2‐72嵐の後の朝焼け
本日カドコミにてコミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」の最新話が更新されました。
藍星が裏切り、慧玲に剣をむける。だがその裏には悲しき怨嗟の毒があり――慧玲は藍星の毒を絶てるのか!
そ太郎様の神作画はもちろん、そ太郎様独自の解釈でなぜ藍星が虫キライになったのかを解き明かしてくれていて、原作担当夢見里は感激しました。ぜひともご一読ください。
カドコミ▼
https://comic-walker.com/detail/KC_005185_S/episodes/KC_0051850001100011_E?episodeType=first
ということで、木曜日ですが、更新いたしました!
もちろん明日金曜日も予定通り更新しますので、よろしくお願いいたします!
朝には、嵐が過ぎた。
雲をうす紫にそめて朝日が遥かな峰から顔を覗かせた。濡れた青の朝焼けだ。
劉を残して逃げきった慧玲たちは、峠で劉の帰還を待っていた。だが、待てども馬の嘶きが聴こえてくることはなかった。
「日が昇った。諦めろ」
無情に徹して卦狼がうながす。
「あとちょっとだけ、待ちます」
「だめだ。賊が追いかけてきたらどうする。お前が捕まったら、命懸けで退路をひらいたあいつが浮かばれねェぞ」
卦狼の声は低くかすれていた。彼だって、劉が死んだとは想いたくないのだ。だが、諦めて進まなければならない刻限がせまっていた。
「ですが」
食いさがり、坂道に視線をむけた慧玲が「あっ」と声をあげた。
ふらつきながら坂をおりてきたものがいた。真後ろから差す旭光で影になっていたが、あれが誰か、見紛うはずもない。
「劉様――――」
慧玲は馬から飛びおりて、かけ寄っていった。
ふたりがまだ峠で待ち続けているとは想像だにしていなかったのか、劉が動きをとめて「あれ」と間の抜けた声を洩らした。
「勝って、くださったのですね、劉様」
劉は血潮でずぶ濡れになっていた。編みあげた髪はほどけ、かすり傷だらけの頬に張りついている。絹で織られた服は破れて酷い有様だ。だが、彼は慧玲の言葉に口の端を持ちあげ、笑いかけてきた。
「俺、格好よかったですかね?」
慧玲はちから強く、微笑みかえす。
「……ええ」
後から歩み寄ってきた卦狼が遠慮もなく、とんと劉の背をたたいた。
「みなおしたよ、坊ちゃん」
ふたりの言葉を聴き、劉は嬉しそうにはにかんだ。いっきに緊張が解けたのか、気絶する。卦狼がすかさず、彼を支えて肩を抱いた。
「劉様っ」
「息はある。疲れただけだろ。こいつは俺の馬に乗せる」
朝日に擁かれて馬が嘶き、風を切って走りだした。馬の蹄が水たまりを蹴る。朝の光を映して、きらめくしぶきが舞いあがった。
卦狼は先を進む慧玲の背を眺めて、細く息をつく。
「薬、か」
薬というものは単純に毒を絶つだけではない。もとからそのものに備わっているちからをひきだすのもまた、薬の役割だ。
「あいつが皇帝だったら」
毒師の一族を捨てるのではなく、一族の毒ごと薬と転ずることもできたたろうか。柄でもなく、過ぎたことを考えてしまったみずからにあきれて、卦狼は微かに苦笑した。
◇
「けほっ」
藍星がひとつ、咳をした。
後宮では藍星が離舎の掃除をしていた。朝から晩まで続いていた咳はずいぶんと減って、毒疫の花も時々しか喀きださなくなってきた。慧玲の薬膳を日頃から食べていたお陰で、解毒薬がなくとも毒疫が癒えてきていた。健全な人の身は中庸を維持するようになっている。自浄の一環だ。
「これが未病を治すということなんですね、慧玲様」
危険な地域に出張している慧玲に想いを馳せる。
いまできることをしようと離舎の棚をならべかえていたところ、毒疫のもとになった季めぐりの茶葉が残っていた。藍星が持ってきたものだ。
「蝗の茶だったのかあ、これ。想いだすだけで、げぇぇってなっちゃう」
藍星はあらためて茶葉を白い紙に取りだす。どぎつい赤の粉は毒蝗をすりつぶしたものだ。残りは茶葉だが、妙なものがまざっていた。橙いろの植物の実を乾燥させたようなもので、離舎の生薬の棚でみかけたことがある。
「確か、酸漿……でもなんで、こんなものが」
首を傾げて藍星は書庫室から借りた文献を取りだす。
「酸漿は……黄疸にもちいるが、堕胎薬になるため妊婦には禁。避妊にも効能があるので、娼妓が服した……?」
蝗も含めて共喰いする蟲は妊婦には毒となると教わった。だとすれば、この茶葉は敢えて、妊婦に毒となるものを組みあわせている。これはどういうことだろうか。
「あ、あわわっ」
窓から風が吹きこみ、紙に乗っていた茶葉を舞いあげた。藍星は慌てて紙をおさえたが、毒の茶葉がまき散らされる。
藍星が「あちゃあ」と声を洩らした。また、掃除だ。






