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2‐84毒なし女官は毒師に頼る

卦狼グァラン様にお逢いしたいんです、お願いですっ」

「残念ながら、お通しすることはできません」


 朝から押しかけてきた藍星ランシンに女官たちはあからさまに迷惑そうにした。時刻は日出ニッシュツ(午前六時)を過ぎたころだ。非常識だとはわかっているが、慧玲フェイリンの身が危険にさらされているのに落ちついてなどいられなかった。


「だったらここで待ちますから!」


 藍星ランシンは諦めずに食いさがる。


「なんだ、喧しいとおもったら、ミン藍星ランシンか」


 卦狼グァランが怠そうに髪を掻きまわしつつ、廻廊の角から顔を覗かせた。


「こんな朝っぱらから、よくもそんなに賑やかな声がだせるな」


 藍星が思いがけない幸運を逃すまいと卦狼にしがみついた。


「卦狼様っ、大変なんです、慧玲フェイリン様が、慧玲様で、慧玲様をっ」


「いいから落ちつけ」


 卦狼グァランが呆れる。

 だが、その口振りから非常事態だと察して、卦狼は女官たちには退さがるように命令する。女官たちは低頭して宮のなかに戻っていった。


「それで、なにがあったんだ」


「朝から慧玲フェイリン様が離舎におられなくて、皇后様の治療に専念すると書き置きが。で、でも、変なんです。慧玲様が後宮の患者をなおざりにされるはずがありません。無理に書かされたとしか」


「まあ、確かにドがつくほどにまじめな食医らしくはねェな」


 藍星ランシンは頷いて、ぎゅっと胸もとを握り締めた。


「朝から胸さわぎがするんです。なにか、大変なことが起きているような」


「それは勘か?」


「勘です」


 卦狼がため息をつき、頭を振る。


「だったら、十中八九はあたってるだろうな」


 昨年にも一度、慧玲は失踪している。

 その時は卦狼の力を借りてびょうに監禁されていた慧玲を救助することができたが、誰に拉致されたのか、慧玲は頑として語らなかった。藍星はちょうどあの時と似た強い恐怖を感じていた。


「私は後宮から動けません。ですが、上級宦官は宮廷に渡ることもできますよね。卦狼グァラン様、お願いです、慧玲様を捜してください」


 卦狼とは浅からぬ縁がある。慧玲が連れさらわれたとなれば、助けてくれるはず。藍星はそう信じて疑わなかったのだが、卦狼は意外なことにしぶった。


「察しはついた。だが、危険だ。言っとくが食医の身が、じゃねェぞ。あいつはまァ、食医を危険にさらすような真似はしねェだろうよ」


「えっ、どういうことですか」


 卦狼は事態が把握できているようだが、藍星ランシンには微塵も理解できない。


「危ういことに変わりはねェがな。あれがなにを考えてるのか。俺にはさっぱり読めん。どうせロクでもねェことだろうよ」


「だ、だったら」


「俺に抱えられるもんはひとつだ。そいつは始めからきまってる」


卦狼グァラン、なにかあったのですか」


 桜花の綻ぶような、愛らしい声が聴こえてきた。ふわりと拡がるくんの裾をひきながら廻廊をそそと進み、李紗リィシャが近寄ってくる。

 藍星は李紗リィシャにむかって息もつがずにまくしたてた。


李紗リィシャ様っ、実は慧玲フェイリン様が誘拐されたかもしれないんです。卦狼グァラン様の御力をお借りできれば、慧玲様を捜しだせるのに、卦狼様は慧玲様を助けたくないと!」


「おい、待て、かいつまむにも程があるだろ」


 李紗リィシャは果敢なげな微笑を曇らせて、卦狼にむきあった。


「卦狼、食医さんを助けてあげて」


ひめさん」


 卦狼はためらった。


「解っています。あなたのことですもの、わたくしの身にまで危害が及ぶのではないかと案じているのでしょう? でも、そうだとしても食医さんを放ってはおけません」


 李紗リィシャは睫をふせ、切実な表情をする。


「食医さんには助けていただいてばかり。ご恩をかえしたいとおもってはいても、わたくしではお役にはたてません。だから、わたくしのあなたを動かすのです。動いてくれますね? 卦狼グァラン


「ほんとにいいのか」


 李紗は睫をふせ、うっそりと微笑みかけた。


「食医さんを助け、わたくしをまもってくださいな」


 李紗は信頼と愛ゆえに難題をかぶせる。花の傲慢さだ。だが卦狼はまんざらではないのか、假面具かめんから覗く三白眼さんぱくがんだけで笑った。

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