ナチュラルにあなたが好きです
活動報告でいただいたテーマ
「アメスピを吸う女」
「ダジャレ」
で書いた作品となります。
「あー、疲れた」
営業周りの最中、思わずとため息混じりに溢してしまう。
結婚して、一度は専業主婦になった私が、離婚して、また元の営業職に就くとは思っていなかった。
今年で34になる私、安藤珠希が、国内の保険会社としては中堅以上と言えるヤマト海上生命株式会社、通称ヤマト生命に再就職出来たのは、過去のキャリアのお陰というよりは、たまたま昔の職場の上司がこの会社の人事課に転職していたからだったりする。
保険営業に回る中で、お決まりの喫煙所で一休みする。1年前に元旦那と別れてから仕事に復帰したけれど、3年のブランクは結構きつい。
何とかかつての営業先に連絡をつけて、挨拶周りしながら、新人さんだろう、見覚えのない人に片っ端から資料を渡して愛想を振り撒いていたら、最近は何とかノルマをクリア出来てる。
「今の若い子は慎重でいいわ、遊びは最低限、将来や万が一のために備えるのが大事って、保険や投資の話には結構食い付いてくれるもんねー」
そんな一人言を呟いたのは喫煙所には私しか居なかったからだ。街中で吸える所が無くなって、こういう喫煙所はいつも人だらけなイメージだったけど、何かどんどん吸う人自体減ってそう。
そんなことを考えてたら、少しばかり見知った人が入って来た。
「あ、安藤さん、こんにちは」
「ええ、奇遇ですね。お煙草お吸いになるんですね。坂上さん」
坂上拓真さん、前の会社にいた頃からの営業先のひとつで大学時代の友達が始めたベンチャー企業に2年前に新卒で入社した男の子らしい。
私と同じで営業職で外回りなんだけど、ちょっとスーツが似合わないくらい幼い見た目をしてる。なんていうか、高校生が無理してリクルートスーツ着てるみたいな感じなんだよね。
顔が童顔で少し女の子みたいな可愛らしい感じなことと、あとはローヒールのパンプス履いてる165センチの私と並んで、同じかちょっと低いくらいな身長に細身と、まあ似合わないよね、スーツ。
根が真面目なのか、暗めな色のスーツにネクタイだから、余計にキラキラしい見た目とあってないよなーなんて勝手なことを思いながら、煙草吸うんだー、意外、とやっぱり勝手なことを考える、ごめんね。
坂上さんは一応は私のお客様でもあるので、だいぶ年下なんだけど、距離感がいまいち難しいんだよねー。煙草吸うんですね、って訊いたんだけど、なんかあたふたしてるね。
「あっいやっ、……えっと、た……っタバコ忘れちゃって、……あの……」
なんか、しどろもどろだ。まあ、吸いたいのに無いってのはあるあるだよねー。コンビニにライターと一式で買いに入ったことは何度もあるよ。
「喫煙所見て、反射で入ったけど、実は忘れてましたなの、一本いりますか」
何か可愛すぎて敬語がちぐはぐになったけど、まあ良いよね。あっ……えっと、なんて遠慮してるから、取り敢えず煙草とライターを無理やり渡して見る。
「まあ、良いから吸いなさんな。我慢良くない、ねっ! 」
「あっ、ありがとう……ございます」
何か尻すぼみだなー。口に合うかは分かんないけどさ。
「というか、メンソール大丈夫」
もう、今更だなって口調が砕けてきた。ノミニュケーションとか、煙草はコミュニケーションツールとか言うおじさんバカにしてたけど、こりゃ人のこと言えないわ。てか、オバサンになっただけか。
「あっあぁ、はいっ! 」
「そっ、良かった」
坂上さんは煙草を一本取り出して固まっている。かすかに震えながら口元に持っていって、ライターで火をつけようとしてるけど、中々つかなくて焦っているみたい。
「あれ、何で……タバコってこんなに火、つかんのっ……っえ、あれっ」
小声でぶつぶつ言いながら、悪戦苦闘してる。んー、本当に吸ったことあるの?
