2‐81人が虎になる
コミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」二期連載が開始いたしました!
皆様の応援のおかげ様です!
本日から連載を再開いたします!
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https://comic-walker.com/detail/KC_005185_S/episodes/KC_0051850001500011_E
都に赤い月が昇った。
時は平旦(午前三時)、木造の民家が軒を連ねる都の一画は静まりかえっている。誰もが新たな朝を待ち、眠りにつくなか、穏やかな夜陰をひき裂いて悲鳴があがった。
赤ん坊を抱いた女が裸足で民家から飛びだしてきた。真っ青な顔をして息を切らしている。後ろから血まみれの男が追いかけてきた。庖丁を握り締めて眼を血走らせ、鬼気迫る様子だ。
「ああぁ、おまえさん、なんだってこんな」
近所でも評判の仲睦まじい夫婦だった。春に赤ん坊が産まれて舅姑もたいそう喜び、女は穏やかな幸福をかみ締めていた。
なのに、男は実の親を庖丁で刺した。
喧嘩をしたわけでもなく、いつもどおりに眠っていたらいきなり庖丁を振りまわして――恐怖で足がもつれたのか、女が地を転がる。
男に追いつかれ、女は泣きながら訴えかけた。
「せめて、赤ん坊だけは殺さないでおくれよ。私たちの大事なややこじゃないか」
だが男に妻の声は届かなかった。
「腹が減った」
男は低く唸る。
「渇いて渇いて、渇いて――あああぁ、逃げてくれ、とめられないんだ」
ひび割れた声で叫びながら、男は庖丁を振りおろした。女の絶叫があがる。だが声はゆがんで、ぶつりと切れた。赤ん坊の泣き声も聞こえなくなる。
あとには飢虎のような男の咆哮だけが血濡れの月を震わせ、響きわたった。
◇
「都で異様な殺人事件が頻発している。こうも続くと新たな毒疫ではないかという疑いがあがってきた。後宮食医の叡智を借りたい」
そのような連絡を受け、慧玲は尚書省の職事官とともに宮廷の北部にある獄舎にむかっていた。
時は人定(午後十時)を過ぎている。診察の依頼等を終えて、藍星は先に官舎に帰した。職事官とは雕皇帝の解毒のために遠征隊を組んだ時に会ったことがある。冷静で信頼のおける壮年の官吏だ。
しかしながら、事件か。
「どのような事件なのですか」
「善良な民が突如として、家族をはじめとした身のまわりのものを惨殺するのだ」
慧玲は息をのむ。想像するだに恐ろしく、凄惨な事件だ。
「殺人事件ともなれば、事件にいたるまでに兆候があるものだ。例をあげるとすれば、揉めごとがあったり不幸が続いていたりといったところか。だがこのごろ頻発している事件にはその兆候がないのだ。穏やかで争いを好まない民が豹変して殺人を犯す」
毒疫は感情を乱れさせる。だが落ちこんだり怒りやすくなったりといったことはあっても、無差別に人を殺すほどに錯乱することは、まずない。
「いつごろから続いているのですか」
「事の起こりは端午節の翌晩だ」
職事官いわく、第一の事件は一家惨殺で、逮捕されたのは笄年の娘だという。事件の異常性に都は震撼としたが、それを発端に類似した事件が頻発しはじめた。事件の加害者につながりはなく現場も散らばっているが、概要は一致しており複数の共通項がある。
「ひとつは時間帯の偏りだ。事件はきまって、平旦の初刻から終(午前三時から午前五時)のあいだに発生している」
慧玲は話を聴きながら思考をめぐらせる。
時刻によって発症する毒か。その時間帯ならば大抵のものは眠っている。夢遊病の一種か。副交感神経の働きと連動しているとか?
「続けて被害者の遺体の惨状だ。ほとんどの遺体が獣にでも喰い荒らされたような惨たらしい有様になっており、個人の特定が難しいほどに損壊していた」
遺体の損壊は身元が解らないようにするためか、よほどの私怨がなければできないことだ。特殊な事例といえる。
「事件の発生件数は二十日間で三十三件にのぼる」
「異常な頻度ですね……」
獄舎に近づくほど日陰になって、夏だというのにうすら寒い風が吹いてきた。
獄舎とは罪人を監禁するための舎だ。宮廷における司法をつかさどる官署は刑部、御史台、大理寺で、職事官が所属する尚書省は刑部を統轄する省だ。なお、獄舎の管理は大理寺が担当している。
「人が虎になる――巷ではそんな噂が囁かれているそうだ」
白澤の書を検索する。だが、聴いたことのない病例だ。酷く胸さわぎがする。
「都の民たちは一連の事件をおそれ、先帝の祟りか、はたまた雕皇帝の失政による禍かと疑っている。これでは民心が著しく乱れかねん。早急に対処せねば」
話しているうちに獄舎についた。
獄舎はひび割れた土壁に瓦という古い造りの建物で、獄吏という専属の役人が監視の眼を光らせていた。職事官は獄吏から許可を得て、なかに踏みこむ。慧玲も後に続いた。内部は小窓しかないため月が差さず、燈火がたかれていてもなお暗かった。
「加害者は一様に平旦を過ぎると理性を取りもどす。取りかえしのつかないことをしたと悔悟の念にたえず、自害するものまでいる。これから診察してもらう罪人も然りだ。彼は一昨晩に老いた実母、実父、妻、実子を惨殺した。その後は知人宅を襲い、一家を殺害。我にかえり血の海のなかで泣き崩れていたところ、捕吏に取り押さえられた」
獄舎の廊下を進む。格子がはめられた監房がならんでいた。なかには藁が敷かれているだけで、劣悪な環境だ。
ある監房の前で職事官が足をとめた。
而立(三十歳)程の男が収容されている。板のような枷を首にはめられて腕も縛られている。自害させないための拘束か。あまりに動かないので眠っているのかとおもったが、虚ろに目をあけていた。
「彼が患者ですか」
「正確にはまだ、患者かどうかは定かではない」
だからこそ、診察を依頼されたのだ。
職事官が拘束を解いたが、男はまったく動かなかった。絶望して、一切の気力を損なっているのがわかる。
「診察させていただきます」
本日よりカドコミにてコミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」第2期の連載が再開いたしました!
春の妃を取りまく歪んだ愛の事件からはじまり慧玲と鴆の毒と愛の絡みあう宿命のゆくえ等…是非ともお楽しみいただければ幸甚でございます。
小説版ですでにお読みになられた御方にも是非そ太郎様の神作画による、めくるめく毒と薬の世界観を堪能いただければとおもいます。
いよいよに愛と罪の男「卦狼」も登場しますよ。そ太郎様のおかげでめっちゃ格好いいです。
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つきましては今週から毎週木曜日に「小説家になろう」「カクヨム」にて連載を再開いたします!
小説版もよろしくお願いいたします!






