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噂好き(ミステリー小説 第五話 左利き)

噂好き(ミステリー小説 第五話 左利き)


地方銀行に勤めていた幸子のわたべ 渡部昭あきらは早期の還暦前には一時退職をし、その時家のローンは完済、一家は比較的余裕のある暮らしをしている。

意欲盛んな 昭はそのやる気と行員時代に培った人脈がかわれ再雇用され65歳の今も嘱託員の形でバリバリ働いている。

彼は幸子と違い世間での苦労も経験し、学歴も地方の聞いたことの無い大学卒だが、コミュニケーション能力が非常に高く学生時代は生徒会長になり、見事にその年の学園祭を成功させ、実績が評価され今に至る。

社会に必要なのは学歴だけでない。

そんなことを思い起こさせる人物。

幸子と一緒になったのも上司の紹介で断れなかったから。

昭が幸子に抱いた最初の印象は世間知らずのお嬢さん、ネガティブな感情だったが断る勇気もなかったのも事実。

なんとなく一緒になったが時折彼は反省していた。

「あの時断っていれば、もっと堅実で俺に合った人に出逢えたかもしれない。今更ながら、あまりにも幸子の世間知らずな思考に振り回され過ぎて壁壁してしまう。ホントに一緒にいると疲れてしまう。」

ひとり考えにふけっていると幸子が帰ってくる。

「今日、合唱の練習早く終わったわ、ソプラノの皆川祭さんがご家庭の都合でお休みだからだって、いい身分よね、伴奏の神代優さんなんか泣いちゃって、めんどくさいったらありゃしない、ソプラノがそんなに偉いのかっていうの、あ、そうだった、皆川さん長男にお子さんが出来てバイトしてんのよ、スーパーの品出しらしいわ。」

わざわざ遠くの皆川祭がバイトしているスーパー「タクミ」まで言った事を幸子は何故か隠した。

「孫が出来ると何かと物入りでバイトに出たらしいわ、そのへん我が家は弘明まだ独身でしょ、来年辺り弁護士資格を取るとして、結婚は30までに出来るわよね、それまで貴方が頑張ればいいだけよね。」

なにを言っているのか分かっているのか!

昭は怒鳴りたい衝動にかられた。

が、幸子と違い思慮深い昭は瞬間一人息子弘明の事を考えた。

なかなか子供に恵まれずにいた中での出産、育児大変だったがいい思い出だ。

子供一人しか出来ず兄弟を作ってやれなかったが、弘明は満足していようだった。

弁護士になりたいと言ったのも幸子が勝手に弘明に押し付けた一方的な願望。

彼と膝を交えて話す時期が来たようだ。

お母さんの人生じゃない、君自身の人生を歩みなさいと。

「ちょっと出てくる。」

そう言い残し、昭は弘明が夜間バイトをしているコンビニへと足を向かわせる。

コンビニの外からレジでお客様対応している弘明の姿が見える。

その姿は思った以上に苦労しているように窺えた。

「真面目なヤツなのに、大学も法学部しか受験させてもらえず、思えば俺がもっと幸子と向き合っていれば今頃好きな道に進めただろうに、弘明、お父さんは離婚真剣に考えているんだ。もうお母さんには疲れた。」

寒空の中、遠くから見る一人息子に、昭の口は独り言を発していた。


そんな昭の気持ちなんてお構いなしで幸子の日常は続いて行った。

今日も朝からワイドショーはキャスター達が揃って柳井まどかさんの事件を報じている。

注目されている点はやはり側溝にあった写真の一部分に映された右手人差し指に対しての推論に尽きていた。

指の腹が運良く写っていたので指紋が検出されたらしいが?ここが幸子がこの事件で腑に落ちない部分だったが、容疑者として高田高貴さんが誤認逮捕されるに至ったわけだが、確かあの夜は小雨が降っていたような記憶がある。

当然、側溝に残されていた写真の一部は濡れていたはず。

指紋も消えていたんじゃないかな?

鑑識は本当に指紋の再現が出来たのであろうか?


また、不幸なことに一時容疑者に仕立てられた高田さんの背景も報道されてしまっている。


高田高貴(たかだ こうき 無職 53歳)さんのご両親は健在でこの地方の一帯の地主。

ご両親や高田さんを知る方々がこぞって、その人柄を「優しい一家だ、高貴君が人を殺めるなんて信じられない、何かの間違いに決まっている。」と、県警の逮捕に疑問をぶつけていた。

高田さんの幼いころに受けたいじめが原因で中学2年生頃から自室に引きこもっていた事実も知るに至ってしまう。

個人情報なんてあったもんじゃないわ!

幸子はマスコミの報道に少々腹が立っていたが、なにせ底意地が悪い彼女は自身の興味が勝っているのに気づかない。

故に、ご両親はなお一層高田さんに愛情をこめて育てたらしい。


自分たちの作った環境のせいで息子が引きこもったと思い込んだらしく、生前にも関わらず、財産のほとんどを一人息子の高田さんに残すといういわゆる「生前贈与」をご両親と顧問弁護士の間で誓約が書面で交わされている。

また、高田さんは専門家と一緒に努力をし、なんとか家から近くの例のアパートで一人暮らしが出来るまでになっていた矢先の不当逮捕。

ご両親もさることながら、顧問弁護士は県警に対し、名誉棄損で告訴するとまで言い、怒りをあらわにしていた。

が、ご両親が高齢である等の理由で、告訴までには至っていない。

おそらく、高田さんは再び身に降りかかった不幸をまた乗り越えなくてはいけない状態に陥っているはず。

そのような内容をコメンテーター達は一様に言っている。

「また、犯人と思われる人物の右手人差し指が焦ってスマホで撮影していた為、手振れがするのを無意識に両手で押さえ写ってしまったらしい。と県警は会見で述べています。」

キャスターの言葉が幸子を震わせる。

自身にこれからせまる困難にも気づかないく、直観力だけ恵まれていたが自身の身の回りに無頓着なせいでどれだけの人間が傷ついたか知りもしないだろうに。


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