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幕間 毒師の独りごと

3000pt突破のお祝いに鴆視点の短編を書きおろさせていただきました!

鴆があの時なにを想って簪を渡したのか。彼の執着と「毒デレ」悪落ちさせたいという「ヤンデレ」振りが伺える幕間です。

 いつからだろうかとヂェンは思考を廻らせる。

 緑の袖が風に揺れるのをみるだけで、胸が騒ぐようになったのは。髪に挿した水琴鈴すいきんすずの調べを聴くだけで、振りかえってしまうようになったのは。


 慧玲フェイリン

 彼女は強かだ。

 張りつめた弦のような姑娘。まわりからどれほど疎まれても瞳を曇らせることなく、為すべきを為す、という言葉の通りに働き続けている。


「やあ、奇遇だね」


 鴆が声を掛けると、慧玲は髪をまきあげて振りむいた。銀糸の髪が陽光を弾く。

 まわりに人がいないことを確かめてから、彼女は微笑を移ろわせる。愛想笑いの微笑から棘のある素の微笑に。華の綻ぶような移ろいだ。


「ああ、つけてくれているのか」

「これは邪魔にならないからね」


 慧玲は毒の簪に触れて、なんでもないようにいった。


「貴女らしいな。……折角だったら、左に挿すといいよ」


 鴆は僅かに身をかがめて、簪を挿しなおしてやった。疑わしげに眉を寄せているが、その割には髪に触らせてくれる。彼女は意外なところで無防備だ。愚かしいほどに。


 廻廊を渡って、宦官がやってきた。


 この関係は外部に知られるわけにはいかないものだ。

 慧玲は静かに頭をさげ、遠ざかっていく。鴆が華奢な背を視線で追い掛けていると、宦官が擦れ違いざまに慧玲に声を掛けようとした。だが口籠る。


「私に御用ですか」

「……あ、いや」


 あの宦官は夏頃から遠巻きに慧玲のことをみていた。好意を寄せていたのだろうが、簪を左側に挿しているのをみて息をのみ、項垂れる。


(左側に飾りのない簪ひとつは婚約の証だ)


 彼女自身は気づいていないが、彼女を意識している宦官は多い。宦官とはいっても、もとは男だ。


(諦めろよ。それは僕のものだ)


 遠くから、宦官を睨みつける。

 彼女はいまだに疎まれてはいるが、その才能を認め、頼るものが段々と群がりはじめている。鴆にはそれが訳もなく、不愉快だった。


 いらだちを紛らわすために烟管を咥える。


(僕だけだ)


 慧玲はいつでも微笑を絶やさない。だが、瞳の底の底に燃えさかる焔は、絶えず昏かった。


(僕だけが、彼女の毒を知っている)


 それは彼女も知らないものだ。

 緑の瞳がどれほど昏く、燃え滾るのか。どれだけの矛盾という毒を抱えながら、くだらない償い等に身を擦り減らしているのか。


 それは辛いはずだ。

 だからあんなふうに毒に侵されて、彼女は啼いたのだ。


(貴女は僕と一緒だ。地獄を喰らい、地獄を呑んだ。そう産まれた。それなのに、貴女は綺麗だから、胸を掻きむしられる)


 皇后がいった。だってあなたは、彼女のことが好きでしょう、と。

 あのときは嘲笑して拒絶したが、今ならば認める。愛など理解できないが、愛だとか好きだとか、そういうものが猛毒にも等しいものならば。


(ここまで落ちてきなよ。そうしたらやっと貴女を抱き締めて、優しい接吻くちづけのひとつくらい、できるはずだから)


 烟がまたひとつ。

 青いばかりの穹にあがった。


お読み頂きまして有り難うございます。楽しんでいただけたでしょうか。


連載再開は10月10日になります。

読者様に楽しんでいただける面白い原稿を書き上げますので、もうしばらくお待ちいただければ幸いです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛情とは複雑で難しいなと改めて感じたこと。 テンポよく話が進んでいること [一言] とうとう四部まできました。 なかなか読み進められなくて申し訳ないですが、しっかり最後まだ読みます
[一言] 油断していました。嬉しい更新です!! もうなんと申しましょうか、ムズカユイ、忘れていたような感覚です。 4部楽しみにしておりますが、くれぐれも無理なさらぬよう御自愛のほど切にお願い致します…
[良い点] 鴆がこれほどまでに慧玲ちゃんに執着していたとは、驚きです✨  いつもの慧玲ちゃん側の視点からは、何を考えているのかわかりづらかった彼の内面が見られて、とても嬉しいです(❃´◡`❃) やはり…
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