タイムマシンは作らない方がよい。
これは本日の昼休み、僕が社長室で社長の小言を聞くあいだ、
あまりに退屈なのでふと考えた妄想である。
オチもひねりもないただの妄想である。
「こんなクソみてえな文を読ませやがって!
ファッキン!ファッキンジャップ!」
と、いわずに、
「ワオ、ジェニー!
こんなクソみたいな文に時間をとらせようっていうのかい?」
「そうなのボブ、でもせいぜい5分くらいよ! HAHAHA、シット!」
と、なごやかに通り過ぎて欲しい。
タイムマシンは、つくらない方が良いような気がする。
ためしに一般市民Aさんが、タイムマシンでフランス革命期に行くとする。
タイムマシンをつかう条件として、あれやこれや制約もあるだろう。
Aさんは勤勉で、マジメで、優秀で、フランス語が堪能で、規則を守る。
歴史上の人物に手をふれてはいけませんとか、
エサを与えてはいけませんという条件にイエスと頷くだろう。
そしてAさんが、フランス革命期、
27歳のナポレオンの寝室にタイムワープすることに成功したとする。
Aさんは優秀だ。
たとえば真の愚か者がここに来たとして、
かのナポレオンに出会えたことに感涙し、彼に手をふれないようにしながら、
「あの、ウマでウィリーしてるポーズをとってもらっていいですか!?」
とお願いしたとしても、真の愚か者には伝える術もないだろう。
Aさんはまじめで、勤勉で、常識的だ。
そんな愚かなことをするような人ではない。
Aさんは流暢なフランス語でこう言うだろう。
「わたくし、未来から来ましたAと申します。
あなたさまが未来で語り継がれていると証明できるカタログがあるのですが、
ご覧になりますか。
その際にはここに一筆いただくことになりますが、いかが致しましょう」
と、かの有名なダヴィッド作、
『サン・ベルナール峠を越えるナポレオン』が印刷されたノートを差し出し、
さりげなくサインを求めるだろう。
ナポレオンはこう言う。
「これは私のように見えるが、いったい誰が書いたのか」。
勤勉なAさんは答える。
「5年後にお分かりになるでしょう」と。
にっこりと笑うAさんに、ナポレオンは興味をもつかもしれない。
Aさんはナポレオンに決して手をふれないようにしながら、
彼がいかに偉大な人物として語り継がれているかを、
具体的な事実をふせて説くだろう。
二人は妙に打ち解け、ナポレオンは、奇妙な友人のノートにサインする。
「さあ、サインした。私が未来で、どう語り継がれているかを見せてくれ」
ナポレオンは、意外にも朗らかに言うに違いない。
かくしてナポレオンは、
「かんしゃく持ち、落ち着きがない飽きっぽい性格」
「字がヘタでオンチ、クレープ占いにハマっていた痔持ち」
という、現代の歴史学の英知を目の当たりにするのである。
「聞いているのかね!」
社長の言葉で、はっと我に返った。
壁・床・天井、どこをとっても白一色の社長室の中で、
禿げ散らかした頭を乱反射させた初老の社長が非常に怒っている。
「君はどう、どう責任をとるつもりかね!?」
どうと言われても。
僕は白衣の襟をぴしりと正して、まじめに、まじめに頷いた。
「どうすることもできません」
爆音が響いた。
白壁がぶちぬかれた。
社長がまるでグ○コのパッケージのように、両手と片足をあげて絶叫した。
コンクリートにドリルをねじこむようなマシンガンの連射音が、
怒号のように流れ込んでくる。
ぼくは、夕焼けの空がひろがった壁に近寄り、
眼下の世界を見下ろした。
血の海――もちろん比喩ではない――の上で、
ナポレオンと煬帝が現代人を奴隷に決戦をくりひろげている。
廃墟となったビルの屋上ではマタ・ハリと川島芳子が磔にされ、
イエス・キリストとムハンマドとガウタマ・シッダールタがそれぞれ祝詞をあげている。
カエサルとブルータスはさながら青春のように
血の染みたコンクリートの上で殴り合い、
そんな二人を前に徳川綱吉が満足げに頷いている。
三人をまとめてガトリング砲でぶち抜いたヘンリー・リー・ルーカスは、
その肉片を拾ってアルバート・ハミルトン・フィッシュに手渡すものの、
彼はウジ虫でも見るようにして受け取らなかった。
人なら沢山いるものの、現代の政治家はどこにも見えなかった。
コの字になった部屋の隅にはりつきながら、社長は泣き叫んだ。
「君は、規則は万全にととのえたと言っただろう!?」
ふとぼくは、めぐらせた視線をとめた。
とあるビルの屋上に、ボロボロの和服を着た子どもたちがいる。
遊んでいる。 歌が聞こえてくる。
とおりゃんせ、とおりゃんせ。
「きみ、答えたまえ!!」
「規則は万全です」
行きはよいよい、帰りは怖い。
こわいながらも…
子どもたちの声が、紅い空を飛んでくるヘリの轟音に掻き消える。
あれにはいったい、誰が乗っているんだろう。
歴史上の全人類を選択肢に入れなければならない、そんな日がくるなんて。
ぼくはひとつ、ため息をついてガタガタとふるえる社長を振り返る。
襟をぴしりと正して、ぼくはまじめに言い切った。
「こちら側の規則は。 ですけどね」
これは未来からの手紙である。
タイムマシンは、作らない方がよい。
他の連載小説(英雄の伽)を書いている合間にふと浮かんだ、
奇妙なショートストーリー。お楽しみいただけたでしょうか。
それでも私はタイムマシンが欲しいです。
だって、トトメス3世に会いに行きたいもの!!
読んでくれて、ありがとう!
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