幕間 毒なし女官のひとり歩き
4000pt達成の御祝いに書きおろした番外編です。
藍星と鴆、慧玲の日常パートです。ほのぼのしつつも、僅かに毒と執着のかおりが漂う幕間をどうぞ御笑味いただければ幸いでございます。
時間軸的には第三部と第四部の間を想定しています。(後日正しい時間軸のところに動かしますが、ひとまず最新話の位置に投稿させていただきます)
追記:エピソードの入替ができないことを知りました……
つきましては幕間ということでこちらに置いたままにさせていただきます。
後宮の林のなかでかがんで、がさごそと何かを捜している女官がいた。
ふたつに髪を結いあげ、星のようなほくろのある、いかにも明朗そうな姑娘――明 藍星である。彼女はうっすらと雪を被った落ち葉をかきわけ、群生する冬山茸を見つけたところだった。
「ふっふっふっ、ついにやりましたね」
苦節一刻。霜をかきわけて捜し続けていたので、指の先端が凍っている。いそいそと茸を摘んで篭にいれていると、後ろから声をかけられた。
「それ、毒茸だけれど問題はないのかな、食医の女官さん」
ぞくうっと虫唾が走って、藍星は振りかえる。
貴宮つきの風水師がたたずんでいた。確か、鴆だったか。誰もが瞳を見張るような美貌にさわやかな微笑を湛えている。だというのに、藍星は彼に近寄られるだけで鳥肌がたつ。
「え、えっ、これ、毒茸なんですか」
「ああ、それは苦栗茸といってね、冬山茸と似ているが、こちらには猛毒がある。毎年この季節になると死者が後をたたない危険な茸だよ」
藍星は青ざめる。
「わあん、だから茸ってきらいなんですよぉぉ」
食べられる物とそっくりな毒茸があれこれとあって紛らわしく、藍星は食医の女官になってからというもの、すっかりと茸がきらいになった。ちなみに調理されたものを食べるのは好きだ、つまみ食いさせてもらった花菇の炒め物の旨さは想いだすだけで涎が垂れそうになる。
「それにしても…………毒茸との違いもわからないのか」
鴆の双眸に毒が滲む。あ、このひと、機嫌がものすごく悪かったのかといまさらになって、藍星は察した。
「悪いけど、食医の女官はむいてないんじゃないかな」
がびぃぃぃんと、藍星はこなごなに砕けた。
だが、打たれ強さには定評のある藍星である。頬を紅潮させて、懸命にいいかえす。
「そ、そんなことないとおもいます。これは偶々です。いつもだったらちゃんと、毒じゃない茸を選べますし、慧玲さまはいっつも褒めてくださるんですよ。「藍星は働きものですね」「藍星がいてくれると助かります」って」
「へえ」
鴆が眸を細めた。
「慧玲はやさしいからね」
あきらかに棘のある言葉だったが、藍星は瞳を輝かせる。
「そうなんです、慧玲様はとっても御優しいんですよ。おつかいから帰ってくるとかならず、御茶を淹れてくださるんです。慧玲様の淹れてくださる御茶は最高においしいんですからね。昨日は香橙茶でしたけど、あまくてとろとろで、頬っぺたが落ちちゃいそうでしたもん」
「……ふうん」
鴆のまわりの風が凍てつかんばかりになっている。藍星は誇らしげに胸を張って、最大級の爆弾を投下した。
「慧玲様が淹れてくださった御茶、飲んだことあります?」
◇
「御茶ね。淹れてもいいけれど……どうして、急に」
「別にいいだろう? 貴女の淹れた御茶を飲んでみたくなった。それだけだよ」
その晩、慧玲のもとを訪れた鴆は窓に腰掛けるなり、慧玲に御茶を要求した。藍星とのやり取りなど知るよしもない慧玲は睫を瞬かせながら、香橙茶を淹れる。
茶杯を受け取った鴆は柑橘の香を充分に楽しんでから、ひとくち、飲む。
「あまいね。香橙を蜂蜜漬けにしてあるのか。……あまいものは然程好みじゃなかったが、これはうまいな」
甕に収められた香橙茶のもとを覗きこんで、鴆がいう。
「果醤みたいに加熱してあるんだね。確か、香橙茶は加熱せずに漬けこむんじゃなかったか」
「加熱すると栄養素が壊れてしまう野菜や果実は多いのだけれど、香橙は特別で、加熱することで栄養素の量が増えるの。だから薬として飲むのだったら、しっかりと煮こんで漬けこむのが最良よ」
加えて風邪予防、安眠効果、疲労回復などの効能があるのだと慧玲はいった。
「寒い季節にはぴったりなのよ」
朧の月を仰ぎながら、窓べにならんで茶を嗜む。
穏やかな沈黙を経て、慧玲がいった。
「おまえ、藍星のことを苛めたね?」
「へえ、苛められたといっていたのか。僕は親切心のつもりだったんだけどね」
「そうみたいね。茸を採集していたら、おまえに毒茸だと教えてもらって、助かったと。……でも、おまえのことだもの。苛めただろうとおもって」
「さあ、どうだろうね」
肩を竦めつつ、鴆は意外だったなとおもった。
ふつう、失態は隠すものだろうに。わざわざ鴆に教えてもらったことまで喋ったのか。
「……は、ほんとうに毒のない姑娘だな、明 藍星は」
◇
翌朝になって、離舎に出勤してきた藍星は瞳が真っ赤だった。慧玲が慌ててなにがあったのかと訊ねると、藍星はえへへと頬を掻きながらいった。
「書庫で茸について書かれた書を借りて、朝まで読みふけっていました。茸、あんなに種類があるんですね、勉強になりました」
「……藍星は勉強家ですね」
「いえいえ、もっともっともおぉぉっと、勉強しますよ。今度は毒茸と間違えませんから」
ごううと燃えているが、慣れない書を読んだせいか、たった一晩の徹夜でかなり濃い隈ができている。
慧玲はふっと瞳を綻ばせて、いった。
「それではまず、御茶でも淹れましょうか」
…………
……
藍星は想う。
いつかは、敬愛する食医にふさわしい女官になりたいと。
他人を助けるために絶えず身骨を砕いている彼女の助けになりたいのだ。そうして貰った恩に報いたい。そのために彼女は、できるかぎりのことをしたいと想う。
「さ、今日は何をしましょうか。掃除しますか。木の根かなにかを挽きましょうか……え、虫の殻を、剥く……ひええぇ、それだけは無理ですうぅぅぅ」
……できるかぎりのことは。
後宮の冬はまだまだはじまったばかりである。
お読みいただき、ありがとうございます。
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