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アストラルフレーム Lost throne  作者: 伊高フジノ
僕を守る悪魔
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僕を守る悪魔3

特別な価値がある経験ばかりが人生を充実させるものではない、さほどでもないことも数が集まることで価値が生まれてきたりもする。

正午を回り昼ごはんを食べようとしていた時からそれが始まった。

電話ラッシュだ。

まず最初に担任の飯田から。今朝の話は僕が救急車に乗っている頃には学校にも伝わっていたようで、その後の確認事項も全て大人たちの間で済ませてあるらしい。

だからわざわざ電話してきたことに理由は無い、なんで電話したんすかなんて聞いたところで謎が深まるだけだ。

「そんなわけで僕は奇跡の人として、次は水をワインに変えたりすることを要求されるはずだから今日はその練習に費やすつもりなんだ」

「それは軽々しくやると痛い目を見るからやめておけ。エピソードとして弱すぎる。せいぜい次の勝負で相手に精神的マウントを取れるくらいのインパクトしかない」

精神マウントか、部屋主に対してもうやってしまったからもう効果が切れていそうだ。

「もう噂になってたりとかするのかな?」

「なってるな。二年の女子が見てたらしいぞ」

十中八九あの三人娘の事だ。毎朝見るけど知らなかったのは上級生だったからか。

「みんな思ったよりショボい話だったって言ってたからまぁ大丈夫だろ」

「盛らずに話すとそんなもんなんすよねぇ。僕も近くにいたけど逆を向いて歩いていたわけだから聞かれると困っちゃうな」

「そしたら手品の練習はほどほどにして何を話すか作文用紙にでもまとめておけ。落ち着いて話すための呼吸法も身につけろ。明日は半日だからそれで乗り切れ。いいな、惰性で休んだりするなよ」

なんだか気遣ってくれているのを感じる。作文用紙とはまた古風な事だとか思いながらもお礼を言って電話を切った。

飯田は学校の中で特に人気のある教員の一人だ。

若いこともあって趣味の話がよく分かったり、雑談が上手かったりすることで生徒との距離を近めに保てているのが主な理由だろう。

モンスターペアレントなる存在や諸々のリスクのために、どうしてもよそよそしくなる教員の態度を生徒は鋭敏に感じ取っている。子供の方が共感能力に優れていることを忘れがちな大人はその言動の端々で相手に〈侮られている〉という印象を与えるものだ。

目には目を、ハンムラビ法典が中等教育の範囲であることを理由に報復律から逃れられるわけがなく、悪い印象を与えたものはそのまま同じものをかえされることになるのだ。

『自分の気持ちに正直に、自然体で振舞ってください。反抗期だからと言って不良のまねごとをする必要はないし、いつまでも反抗期でいても構いません。あなたたちは子供なのだから、今は何が良くて何が悪いのかを自分で判断する練習をするときです』

クラス分け後の挨拶でそう言っていたのが好印象を与え、飯田は生徒から優れた人間であるとされ好意を向けられることとなった。他の教員が優れていないわけではないのだろうが、子供にもわかりやすい基準を示すことが出来ない限り今後も好意を向けられることは無いだろう。

なお、飯田が呼び捨てタメ口で対応されているのは好意の裏返しである。暗黙の裡にそうするような雰囲気がクラスに出来上がっていた。お前を認めてやるという意味を持った蛮族からの贈り物だ。


その次にかかってきた電話の相手は父さんだった。

仕事中に連絡を受けて大事無いことを確認したが声が聴きたくなったので昼休みに電話することにしたというさっきと同じ流れだ。

皆大体同じような事をするのは常識的な考えに基づくとそうなるということなのだろう。

「そんなわけで僕は奇跡の人として、次は水をワインに変えたりすることを要求されるはずだから今日はその練習に費やすつもりなんだ」

「そうか、まあ母さんもビックリしただろうからな。今日一日家で過ごしてくれたら安心すると思うよ」

ダディーはジョークを拾ってくれなかった。

出張で各地に派遣される毎日で父さんはほとんど家に帰ってこない。僕の家系は代々そういう感じのライフスタイルだそうなので、多分みんなそれが普通くらいの感覚でいる。父方のお婆様はビデオ通話がどこでも簡単にできる時代になって家族の時間を過ごしやすい時代になったわねぇとかおっしゃられている。過ごしてないが。

そんな風だからいつの間にか父子の心は離れ、いつしか父さんに俺の気持ちなんてわからないよ的な状況が生まれてしまうのだ。今はまだジョークが通じない程度で済んでいても、積み重なればどうなるか分からない。

父さんのような人に成長することができず、自分が家系図の終点になってしまうかもしれないなどと息子が考えていることなど知る由もあるまい。同じような環境にあった父さんは十代の頃何を考えて過ごしていたんだろうとか、そういう話もしないまま僕は大人になっていくのだ。アダルトチルドレンになるのだ。

「なあゼン、お前はどんな大人になりたいと思う?」

考えを見透かすようなタイミングで父さんは言った。

「うぅん……あんまり考えたことないけど、名前負けしないように悪事を働かずに生きていけるように努力しようと思ってるよ」

悪魔のようなものに憑かれていても正しい心は失わずにいたい。

悪とは為すものである。予見して回避すべきものである。

「こじんまりとし過ぎじゃないか? 早いうちに小さくまとまりすぎると残りの人生に取り残されるぞ?」

「父の背中がデカすぎて前がよく見えないんだ」

僕は小柄だった、その他諸々を含めて母方の血筋を濃く受け継いでいるというようなことをよく言われる。コンプレックスと言うほどのものは持っていなくても、父さんに対してどことなく気後れしてしまうところは大いにある。

「そうか……じゃあちょっと母さんと相談して何か考えてみよう」

「もうあんまり背は伸びないと思うけど」

「そう言うな、縦に伸びなければ横に伸びればいい。いいな? じゃあ母さんに代わってくれ」

「うん、分かったでぶぅ……」

父さんに励まされて僕の心はちょっと太った。


その後もスマホの方に同級生からメールやらなにやらが次々と入ってきた。

事件の臭いに期待を膨らませる彼らに無味無臭の事実を届けるなどということが許されるのだろうか。

許していただきたい。

主は何故私を見捨てたもうたのか。

答えの無い問いを虚空に放ちながら、この胸に灯ったのは一つの決意。

さあ早く、作文用紙をここに!

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