「アメスピは火がつきにくいんだよね。燃焼材が入って無いからさ、つきにくいし、消えやすいの、貸して」
私は自分が吸ってる分を排煙装置兼灰入れの上に置いて、坂上さんの持ってる煙草とライターを一度返して貰う。そのまま吸い口を咥えて火をつけると、吸い口を坂上さんに向けてあげる。
「はいっ、ついたよ」
坂上さんは私の顔と吸い口を交互に見ながら、少し固まっていた。
「何よー、オバサンが咥えたのはきちゃないって言うつもりー」
「えっ、あっと、ち、違います、いただきます」
そう言うと坂上さんは盛大に吸い込んで噎せていた。
「もー、そんな勢いよく吸うからー」
思わず爆笑する私に、坂上さんは恥ずかしそうにしていた。
「ごっ、ゴッホっゴッホ……、あ、アメスピって言うんですよね」
「そっ、ナチュラルアメリカンスピリットのオーガニックミントのウルトラライトだよ」
「何ですか、その呪文」
「ねー、本当に煙草吸ってるのー、煙草吸ってる人なら皆わかるよー」
何かびっくりした顔してるけど、本当だからね。やっぱり吸って無いよね、普段。
「まあ、良いけどさ。アメスピ好きなんだよねー、純粋な葉っぱの甘味と天然ミントの香りが良いよねー。アメリカン好きでっすってか! 」
何か空気を変えたくて寒いギャグかましてみたけど、寒過ぎて痛い。坂上さんがひきつった顔で面白いですねって、フォローしてくれるけど、いやキツイよ。つまんないって言ってよ。
「あー、さて、あんまりサボってらんないし、そろそろいくね。今度、一緒に飲みでも行く」
何と無く、社交辞令で誘ってみる。おばちゃんの誘いなんて嬉しく無いだろうし、断り難いし迷惑だったかしら。まっいっか。
「あっ、はいっ 行きます。行きましょう。あの、僕から連絡しても良いですかっ! 」
妙な食い付きにびっくりしたけど、あれかな、営業職として悩みでもあんのかなー。同じ職場の先輩には相談しにくいとか。今度、太一のバカを絞めとくか、新人が悩んでんのに、相談できない職場になってんぞって。余計なお世話ですね、それは。
「良いよー。今はフリーだから、何時でも空いてるから、友達とか先約なきゃ大丈夫だから」
そう言いながらバイバーイと手を振りつつ喫煙所を出ていったのよ。
何かキッラキラの笑顔が眩しいくらいに手を振り返してくれてたね。手、千切れそうなくらい。
「てなことがあってさー」
職場に戻り、退社前のロッカールームでメイクを直している同僚に話しかけられた訳だ。同僚と言っても、大概が私より若い。年上もいるにはいるけど、2人だけな上に既婚者で、営業からそのまま直帰してた。
目の前にいる3人は皆20代、今日はこのあと3人で遊ぶらしいんだけど、「珠希さんも今度一緒に行きましょうよー」と誘われて、何と無く思い出して今日のことを話してしまった。
「ちょっと、坂上さんって、拓真くんですよね、それっ惚れられてますって」
3人の中でも一番歳嵩な28歳の仲真結実ちゃんがそんなことを言うと、他の二人もキャーキャーと同意する。結実ちゃんとは何度か一緒に営業を回ったので、お互いの営業先にヘルプで入って貰ったりもしていて、お互いの顧客情報は共有してたりする。
万が一、体調を崩したりしたときにサポート出来るように、一つの営業先に何人かで入るようになっているのだ。まあ、あとは同じ人がずっとだと、不正とかするかもってのも、一応はあるんだと思う。
なので、実はここにいるメンバーは坂上さんのことは皆知っていたので、何と無く話してしまった訳だ。
「いや、ないないないっ! 坂上さん、26だよっ、こっちは34のオバサンだかんねっ! 」
「えーっ、でも、私たちと話してる時もチラチラ珠希さんのことばっか見てたし、確定じゃ無いですかー」
そう言ってニヤニヤしてるのは一番若い24歳の水野京子ちゃん、キラキラネーム全盛期に古風過ぎる名前で苦労したらしいけど、今はご両親に感謝してるんだとか。確かに黙っていれば「京子」って感じの清楚な女の子なのだ。黙っていれば。
「いや、無いって、たぶん、営業関係で悩んでて、たまたま見かけて相談したかったんだよ。変な絡み方しちゃったから、切り出し難くかったんだって」
なんて言ってたら、お決まりの通知音でスマホにLINEが入る。
「早速、拓真さんなんじゃ無いですか~」
ニヤニヤしながら最後の1人、26歳の武内真由美ちゃんが煽って来るけど、違うよって言いながらスマホを見る。
「えっ……」
思わず止まった私に3人がスマホを覗き込んで来る。
「やっぱり、拓真くんじゃないですかー」
ワーキャーと盛り上がりながら、3人娘はお幸せにー何て言いながら去っていったのよ。
「もぅっ」
今日はありがとうございましたって、たった1文のLINEメッセージにため息をついた。
数日後、行き付けのバーで1人で飲んでると、聞き覚えのある声が降ってくると同時に肩を叩かれる。
「辛気臭い顔してんな。うちの拓真に粉かけられたって」
チャラチャラした見た目にチャコールブラウンでピンストライプのダブルのスーツ、出来損ないのホストみたいなこいつは林田太一、私の大学時代の同期で、何だかんだで友達やってる奴だ。
「誰に聞いたのよ。別に挨拶しただけだし、誘ったのは私のほうよ」
