噂好き(ミステリー小説 最終話 幸子の誤算)
噂好き (最終話 幸子の誤算)
幸子の記憶は事件があったあの日に戻る。
夫、昭は嘱託で地方銀行の行員業務に精を出していた。
また、幸子は趣味でやっている合唱団の練習に精一杯な日々を送っていた。
そんな折、幸子たちが住む「栗山団地」から通りを一本離れた場所にある、アパート内浴槽で柳井まどか(やないまどか)さんが両手首を鋭利な刃物によって切られた状態で発見される。
第一発見者は同居する水上清さん。
午後10過ぎ仕事から帰った所で無残な姿での被害者を見つけるに至る。
11時前に昭は帰宅、11時過ぎた頃、噂好きで有名なご近所さん「斎藤さん」からスマホに通電。
居間の遮光カーテンで分からなかった外の様子の説明を受け衝撃を受けた幸子。
大通り向かいのアパート付近でパトカー三台赤色灯をつけてまるで日中のような明るさ。
斎藤さんの夫は飲み会帰り道でその様子を目にし驚いて帰宅した際妻に話、噂好きの性格がそうさせたのか?幸子に電話する。
警察官が側溝を剥ぐっていた事に違和感を感じた夫は斎藤さんに話、翌朝散歩気取りで斎藤さん宅前でその事実を知り、幸子は事件の重要点だと確信した。
後に被害者の回りに写真が千切られた状態でばらまかれており、その一部分が側溝で見つかる。
真向いにある同様な様相のアパート住人高田高貴さんが誤認逮捕(写真は高田さんの部屋からでなければ取れないアングルだった為)されるが、写真に写っていた右手人差し指の指紋が一致せず釈放されるに至る。
県警は犯人が震えを抑えるのに両手でスマホを持ち、右上にカメラが有ったので誤って右手人差し指の腹側が写ってしまう。
よって、左手親指でシャッタを押したと思われ、犯人は左利きと判明。
だが、県警が探していたのは右手人差し指の指紋ではなかったのだ。
そこには1センチ程のほくろが写っていた。
犯人は右手人差し指の腹側にほくろがある人物。
しかも、左利き。
弘明はなかなか子宝に恵まれない中やっと授かった。
「見て、この子右手人差し指にホクロがあるのよ。貴方、知ってる、手が握りれる中にあるホクロは金運の象徴って言われてるのよ、この子将来有望決定よ。」
そのホクロは月日が立つほどに大きくなっていき、やがて直径1センチ程までに弘明と共に成長する。
成績優秀な息子の存在は一家にとって救いとなっていく。
だが、その頃から昭は幸子の存在がうっとおしくなっていた。
事あるごとに、我が家は優秀な一族だったとか、弘明は私の遺伝子を継いだゆういつの人間だとか。
いい加減にしろ、っと言いたかったが昭は言葉に出来ない歯がゆさを感じざる負えなかった。
あの時もっとしっかり二人で話し合っていたら弘明が苦労せずに済んだのに。
一見順調に見えた弘明の学生時代はコミュニケーション能力に欠けてはいたが、別段いじめに遭うわけでもなく…。
大学は幸子の勧めで有名私立校の法科に入り、同級生の何人かはその時期に国家試験に合格し、既に弁護士として活躍している。
幸子は少し焦ったが弘明には黙っていた。
やがて、弘明は大手の通信会社に就職するが、コミュニケーション能力の欠如が起因してか、人間関係でつまずき、退職をし、弁護士資格を取るために本格的に勉強を始める、が、昭の勧めで家にほど近いコンビニでバイトする事になった。
昭は弘明が社会から孤立するのを懸念し、アドバイスをしての結果だった。
だが、昭の考えも甘い。
バイトしながらの勉強で司法試験合格なんて夢のまた夢。
有名校、仲哀大学の法科を出ても全員合格は無理なのも現実。
次第に弘明の精神が崩壊するのも容易に理解が出来るってものだ。
被疑者として誤認逮捕されてしまった高田高貴さんは弘明がバイトするコンビニの常連さんだった。
柳井まどかさんも然り…。
弘明は一方的に柳井さんに好意を持ち、やがて関係を持ちたいと強く思い始める。
弘明、逮捕後に語られた話をまとめて話と…。
右手人差し指のホクロは弘明にとっても自慢で、数少ない友達に事あるごとに見せていた。
当然、県警の情報開示によって広く一般市民からの通報に当然弘明の名前が上がって来る。
勝手な思いに囚われていた弘明はやがて柳井さんのアパートを突き止めてしまい、水上清さんと同居しているのも分かってしまう。
だが、柳井さんに対しての思いは募るばかり、鬱屈したその思考が殺意へと変化を遂げるのに時間は掛からなかった。
弘明は幸子が電話でよく近所の噂好き主婦たちと高田高貴さんについて話しているのをよく耳にしている。
