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アストラルフレーム Lost throne  作者: 伊高フジノ
僕を守る悪魔
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僕を守る悪魔5

「悪い奴だ、お前は」


僕の企みはそう判断された。

シュウ君のアパートについた僕らはとりあえず持たされた弁当を食べることにして、小さな背の低いテーブルに向かい合う。


「一応お母さんのことも考えてのことなんだろうけど、8対2くらいでゼンの比率が多いだろ? 誰が見ても良い奴ってのは必ず損しているように見えなきゃいけないと思う」

「なるほど?」

「だからゼンは悪事の才能をデカく発揮できるようになることを目指せばいいよ。だいたい善悪なんて難しすぎてなんとなくそう思うくらいの判断しかできねぇじゃん」


軽い感じでなんとなく聞いてみたことへ、シュウ君は丁寧に返してくれる。

そしてもう少し踏み込んだ考えを持ちたいのなら法学部への進学を目指してみてはどうかとアドバイスもしてくれた。

法律文のような数行で読む者に混乱を与えるものを読み解く能力を身につければ自分の解読もできるんじゃないの?

などとかなりオシャレな言い回しだ。

法律家か。弁護士なんてまさに悪事の才能の生かしどころかもしれない。

ごはんを食べながらそんな話をした後、シュウ君は講義を受けに出かけて行く。家の中で時間を潰していてもいいし、外に用事があるなら出られるように鍵を預けてくれた。


幼い頃はお兄ちゃんとして、その後は良き先輩として、高校受験の頃からは家庭教師としていつも良くしてくれたシュウ君の部屋だ。せっかくだから我がもののように寛がせてもらおう。

さっそく本棚を漁って読んだことのない漫画を読み始めた。

ボーリングを題材にした漫画で、主人公が様々な相手と対戦していくという内容のものだ。

最初は相手との勝負に一喜一憂していた主人公だが、やがて自身の技術の完成にこそ喜びがあるのではないかと考えるようになる。ボーリングには満点、パーフェクトゲームが存在するのだから自分の他に敵は必要ないと、孤高の存在になっていく。

その辺りで人気が落ちてきたのか、やっぱり対戦を再開して得点の勝負よりも様々な精神的な駆け引き、番外戦術なんかが多く描写されるようになり、連載を続けることで向上した画力で対戦相手の顔芸など絵の面白さを披露し始める。

なんだろう、テコ入れによる延命を度々図っているのは明らかなのにその度成功していて、話の面白さもさることながら作者の不死鳥ぶりを夢中になって楽しんでしまった。

全14巻、時間にして5時間ほどが瞬く間に過ぎていった。

シュウ君はそろそろ帰ってくるだろうか。今日のお礼に何か甘いものでも買ってこようと思い立った。

ネットで評判のいい店を探してみると徒歩で20分ほどのところに農園直営のフルーツパーラーがある。閉店時間が結構早い。売り切れが気になるが急いでいけばギリギリで間に合うだろう。

辺りはもう薄暗くなってきている、靴のかかとを潰さないように履き施錠もしっかり忘れずにして部屋を出た。


駆け込むようなタイミングで名物のショートケーキを4つ買うことが出来た。

葡萄園に囲まれた長い一本道のなかにポツンとあるお店はそこだけがキレイでかなり浮いていた。外観も店内も、どこもかしこも真っ白なのは清潔感を際立たせるためだろうか。高速道路のインター付近に建っているお城よりも浮いた印象を強く感じた。

帰りの道はまた長い一本道、ボーリングのレーンのようだ。

道路に沿ったところは金網が張られていて、フラフラしていても畑に落ちてしまわないようになっている。こども設定にすると球がガーターに落ちないよう下から出てくるアレと同じ。どんなに下手でも最後まで転がっていける、いけなければならないはずだ。


ゆっくりと車が近付いてきている。

後ろからやけにゆっくりと、それは間違いなく僕に何かの用があることを示す速度だ。そうでなければ軽いジョギングくらいのスピードで走ることは無いだろう。隣に追いつくタイミングで助手席のパワーウインドウが下りていく。


「青桐善君だね?」


なんてことだ。

どう考えてもたまたまじゃない、明らかに追跡者のそれだ。

意識的に不信感を表す表情を作ってどうだと答えると、聴きたいことがあると言って車が停止した。

僕は正面の方に回ってそれと対峙する。

助手席から降りてきたのは禿頭で大柄の男。もう暗いのにサングラスをかけていて筋者の雰囲気を醸し出している。

そして運転席からもホスト風の男が降りてきた。中肉中背で気取ったような表情をしている。

誰からも避けられる、避けてくれと言わんばかりの二人組だ。


「そう警戒しないでくれ。悪いようにはしない」

「当然です。僕は子供ですから、普通の大人はみんな良くしてくれます」


ホスト風が見下すように鼻で息を吐く。


「人を探している。協力をお願いできないかな」

「まぁまぁ、そう硬くなるなよ」


ホスト風が気安い調子で肩に手を置いてきた。

バカめ。

人の油断はそういう時に生まれる。僕は一切のためらいを捨てて全力でホスト風の股間に膝を叩きこんだ。

声にならない呻きを上げてホスト風は崩れ落ちた。大きく屈みこんで位置が低くなった頭を足蹴にして突き飛ばし脱兎のごとく逃げだす。

いくらバカでも限度がある。お前らみたいなのの言うことを誰かが聞くとでも思っているのか?

