64 皇帝の御子
物語の進行上、短めです。
雪が敷きつめられた石畳に車輪の轍が続く。
無垢なる新雪は白梅の葩を想わせた。麒麟紋の旗をかかげた豪奢な牛車が春の宮についた。皇帝だ。御子が誕生したときいて、早朝から渡ってきたのだった。
慧玲は入れ違いに帰り、疲れきって寝台に横たわっていた雪梅嬪は皇帝の訪いと報されて重い身を起こす。
「子が産まれたときいた」
「左様にございます」
雪梅嬪は緊張した面持ちで御子を差しだした。
珠のような嬰孩だ。毒によって一度は命が危ぶまれたとは想えないほど、健やかな頬をしていた。眠らずに瞳をひらいているが、ぐずつくこともなく穏やかだった。
「陛下……女孩でした」
落胆されるだろうという想いがあった。
産むときには、男孩であるようになんて僅かたりとも望みはしなかった。ただ、健やかに産まれてくれればそれでよいと。
だが後になって、風がすうと胸に吹きこむような焦燥に見舞われた。
「……そうか」
皇帝は緑がかった瞳を弛め、破顔する。
「ようやってくれたな、雪梅」
雪梅嬪がほたりと涙をこぼす。
「ああ、有難き御言葉です。御後嗣を産めず、お詫びのしようもございません。どうか、今一度、御情けを賜れれば」
「わかった。また、かならず、そなたのもとに渡ろう。だが、今しばらくは産まれたばかりの皇姫に愛をそそいでやってくれ」
嬰孩を抱きあげた皇帝の言葉に雪梅嬪は額づき、感謝の言葉を繰りかえした。皇帝は愛しげに御子をあやしてから、母親の腕にかえす。
雪梅嬪は安堵して、新たな命の温もりをたいせつに抱き締めなおした。