を人差し指で撫でながら謝っている。どうしてこんなに扱いに慣れているのか気になるが、それほど重要なことではないだろう。
「え、えーっと、それじゃぁ私から説明しましょうか?」
「お願いしま~す」
アリシアがおずおずと説明を買って出ると、マコト達はじゃれあうのをやめている。
「それじゃですね。魔力が無いっていうのは、かなり珍しいんですけど、それ自体が悪いわけじゃないです。ただ魔力量が少なかったり、持っていなかったりする人は必ず登録する決まりになってるんです。なんでかというと、魔力量が少ないのには大きく2つのパターンがあって、1つ目は祖先に不幸な事件や事故があって若くして死んでしまった場合、2つ目は祖先が犯罪者だった場合なんです。犯罪者の魔源樹は伐採する決まりになっているので、どちらの場合でも祖先の魔源樹が少なくて、魔力量も少なくなってしまうんですね。それで、1つ目の人達には専用の仕事をしてもらうことになっていて、区別のために登録しなきゃいけないんです。転移者の皆さんは、登録なんてしてないと思うんですけど、でも魔力が無いので不正に登録を消したりしたんじゃないかって疑われちゃうんです」
アリシアの説明をマコトは真剣に聞いていた。一気に説明されてついていけているのかと思ったが、その心配は不要のようだった。そして、アリシア自身も1つ目に該当する。俺と会う前にどんな生活をしていたのか、そんなことが気になってしまった。
「なるほど、ルーサのおかげで登録うんぬんはなんとかしてもらえてるってわけか。それにしても魔力が無いって、仕事も出来ないんだな」
「その通りなんだから、感謝しなさいよ」
ルーサさんは胸を張って自慢しているが、アリシアはおずおずと補足しだしている。
「でも仕事については、残念ながらその通りです。魔法の中には生活を便利にするためのものもたくさんあって、どんな仕事にも使われてるんです。だから、それが使えないとなると出来る仕事は限られちゃうんです」
申し訳なさそうにしているが、別にアリシアが悪いわけではない。例えるならば魔力は電力のようなものなので、それが使えないとなると仕事をもらえないのも仕方がない。電力より更に汎用性が高いのでなおさらだ。
「アリシアの言うとおりね。それなのにマコトの友達ときたら、なんであんなに自信満々だったのかしら。ノーギョーだっけ?森を燃やして灰を肥料にするだなんて、最初に聞いたときはどうしようかと」
「ま、まぁあの時は魔源樹なんて知らんかったし」
マコトは弁明するように言っているが、ルーサさんに睨まれて押し黙ってしまっている。
「そういう問題なの?そもそも、魔力がないのにまともに働けるわけないじゃない」
悔しいがルーサさんの言い分はもっともだった。例えるならば手足がなくて、五感もほとんどないという状態に等しい。
それにしても、ノーギョーねぇ。きっと焼畑農業の事だよな。
森林を切り拓いて、伐った樹木を焼き払うようなやり方が受け入れられるわけがない。魔源樹を傷つけるだけで問題になるというのに。
「もう十分だろ。髪の色だの、仕事だのより重要なことがある」
ずっと我慢していたのだろうか、不満気なテルペリオンが話に割り込んでくる。空気が張り詰めたようになったのは気のせいではないだろう。
「なに?重要なことって」
「どうしてベルゼブブに憑かれてしまったのか、そして他の転移者は憑かれていないのか。そのことだ」
マコトはどういう意味なのかわからずキョトンとしていたが、ルーサさんの表情は険しいものに変わっていた。そして、遠くで静かに話を聞いていたエイコムが興味深げに身を乗り出し始めているのが、話の重大さを物語っていた。




