人は嘘をつく
噂好き(ミステリー小説 第一話 合唱団)
第一話 登場人物
渡部幸子(わたべ こうこ60歳)噂好きの主婦、社交的な一方で嫉妬深い性格。
また、独自の直観力の持ち主でもある。
渡部昭(わたべ あきら65歳)幸子の配偶者 地方銀行の行員。
渡部弘明(わたべ ひろあき25歳)幸子の一人息子。弁護士資格を取るために勉強中。
皆川祭(みながわ さい61歳)真面目で責任感の強いタイプ。同居する長男夫婦に孫が出来るが、生活苦に陥る。
神代優(かみしろ ゆう22歳)幸子の所属する合唱団の伴奏者。
水上清(みなかみ きよし30歳)幸子の住む住宅地付近アパートに暮らすサラリーマン。
柳井 まどか(やない まどか年齢不詳)清と同棲中の年若い女性。
物語は主人公、合唱が趣味の渡部幸子から同団員皆川祭への一方的な通話から始まる。
「ごめんなさいね、突然電話なんかしちゃって、でも、もう我慢できなくって。伴奏の神代優さん、この頃肝心なところでミスるでしょ。私までつられちゃって、音はずしちゅうの。貴方もそうじゃなくって。」
合唱団でメゾソプラノ担当の渡部幸子、得意の愚痴が始まった。
電話の相手はソプラノ担当皆川祭、つい最近同居する長男に男の子が出来、少し生活に困窮し始めバイトを始めようと考えている矢先の幸子からの電話に少々へきへきしている。
「ねえ、聞いてるいらっしゃる。」
「ええ、でも神代さんの伴奏ミス無いと思うけど。」
「あらそうかしら、でも、一番の盛り上がる所、あそこでミスるのよ、きっとあの方には難しいの選曲だったのかしら。」
電話口の近くで泣いている孫の鳴き声が気になってしょうがない幸子は次第にイライラしてきている自分に気が付き始め、会話を止める決意をした。
「なんか、お忙しいみたいだから切りますわね。」
ポチ、と一方的にスマホでの会話を途切れさせる。
こんな調子でいつも回りに迷惑をかけているのを知らずに暮らしていけている幸子は、自分の置かれている立場を容易に理解できる頭をもっていない。
また、ソプラノにあこがれているが高音が得意ではない為、皆川祭に嫉妬心さえ覚える始末。
わがままにも程があるが、その代わり彼女には「直観力」という名の才能が備わっていた。
なんとは無く、人様の事が分かってしまう。
実に厄介な人間であるが、決して敵にはしてはいけない側面を持ち合わせている。
「発表会まで三か月ってのに、前の三浦さんの伴奏と違って合わせにくいのよ、神代さんのは。やっぱ、ピアノは男性の方が上手いっていうけど、ホントよね。」
ほぼ、独り言の様に疲れ切って帰宅した昭に話しかける。
「貴方、聞いてるの。」
「ああ、疲れているんだ。」
「妻の話に興味がないなんて、今時分離婚問題になるわよ。」
昭は妻の愚痴に心底参っていた。
しかし、心優しい昭は黙って妻が作ったシチューをレンジで温め、風呂に入る準備をしていると、幸子のスマホが鳴った。
「あら、今晩は、こんな時間に珍しいわね。」
ご近所の斎藤さんからだが、彼女は11時過ぎの今頃電話をするような人じゃないはずだわ。
これはなにかあったに違いない。
「幸子さん、外見て、今すぐ。」
「ちょっと待ってね。」
スマホ片手に幸子は居間のカーテンを開けてみた。
「でしょ、でしょ、パトカーが来てるのよ。それも3台くらい、夜間だからサイレン鳴らさなかったのよ。」
確かに外は大勢の人でごった返す様子が見受けられる。
おそらくは警察関係者と野次馬連中だろうか。
いつもは暗い闇がパトカーの明かりで日中に近い。
「なに、この騒ぎは。」
「分からないんだけど、帰って来た旦那が教えてくれたの。近くのアパート一階に黄色い規制線が貼ってあったんだって。詳しくは明日のニュースか朝刊よね。」
やや興奮気味の斎藤さんの声が少し嬉しそうにも幸子には聞こえた。
この人冷たいとこあるのよね。
「貴方のご主人帰って来て何も言わなかったの。」
「うちのは、なにか有っても気が付かないタイプだから。」
それにしても、これだけの騒ぎだ。
気が付かないはずない。
「じゃ、遅いから、また明日のニュース見ましょ。」
やっぱりこの人楽しんでいる。
幸子は背中に冷たいものが流れる感覚を覚えた。