僕を守る悪魔4
メモやノートを見ながら直書きしておりますので最新部分は途中保存したものが出ている場合がございます。
翌朝、僕は母さんに揺り起こされる形で目を覚ました。
早朝のニュースで先日の落下事故が全国放送で流れたそうだ。
いつもの起床時間よりも大分早い時間に起こされたのは勿論それだけが理由じゃない、昨日の夕方までは事故の扱いが地方のテレビ局だけが取り上げる程度のものだったのが急に全国レベルの話題性を持つということは何か新しい事実が――ただ事ではない何かが発覚したということだ。
引っ張られるようにしてリビングへ降りていく、テレビではニュースキャスターではない何者かが解説役として話していた。途中からでも十分わかるだろうが、並行してネットニュースを読むためノートPCを立ち上げた。
昨晩から今朝にかけて事件がどのように変化したのかを知るのには一秒で足りる、調査によって窓枠落下の責任追及の矛先が家主から企業へ移っていた。建設会社の施工不良、あるいは窓枠自体の製造を手掛けている企業の品質管理に問題があったのではないかという見方が強まったという。
落下した窓枠自体は大きく破損しているが経年劣化のようなものは認められず、また取り付けられていた壁面部分にも重さによって破損した痕跡が見られないことからそのような流れになったらしい。名前の挙がる建設会社、製造会社はどちらも超有名企業。同製品の取り付けられている建物は全国各地にある。大きな争いが生まれる予感がした。
ふむ、とある程度の把握を終えて視線を送ると母さんは分かっているとでも言うように頷いてみせる。それを受けて何もかもを理解した僕はソファーの方へと向かっていき、その上にダイブした。
連休だ!
惰性ではない理由で堂々と休む口実が生まれた。
そのこと自体が喜ばしいとか学校が嫌だとかそういうことよりも、もっと卑近な事情が僕をその行動に駆り立てた。
時刻はまだ5時にもなっていない。
二度寝するしかないだろう。そもそも母さんは何故そんな時間のニュースを見ていたんだ?
寝る前であれば納得もいくのに、甚だ疑問である。
その後の僕は10時くらいまでソファで寝ていた。
半分起きてるような寝ているような状態でまどろみつつ、途中で出かけた母さんが何か言ったのへ適当な返事をしたことも忘れて腹が減ったのを自覚したところでようやく体を起こした。
テーブルの上に冷め切ったみそ汁と焼き鮭などのごはんが用意されていたので全部まとめてレンジで温め、一部温まり切っていないのを気にせず平らげた。
洗い物をしている最中に母さんが帰ってきて学校への連絡は済ませてあると言った。
本当に惰性で休んだわけじゃないのだろうか?
自覚としては惰性そのものでしかなかった。
そして特にやることも無い、実のところダラダラ過ごすのに、我が家はあまり適していないのだ。
それは自宅で楽しめるエンターテイメントを集約しているこのノートPCを自室に持ち込むことを母さんが良しとしないことに大きな原因がある。
仮にそうしたとしよう、息子が部屋に籠ってPCで何事かをしていると非常に気になる性質の母さんはかなり頻繁に様子を見に来ることが予想される。ともすればエッチなのを見ているのかなどと思春期の男子にしてはならないような質問を平然としてくるほどのものだ。
だからといってリビングで映画などを楽しもうとしようものなら隣に椅子を持ってきて座り、何かリアクションを返せと言わんばかりの独り言を言い続ける。
その他コーヒー淹れる?
お菓子食べる?
などなど息子に対してストレス耐性実験を飽きることなく繰り返すマッドサイエンティストなのだ、我が母は。
戦わなければならない、自由のために。
正義のために、僕はその一言を繰り出したのである。
「ところで母さん、学校を休むにしても僕はここにいても大丈夫なのかな?」
これから提案するのは我々が今日を平和的に共存するためのプランだ。
「まずこういう大きな問題に対して僕は全く知識が無いから誰に何を言われても答えるべきじゃないと思うんだけど、やっぱり何かを話させようとしてくる大人は多いと思うんだよね。ネットでも話題になってるし、これ系の記事は今かなりPVを稼げるからちゃんとした記者の人から日銭を稼ぐ目的の素行が悪い人まで実にいろいろな人がいると考えられるんだ。実名報道はされていないけどそれが僕だってことはかなり広く知られちゃってるみたいだから多分今日の午後から夕方にかけてこの辺りをウロつく人が現れる。その時僕が家にいると窓から部屋をのぞかれたりして嫌な思いをする、インターホンを鳴らされたりしたら対応しなきゃならなくてそれもまたストレスになる。そんなことにならないよう、これを解決するためにとても良い案を思いついたんだけど聞いてもらえるかな?」
情報を浴びせに浴びせて一気に了承をとりつけてしまおう、そうしよう。
プランの内容はこうだ。
我が家のはす向かいにある遠藤家の長男、修一君のところに夜までお邪魔させてもらおうと思っている。4歳年上の修一君は大学進学を機に一人暮らしをしている。講義を受けたり大学での付き合いもあるだろうがその間部屋で待ちながらゲームなどに興じ、帰ってきたら久しぶりに一緒に遊びたい。
「連絡先も知っているからこれから頼んでみる。あとお土産とかごはん買うからちょっとお小遣い頂戴」
もうそれで決まったかのような感じで〆て反応を待つ。
僕に予想によると母さんは――
「シュウ君のところに行くの? うーん、どうしよう。でもシュウ君なら安心よね?」
――お気に入りのシュウ君と久しぶりにおしゃべりしたいはずなのだ。
かくして僕の要望は快諾された。
やや予定外だったのは二人分のお弁当を二食分持たされたこと。
そしてそこまで言わなくてもいいのにウキウキした母さんが事故の事を大体伝えてしまったことだ。
更にわざわざシュウ君が車で迎えに来てくれるという至れり尽くせりっぷり。
自分には悪事の方の才能があるような気がした。