「何時から年下趣味になったんだよ、ケイと別れて好み変わったか」
笑いながら言う太一を睨み付ける。
「ぜんっぜん面白くないんだけどっ」
悪い悪いと手をひらひらと揺らして謝る太一はまるで悪びれてない。
「でもさ、拓真からお誘い来てんだろ」
「だから、誰から聞いたのよ、ホントに」
「ん、拓真から。あれこれと相談されてな。本気みたいだぞ」
「はぁー、何でよ。バツイチのおばちゃんだよ。坂上さんって、まだ若いじゃん」
「おばちゃんとか言うなよ。言っても8歳差なんて誤差みたいなもんだって」
誤差じゃないのって言ってる私を無視して、太一はマスターにカクテルを頼んでた。
「なぁ、良い機会かもよ。拓真なら、仕事辞めろなんて言わないし、子供だって、すぐには欲しがんないだろ。どうしても拓真は嫌だってんなら、それとなく諦めるように言うけど、あいつは真面目だし、あー見えて仕事も出来る。ちょっと考えてやってよ」
マスターが差し出したカクテルを太一は軽く掲げて見せる。ワインの紅のうえに透き通ったレモンジュースが層になって、キレイな色のカクテルだ。
「アメリカンレモネード? 」
「そう、流石は珠希だな。知ってるか、カクテル言葉……『忘れられない』なんだぜ」
「当て付け、啓介のことはとっくに忘れてますよーだっ」
そう言う私に、なら拓真のことも前向きに考えられるな、なんて言いやがった。
言い返し難い流れにしやがって、出来損ないホストのくせに、ホストじゃないけど。
「子供、出来なかったんだよ、私」
なんでこんなこと言っちゃったかなー、ホント。でもさ、啓介とあれこれやって、仕事も辞めて、それでも出来なかったんだよ。
何時からか、どうやったら子供が出来るかばっかりになって、啓介が子供を欲しがってたし、私も欲しかったし、だから、こうしたら、ああしたらって、でも、啓介はそれが嫌になってたみたいで、だからって。
「あー、……悪かったよっ! まあ、ゆっくり飲みな……マスター、これっ、ここの分」
黙りこんだ私は突然に立ち上がった太一の行動を止めることも出来ずに見ていて、ハッとして声をかける。
「ちょっと、多すぎ、っていうか、カクテル一杯しか飲んでないでしょ、払いすぎだよ」
「いいから、ゆっくりしてけよ。なっ! 」
「帰るわよっ、何か気分じゃ無くなったし」
「もう少しゆっくりしてけって、今日は」
今日はって言われて、立ち上がろうとしてた私は座り込んでしまった。
何が忘れたよ、全部お見通しですか、流石は腐れ縁よね。なんか泣けて来て、横を見たら太一はもう帰ってた。何なのよ、あいつは。
「あー、もう何なのよ」
マスター、もう、どんどん飲むよーって、飲んでたら、声を掛けられる。
「……あっ……あの、横、いい……です……か」
まさかと思って声の方を向くと坂上さんがそこにいた。
バーを出て、近くのファミレスへと移動した。
「ごめんねー、なんかお腹すいちゃって、好きなもの食べていいよ、奢るから」
バーには居たく無かった。かといって一緒に居たくないとも言えなかった。ひどいな私。
「僕も出しますから」
「良いから良いから、奢られとけ」
私は軽くサイドメニューの単品料理とデザートを頼んで、坂上さんは私に合わせて軽食を選ぼうとしてたけど、「足りないんじゃない」と言うと素直にステーキなんかのプレートセットを頼んでた。
美味しそうに食べてる坂上さんを見ながら、私はあれこれと話した。坂上さんも楽しそうで。
「あっ、あの、年下ですし、拓真って呼んで下さい。敬語とか、さん呼びは申し訳ないんで」
「んー、いいよ、じゃあ拓真くんね。ねっ、私も珠希で良いよ。たまに奢ってあげるし、また遊ぼうね」
「わかりました。じ、じゃあ珠希さん。奢って貰わなくても良いのでまたっ! 」
凄い嬉しそうだな。
私はね、そんなにキラキラした目を向けて貰えるほど、若くも可愛くも無いんだよ。
ファミレスを出たあと、酔い覚ましに少しだけ、一緒に散歩した。
駅の外にある喫煙所まで歩いて、そこで一本吸って今日はお別れだ。
「ねー、ホントは煙草吸わないんでしょー」
私は意地悪を言う。ねぇ、こんなオバサンやめときなって。
「はい、ホントは吸ったこと無いです。でも、アメスピは好きになりたいです」
真っ赤な顔で言う拓真くんは一本下さいって言ってきた。
「えー、……」
えーって言ったら、あからさまにしょんぼりして、なんかなーもう、私は吸っている煙草の吸い口を拓真くんに向けて、そのまま口に咥えさせる。
「ちょっとそのままね」
そう言って、新しい煙草を咥えて、拓真くんの煙草の先にくっつける。
火がゆっくりと移ってくる。
ジジジ……ジジジ
ジジジ…………ジジジ
合わさった煙草から煙が上がるのを待って、私はゆっくり目を開けた。
あー、なんて顔してんのよ。
私もかな。
結局は噎せてる拓真くんは、一生懸命に声を整えてる。
涙目なのは、煙がしみたのか、噎せたせいか。
「僕はナチュラルにあなたが好きです」
なんでダジャレで告るかなー。
ミントの花言葉はね、かけがえない時間なんだって。
泣いてしまった私に慌てる君に、きっと私は彼を重ねてる。
今は……まだね……。
ダジャレ要素薄い(^-^;
感想お待ちしてますm(_ _)m