20 麒麟死す《回想》
御待たせ致しました!
連載再開です。ここから第二部が幕をあけます。
その晩、緑に燃える星が落ちた。
秋だった。
渾沌と称された皇帝が捕らえられた後、帝姫である慧玲と皇后は投獄を免除された。他ならぬ皇帝から暴行を受けて両者が負傷していたためだ。なによりも皇后には、反乱軍に抗い皇帝を助けようとする意がいっさいみられなかった。
今晩、先帝の死刑を執行するとの報せを受けたときも、皇后は取り乱すことなく神妙に肯った。それがあるべき帰結だというように。
その後皇帝の処刑を待たずして、皇后は毒盃を飲み、命を絶った。
慧玲に、ある真実を打ち明けて。
それは、黄泉まで秘すべき毒の華だった。真実を知ってしまった慧玲は絶望のなかで毒を飲んだ。だが幸か不幸か、彼女は死ねなかった。
幼い頃から毒殺の危険にさらされては解毒を繰りかえしてきたせいか、毒のまわりが異様に鈍かったのだ。
哀しいのか、怨めしいのか。
混濁する意識のなかでは、解らなかった。
ただ、帝に逢わなければならないとおもった。
慧玲は宮廷の処刑場にむかって、黄昏の竹林を歩きだした。陰った雲は青みがかって重く垂れさがっていた。何処までも昏いばかりの夕だった。
次第に季節はずれの雪が舞いはじめた。慧玲は雪に凍てついた笹を踏み、裸足で進み続ける。時に転びそうになりながら。
暮れふさがる白銀のなかで彼女は、現実とは想えぬものに会った。
龍を想わせる有角の頭に鱗に覆われた鹿の身。
麒麟――だ。
麒麟は蹄のある六脚を投げだして、静かに横たわっていた。鬣のある頚をぐったりと項垂れ、呼吸は細っている。光を帯びた青銅色の鱗は無残に剥がれ、水銀のような清らかな血潮があふれだしていた。
言葉を絶するほどに美しく、惨たらしかった。
まもなく息絶えるのだとわかった。
麒麟は国の護神だ。皇帝にふさわしき者が政を為すとき、麒麟はそれを助け、陰陽の統制をはかるという。
「……父様」
何処からか、処刑斧の響きが聴こえた。
処刑場までは遠い。人の耳に聴こえるはずがなかった。想わず振り仰げば、星の群が燃えながら天を裂き、落ちていくところだった。
麒麟は最後に哀しげな声をあげ、死に絶えた。
慧玲は同時に父帝の死を理解して崩れ落ちる。間にあわなかったのだ。凍てつく涙が頬にひと筋、こぼれた。
想わず麒麟の亡骸に触れる。そのとき、何かが彼女の身に侵蝕ってきた。肋骨を披き、心の臓に根を張るように。
想いかえせば、あれが慧玲という姑娘にとっての終端であり。
すべての始まりだったのだ。