若人との接触が社会的に許されると思うな、馬鹿がよ!

逃げる、それはもう脇目も降らずに。

振り返って速度を落とすなど愚の骨頂。ではあるけれど、場合によってはそうする必要が生まれる状況というものがある。

車のエンジンをかけなおす音がしたのだ。

人通りがありそうな道へ出るには500メートルは先に行かなければならない、車で追われてはどうしようもない。

相手は激昂することなく冷静に行動している。

思い出されるのは一度撥ねておとなしくしてから連れ去る、小説で読んだ殺人鬼の手口。

もはやほとんどない逃げ道を僕はレーンの外に見出して金網を上った。

葡萄園は木が伸びすぎないようにある程度の高さのところに天井が作られている。そこから横に伸びれば収穫作業が楽になるくらいの位置にだ。

飛び乗った天井は多少揺れはしても歩けないほどじゃない。ここで迎え撃つ、上ってくるようなら蹴り落とす。

強い気持ちを持って対応しなければ絶対に後悔することになる。

ある程度のケガは覚悟してもらおう。命があればよしとしてもらおう。

それだけの愚行なんだ、お前たちのやっていることは。

車はまたゆっくりと近づいて僕の目の前で止まる。

ヨロヨロと車外へ、ホスト風は脂汗を浮かべている。

一方で涼しい顔でボンネットに足をかけ、その上に立ったハゲは何事もなかったかのように先程の質問を続ける。


「極東の魔人と呼ばれている何者かを探している。はっきりとした情報が何一つない、名前だけで探し当てなければならないんだ。聞き覚えは?」

「無い」


そんな二つ名で呼ばれるような世界に住んでいるのはお前らだけ、そう言おうとして、ふと一つの可能性に思い当たる。

それは落下する窓枠から自分を守った存在のこと。

僕が悪魔と呼んでいるものを魔人と呼んでいる可能性がある。ゆらゆらと揺れる煙のような体は、例えばランプの魔人のイメージに近いんじゃないか?

見られていたのか、こいつらに。


「我々の他にも同じものを探っている人物が二人いると聞いている――」


こちらの答えを待たずに質問が続けられる。

表情を読んでいるのか?


「我々と同じような風体の斎藤と言う男だ。あるいは殺し屋斎藤と呼ばれている、歳は四十前後。もう一人はニヤけた面の若い男、名前は――」

「山田、ご機嫌な山田さんだ。ニヤけ面とはとんでもない誤解をしてるぜ? 俺はいつでも機嫌が良いんだ」


スタスタと、三人目の男が歩み寄ってくる。

開いているのかどうか分からないような細い眼、確かに笑顔というよりもニヤついているような印象がある。

どこから来たんだ?

仲間ではない様子ではある。しかし車に乗っていなかったのなら500メートル近い距離を誰にも気付かれずに歩いてきたことになる。

助けを求める僕にさえ見落とされるほどひっそりと歩いてきた?

そんな馬鹿な。


「なあお前、悪いことをしたな。こいつらの探し人は俺だ。そのことに関しちゃ言い訳の余地も無いほど俺に責任があるんだ、謝らせてくれ」


糸目の男は両手を合わせた、そして――


「見ろ、この通り」


男の背後に靄が現れた。

揺らめく黒い煙のような体、嘴めいた鼻、そしてさかさまに打った釘のような牙。


「アストラル操者か!?」

「なんだ? 聞いてないのか? 山田さんのアストラルはめっちゃ強いと伝えておけって言っといたんだけどな、お前の部下に」


呑気な様子の糸目に対してハゲの平静が崩れる。

今しかない、逃せば終わりのラストチャンスと見て天井から飛んだ。

丁寧に剃り上げられた側頭部に飛び蹴りを見舞って再度の逃走を試みる。

今度こそ振り返らずに駆け抜ける。

そして、振り返らなければならないようなことが何もないまま僕は500メートルを走り切った。

以前のエピソードで建物の事故を書きましたが建築法などの検証はしておりません。

書きながらこれ妥当なのかなぁと思うこともありますが、一旦雰囲気で進めていこうと思います。


異世界に飛ぶみたいな設定がいかに画期的な発明だったのかを痛感します。

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