追跡②
「トキヒサ、おかえり」
「ああ」
アリシア達は王宮内の一室で休んでいて、ベンジャミンが給仕をしていた。ヨシエさんは一旦落ち着いたようで、少なくとも切羽詰まった様子ではなくなっている。
「お考えはまとまりましたか?」
「いや、まだだけど。テルペリオンには協力してもらえるって思っていい」
「左様ですか」
アリシア達の正面に座ると、ベンジャミンは俺にも紅茶を注いでくれたが、それから微動だにしない。俺がちゃんと決断するのか、あるいはどんな決断をするのか見届ける気なのだろう。
「もし、もしだけど、パトリックを逃したらどうなると思う?」
聞かない方がいいかもしれないと思いつつ、アリシアに聞いてしまった。ただ、このまま逃げ切って欲しいと言うのが本音なのも確かだ。クレアさんだけを想うパトリックの気持ちは理解できるし、きっと俺も同じことをするだろう。そして、この考えが間違っているとも思えなかった。
「トキヒサ様、それは」
「待って、ちゃんと話したいの」
ベンジャミンが割って入ろうとするのを遮り、アリシアは俺のことを真っ直ぐに見つめてきた。以前に3人を助けられないかと話していた時と同じ目をしている。
「私はね、トキヒサが本当に助けたいと思っているならしょうがないかなって思うよ。でもね、なんとなく流されてっていうのはヤダな」
「流されているっていうか、悪いけど俺はパトリックと同じ考えなんだよ。同じ状況なら、きっと同じことをすると思うし」
その言葉を聞いたアリシアとベンジャミンの反応は思いがけないものだった。2人とも苦笑いしながら困ったような表情をしている。
「そ、そうだよね。やっぱりそうだよね。あの、このまま逃してあげられないんですか?」
逆にヨシエさんの反応は思い通りのもので、少し安心した。だがベンジャミンにとっては受け入れ難い提案だったらしく、2人の口論にまで発展してしまう。
「お待ちください。王命に逆らうようなことをしてアリシア様達がどうなることか。何もご存知でないのに、無責任なことをおっしゃらないでいただきたい」
「そんな、何も知らないのはあなたの方じゃないですか?2人でどんなに悩んだことか」
「大したことではございません」
「大したことですよ。好きな人同士で結ばれるって、とても大事なことじゃないですか」
「あなた方の世界ではそうなのでしょう。それだけのことです」
「そ、そんなのおかしいですよ。アリシアさん、アリシアさんは九十九君と結婚できなくても良かったんですか?」
「え?そ、それは」
「ですから、そういう問題ではありません。アリシア様を困らせないでいただきたい。この世界では、みな限られた選択肢の中から幸せを見出しているのです。全て思い通りになるわけではありません」
「おかしいですよ、そんなの。九十九君」
懇願されるように問いかけられるが、俺に答えられることではなかった。思えば、この世界の人間の事情なんて全く知らない。だからベンジャミンの主張にどれだけの説得力があるのか判断できない。一つ言えることは、俺にとって一番重要なのはアリシアの気持ちであるということだった。
「アリシア」
「なに?」
「アリシアにとって、ハーレムを作れるって大事なことなの?」
口論していた2人も含めて全員がアリシアの答えに耳を傾けた。当の本人はどう答えるべきか、というより本音で答えるべきか迷っているのか、回答をためらう。やがて意を決したのか、いつものように目を見つめながら答え始めた。
「トキヒサ、トキヒサの気持ちはわかっていたの。本当は殿下たちと同じ考え方だってことも。ごめんね、私はトキヒサ達と同じ気持ちにはなれないよ。ハーレムを作れるってわかった時、嬉しくって、舞い上がっちゃって、私だけで勝手に決めちゃって。良くないよね、トキヒサの気持ちも知らないで。でも、それでも私にとってハーレムは大事なことなの」
「アリシア」
「お願いトキヒサ」
「俺も悪かったよ。心配させちゃったみたいで。ハーレムの話は驚いたけどさ、それでもアリシアが一番大切なことに変わりはないから」
「うん、ありがとう」
余計な心配をさせてしまったことを反省した。俺の気持ちは最初から決まっていたというのに。アリシアは嬉しいのだろうが、ヨシエさんの目の前で手放しで喜んでいいのか迷っているのだろう。そんな不思議な表情だった。
「そういうことだ、ベンジャミン」
「かしこまりました。では、外の様子を伺って参ります」
どうでもいいことだが、ベンジャミンにとっては満足のいく結論のようだった。笑みを隠そうとしているが隠しきれていない。本人も自覚しているのだろうか、部屋を出ていきパトリックの追跡隊の動向を確認するまでとても素早かった。




