2‐78愚かな皇太子は本性を現す
ついに鴆の本領発揮です!
都の北東の端には城壁の跡がある。
かつては都のまわりには壁があり、敵兵の侵入を阻み続けていた。度重なる争いを経て壁は崩壊し、残っているのはここだけだ。城壁の跡は昼でも日が差さず、淀んだ風が吹いている。
ふたりの男が壁にもたれて密談をしていた。
「貿易は順調なようだな」
「虞家の本領ですから。ですが、昔のように商売ができるのは鯀様が便宜をはかってくださったお陰様です。有難きことにてございます」
ひとりは太博である鯀だ。もうひとりは南部の領地を統轄する虞だった。
「坤族だけではなく、海を越えて蜃からも大砲を購入したいとの御声が掛かっております。今は蜃の王室の監視を掻い潜る経路を捜しているところでして」
密輸であることは明らかだが、虞は稼げるのならば規制を破ることに躊躇はなかった。
「蜃もじきに分裂するであろう。噂によれば、領海条約の締結に不満を抱えるものたちが蜃の王室を転覆させようと謀っているとか」
「いやはや荒れて参りましたな。ですが、よろしいのですか?」
虞は声を落とす。
「火種を撒いている武器商人の私が申せることではありませんが、もっとも荒れるのは剋です。紛争が相つぐことになるやも」
「願ってもないことだ。戦争は儲かるからな。政に関心のない皇后と帳簿も読めぬ愚かな皇太子。官費はいくらでも持ちだせる。それを基金にすれば、国をも買える巨富を築くのも夢ではない――」
鯀が高笑いしかけたその時だ。
壁に身を潜めていた兵隊が突如として現れ、ふたりを取りかこんだ。兵隊を率いて、烟管を喫かしつつ悠々と進んできたのは紫の服を身にまとった男だ。
「ずいぶんと欲に汚れた夢だね」
「鴆――」
鴆を侮っていた鯀は青ざめて憮然となる。鴆は続けた。
「国の管理外で武器の生産および販売をすることは先帝の律令により禁じられている。武器の密貿易は即、売国とみなす――売国奴を捕縛せよ!」
鴆の号令に兵隊が動く。抵抗する隙も与えずに鯀と虞を取り押さえた。縛りあげられた鯀は地に膝をつき、悔しげに喚いた。
「貴様、愚かな振りをして謀ったのか!」
「そうだよ。騙されてくれてありがとう。お陰で宮廷の毒をひとつ絶てた」
鴆は紫煙を鯀に吹きかけて嘲笑する。
窮した鯀は鴆を睨んでいたが、何を思ったのか、くつくつと嗤いだした。ひとしきり嗤い続けてから、彼は黄ばんだ歯を剥きだしにする。
「この国は終わりだ。皇帝もいない、《《麒麟もいない》》、この国はじきに滅亡する。ならば、財を築いて早々に見限るのが最も賢い選択ではないか」
兵たちがどよめいた。鯀は兵等に恐怖と疑いを擦りこむように繰りかえす。
「私はこの眼でみた、麒麟の骸が後宮の貴宮に運ばれていく様をな」
「不敬だね」
鴆は落ちついていた。
「麒麟は死んでなどいない。元宵祭の晩に麒麟が哮えた。宮廷にいたものは聴いたはずだ。千里先まで徹るような祝福の声を」
鴆は肯定をもとめ、兵隊を振りかえる。兵のなかには確かにそれらしき声を聴いたものもいたのか、頭を垂れて諒とした。
鴆は考える。先帝が処刑され、誤った皇帝である雕皇帝が麒椅に君臨した時、麒麟は死に瀕した。あるいはその身は滅び、死に絶えただろう。だが魂は慧玲に宿り、復活する時を待ち続けている。
だが、だとすれば、あの祭りの晩に聴こえた咆哮はなんだったのか。
(解せないことはある。だが、確実なことはひとつだ)
鴆は揺るぎなく声を張りあげる。
「麒麟はいる」
それは皇帝となるべきものがいるという証にほかならない。
誇り高き姑娘の姿を思い描きながら、鴆は宣する。
「万毒を喰らう麒麟だよ」






