85 一緒に復讐をしないか
ここから時間軸が「現在」に戻ります。
鴆が毒デレます。
「だから僕は、宮廷にきた。皇帝を殺し、帝族に復讐をするためにね」
語り終えた鴆は、瞳の底に強烈な毒を滾らせていた。揺蕩う紫は燃えさかる地獄の劫火を想わせる。
慧玲は黙って耳を傾けていたが、最後に息をつき、そう、といった。
「おまえはほんとうに、毒のために産まれ、毒のために命を繋いできたのね」
薬と毒は紙一重だ。
鏡映しの地獄を、互いに渡ってきた。
鴆は窓に腰掛けて烟管を吹かす。紫を帯びた烟が細くあがった。
「碌な母親じゃなかったよ。最後まで僕を毒としか扱わなかった。哀れな最期だったが、毒すものが毒されただけだ。でもだからといって、ほかを許せるわけじゃない」
幼い頃から植えこまれた怨嗟はすでに魂にまで根を張っている。復讐せずにはいられないのだと、彼は唇の端をゆがませた。ともすれば、母親のためですらなく。
「それが毒として産まれたということだ」
玉佩を人差し指に掛け、無造作に弄びながら鴆はいった。
「母親は僕が皇帝になることを望んでいたが、僕は願いさげだね。僕の望みは皇帝にたいする復讐だけだ。帝族なんか根絶やしになればいい」
彼は呪詛を喀き、烟が昇るようにゆらりと視線をあげた。
暗澹たる瞳が、慧玲を映す。
「一緒に復讐しないか、慧玲」
果敢なく微笑して、鴆は腕を差しだす。
慧玲は視線を彷徨わせて竦んだ。
「僕は先帝に一族を滅ぼされ、現帝に母親を殺された。貴女は現帝に最愛の父親と母親を壊された。利害は一致しているはずだ」
「……私は薬よ」
「だからだよ。現帝は毒だ。毒をもって毒を制するだけのことだよ。貴女にはそれができる――僕を選べ。貴女は毒になるべきだ」
慧玲には彼の手を振り払うことが、できなかった。
鴆の指に触れるか、触れないかのところまで腕を延べ、項垂れる。
これまで慧玲はいかなる毒にも堪え、薬であり続けてきた。
燃えさかる忿怒をかみ砕き、苦い屈辱を敢えて飲み、絶望を喰らってきた。喉はとうに焼けただれていた。それでも堪え続けることができたのは、薬という縁があったからだ。
(でも、それも絶たれてしまった)
彼女に薬であれと教えた母親は、最後には毒となって、息絶えた。
母親は、慧玲が地毒を解くことなど望まなかった。だからあの時、母親は姑娘のための毒杯を残して、逝ったのだ。
恩を受けたとおもっていた皇帝も、実際は先帝に毒を盛った仇だった。彼のために調薬することを想像するだけでも、指が凍りつく。
「……貴女が望むのなら、皇帝を毒殺した後は一緒に逃げようか」
鴆が痺れるほどにあまやかな響きでいった。
「皇帝から毒を享けずとも、貴女の飢えは僕が満たしてやるよ。必要ならば、毎晩違う毒を調える。しばらくは海でも森でも砂漠でも貴女が好きなところを旅して、落ちつくところがあれば、根を張ればいいさ」
「なんで、そんなことをいうの」
慧玲が緑の瞳をゆがめる。
(愛おしむように言葉をかけないで)
鴆は窓から腰をあげ、風を掻くばかりだった慧玲の腕をひき寄せた。華奢な腰を抱き締め、彼は誘いかける。
「薬なんかは棄てて、楽になってしまえよ」
銀の髪を梳きながら、鴆は孔雀の笄をひき抜いた。
髪が解ける。白木蓮が散るように。
慧玲は無意識に笄を取りもどそうと指を伸ばす。鴆は薬を棄てられない彼女の様子に眸をすがめ、黙って笄を放り投げ、身を離した。
「また逢いにくるよ」
烟の余韻を残して、鴆は窓から宵の帳に紛れていった。
残された慧玲は崩れるようにすわりこむ。投げだされた笄を拾いあげる力もなく、彼女はただ、項垂れた。