「ねえ、あのアパートに住んでいる中年の男、少し怪しいわよね、いっつも帽子を深くにかぶってさ、なんか、物色してるみたいでさ。」
全く根拠のない憶測で高田さんは疑われ、やがて誤認逮捕されるに至ってしまう。
彼は引きこもりから必死に脱却しようともがき苦しんでいただけなのに。
噂が一人歩きしてしまう。
鬱屈したきわめて身勝手な思いに囚われていた弘明に思わぬチャンスがやってくる。
いつものように買い物を済ませ現金で支払いをしている高田さんが「すいませんが、鍵を落としたようで、探していただけませんか?」
弘明に頼んだ。
「いいですよ」っと言い、レジを高校生バイトの和樹君に任せ、一緒に探したが、その時は見つからずじまい。
後にトイレ清掃時弘明は見つけてしまう、きらり光る…「鍵」と薄汚い自分勝手な「希望」を。
鍵を見つけた事を秘密にし、弘明は回りに人がいないのを確認して、高田高貴さんの部屋に忍び込み柳井さんの後ろ姿を震える手を抑えつつスマホで撮影成功。
高田さんの部屋から柳井さんが住む真向いアパート前が見えるキッチンの窓を少しだけ開け、シャッターを押す。
「これで、家主の犯行に見える。」
弘明は一人ほくそ笑んだ。
県警での弘明犯行時の証言。
あの日、私は自分の思いを伝えに柳井まどかさんに会いに行きました。
簡単には鍵を開けてはくれないと想像出来ましたので、昨日コンビニでの買い物の際、おつりをお渡しするの忘れてしまいました。と嘘をつき扉を開けてもらい、そのまま入り込んで私の思いを伝えました。
「あんな男の何処がよくって一緒に暮らしているのか分からない。どうか私と一緒に暮らしてくれないか?」
彼女は怯え、持っていたスマホで110番通報しようとした。
驚いた私は後ろから羽交い絞めにし彼女の首を締め上げた。
やがてこと切れた彼女を浴室まで引きずって行き、浴槽に投げ込み、自殺を装う為両手首を切りました。
辺り一面血の海になる。
が、慎重派の弘明は計画通りに高田高貴さんの部屋から取った写真を死体近くに置こうとしたが…。
この時初めて気づく、自身の右手中指のホクロがばっちり写っていたことに。
弘明の自宅プリンターのある部屋は薄暗く写真の詳細まで気が付かなかった。
追い詰められた弘明は衝動的に写真を千切る。
そして、右手中指が写っている一部分をポケットに忍ばせ焼却処分しようと考えたが…。
どこで出来る。
家では焦げ臭いにおいでばれそう。
勿論、バイト先や公園等でも人目につかないとは限らない。
っとすると、「しとしと」雨が降り出しているし、ともかく一時も早くここから離れなければいけないし。
そうだ、アパート前の側溝に捨てれば流れる可能性がある。
追い詰められた弘明は自身の右手人差し指ホクロが写る部分を側溝の開いてる穴から捨てた。
万が一見つかってもこの雨で濡れている。
鑑識もホクロの判別まで出来ないはず。
そんな安易な考えが弘明を救った。
しかし、鑑識能力は弘明の想像の範疇を簡単に超えていたのだ。
また、写真の一部も流れてはおらずホクロ存在も残っていた。
県警鑑識は弘明の推測通り写真から指紋の検出は出来ない無かったが、その代わり、運が味方したのか直径1センチ程の大き目なホクロが写っている。
最初は高田高貴さんを疑うしかなかったがこのホクロが彼には無かったのだ。
県警は自力での解決を望んで「ホクロ」の存在を隠し続けていたが、どうにもこうにも動きが取れない。
仕方なく、ホクロの存在を明らかにし、情報開示に至った。
そして、おそらく弘明の同級生であろうか、情報提供があったのだ。
逃げる事が出来ないと感じた弘明が自首したのがせめてもの救い。
合唱仲間 皆川祭、神代優、団長らだけが幸子を心配し電話やSNSで連絡を取ろうとしてくれた。
噂好きのご近所さん斎藤さんや近藤さんらは幸子を心配する様子なんて微塵もなかった。
「あんなにバカにしていたのに、こんなに優しくしてくれるなんて。」
初めて本当の姿に気が付く幸子だったが時すでに遅し。
昭は離婚届を幸子の前に叩きつけて一言
「もうたくさんだ。弘明は俺に任せろ、柳井まどかに対する罪は俺に対してでもあるが…。お前には悪いが俺はこの家を出ていく、わかったか!!」
薄暗闇の中、幸子の意識は弘明が誕生した日に戻っている。
やっと授かったのよね、この子は私が守るんだから、絶対に弁護士にさせるんだから。
ふふふふふふ。
おわり。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ソデッチでした。
まったねーーー!