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2‐76 女の武器と男の毒

「ほんとに男ってバカ」


 アイは夏の季宮ときみやで高笑いしていた。

 ときめぐりの茶葉に混ぜて、不妊になる毒を撒き散らしたところまではよかった。

 緩やかに身を蝕む毒ならば、毒味されてもばれることはない。妊娠できない身になってから絶望すればいいとおもっていた。誤算だったのは毒疫どくえきが重なってきたことだ。


すがりついて一晩抱かせてやったら、死刑になるってわかっててかばってくれるんだもの。ちょろいわよねぇ」


 最後まではできないくせに若い姑娘おんなのからだにしがみついて、涙まで流す様は惨めで笑えた。

 男は愚かで操りやすい。宦官たちはすでにあいとりこになっていて、横領までしてユゥ家の領地に多額の金銭を振りこんでくれる。


 あとは皇太子を落とせば、完璧だ。


 借金のことを話して哀れな姑娘をよそおい、情に訴えかけた。男は可哀想な姑娘おんなが好きだ。俺が助けてやらないと。そう想わせれば、大抵の男は落ちる。皇太子は顔がいい割にうぶなのか、接吻くちづけを拒まれてしまったが、今度こそは唇を奪ってやる。


 父親からは「領地の貧窮は一族の恥だ。他言するな」と釘を刺されていた。だが、蝗害こうがいに見舞われても、見栄を張って豊かなふりを続けた結果、借金ばかりが膨らむことになった。

 誇りなんかは、一銭にもならない。


 アイは青銅の鏡を取りだす。嘘泣きとはいえ涙をながしたので、化粧が崩れていた。胡粉ごふんをはたいて、唇に紅を施す。


「うん、やっぱり、あたしは誰よりもきれいだわ」


 美貌。豊潤な肢体からだ

 涙から笑顔まで、全部が女の武器だった。


 これが女のたたかいかただ。

 誰にも文句は言わせない。


「なんだって私の想いどおりよ。これからだってそう。奪ってやるの。私を苦しめてきた男たちから、もっと、もっともっと、もっと」


 鏡にむかって、アイは呪詛のように繰りかえす。

 身支度を終えたころになって、房室を尋ねてきたものがいた。以前から愛に骨抜きとなっている、上級の宦官だ。


「お茶はいかがですか? 愛様のお好きな花茶を淹れて参りました」


「あら、嬉しい。ちょうど飲みたかったの」


 愛は差しだされた茶を飲みながら宦官を側に招き、裾をまくりあげて脚を差しだす。


「ほら、いつもみたいに舐めなさい」


 彼に脚を舐めさせるのが、愛の娯楽のひとつだった。しばらく遊びにふけっていたが、接吻を終えたあたりで強い眩暈がした。


 身が傾いて、愛は倚子から転落する。


「なに、これ……どうなって、るの」


 呂律がまわらない。飲みくだせないほどの唾があふれてきた。

 涙もとまらない。変だ。


「た、たす、けて」


 腕を伸ばすが、宦官は愛を助けるどころか、蟲でもみるような眼で睨みつけてきた。


「馬鹿な女は扱いやすかったが、もうだめだな。食医がお前を疑ってる。毒だけならばともかく、横領がばれたらたまったもんじゃない」


「なにを、いって」


「お前は用済みだってことだよ。股をひらくだけの無能な女め。毒なんかばら撒かなければ、こんなふうに殺されずに済んだのにな」


 身体が痺れて動けない。宦官と遊んでいる時は念のため、人払いをしてある。声が聴こえても入室するなといっておいたので、悲鳴をあげても助けはこない。愛は絶望のなかで意識を落とした。


 

       ◇

 


アイ様ですか、あの……いまはちょっと」


「お逢いになれないとおもいます、ねぇ」


「そうそう、入室するなと仰せつかっているので」


 ヂェンから話を聴いた慧玲フェイリンは、愛の身を案じて夏の季宮ときみやにきていた。

 だが、女官たちの態度は煮え切らなかった。慧玲はため息をつき「それでは知らないうちに私があがりこんでいたということにしてください」と女官たちを振り切って廻廊を進む。

 今しがた聴いたヂェンの言葉を頭のなかで復唱する。


ユゥアイが後宮に嫁ぐまえから、宦官による横領はあった。だが、この頃になって過剰になってきている。莫大な額だよ。経理にたずさわる上級宦官が横領を黙認しているとしか考えられない。ユゥ家と上級宦官が結託した危険がある。虞家は先々帝のころに武器商人から昇進した氏族だ。先帝が無差別な武器の販売を禁じて、その後は衰退したけれどね。思いあたることはないか――」


 そう尋ねられて、慧玲フェイリンは瞬時に理解した。

 クン族だ。彼らは新しい鎧を身につけ大砲まで持っていた。あれはすべて虞家から販売された物に違いない。

 鴆は貿易を強化したが、武器や兵器の販売は規制した。紛争、反乱、ともすれば戦争まで誘発する危険があるためだ。ユゥ家はこの規律を破り、横領を基金として武器を生産して、利潤だけを考えて武器をばらまいているのだ。


「毒茶の事件が表ざたになれば横領の事件にも捜査が入る。敵はそのまえに愛を処分するはずだ。僕だったらそうするね。散々宦官を弄んできたんだ。なにかあっても痴情の縺れとしか想われない――」


 愛は毒疫どくえきをばら撒き、横領をした毒婦だ。だが、暗殺されそうになっているものを放ってはおけない。


「愛妃!」


 夏の季妃きひ房室へやに飛びこむ。


 アイが倒れていた。

 遅かったか。慧玲は愛にかけ寄って声をかける。

 愛は涎を垂らして白眼を剥いていたが、微かに声を洩らした。死んではいない。脚や腕が微かにけいれんしている。

 脈を確める。頻脈。毒物か。


 茶卓には飲みかけの茶が残っていた。毒を確認する。香の強い茶なのでごまかされているが、微かにキノコの臭いがした。紅天狗茸ベニテングダケか。赤に白い斑のかさを持つこの毒茸は誤食する程度では中毒死する危険は低い。だがこれは暗殺のために毒が強化されていた。

 幸いなことにまだ息がある、薬をのめれば解毒できるはずだ。


「かならず助けます」


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