2‐66天毒地毒の塩湖と防火の薬
本日カドコミにてコミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」の最新話が更新されました。皆様のお待ちかね、カレー回となっています。
藍星大活躍、久し振りに鴆も登場し、そ太郎様の神作画が唸っています。ほんとうに素敵なので、是非ともご一読いただければ幸いです!(お願いします……!)
カドコミ▼
https://comic-walker.com/detail/KC_005185_S/episodes/KC_0051850001100011_E?episodeType=first
ということで、木曜日ですが、更新します!
もちろん明日金曜日も予定通り更新しますので、よろしくお願いいたします!
「塩湖かあ。洞窟を進んでいけば、塩湖につながる路もないことはない、けどなあ」
洞窟を経由して、山脈の中程にある塩湖までいけないかと尋ねたところ、巽巽は表情を曇らせた。
「塩湖は火の毒には汚染されなかった。遠くから眺めただけだけど、湖の水はまだ青く透きとおっていたよ」
「塩が火を制したんですね」
「でも塩湖地帯は山峡にある風の通り道だから毒の灰がたまってて、近寄ったら一瞬で全身が燃えあがっちゃうだろうね。畢方の肉が必要なんだったら、畢方が塩湖を離れた時に射落とせばいいけど。卵は塩湖で産むからなあ」
「洞窟の路を教えていただけませんか」
「だめだめ、危険すぎるよ」
巽巽はぶんぶんと頭を振った。族長も巽巽と同意見らしい。
「恩人の姑娘をみすみす死地に逝かせるようなことはできませぬ」
だが慧玲は揺るがなかった。
「いえ、それでもむかいます。私は白澤ですから。薬のため、患者のためならば、いかなる毒でも踏み越えます」
孔雀の笄からさがった水琴鈴が凛と鳴る。
「ほんとうに、お母様と瓜ふたつですな。わかりました。巽巽、明朝になったら案内して差しあげなさい」
「ええっ、でも」
巽巽は戸惑っていたが、族長は慧玲の強い決意を察して制められないと悟ったのだろう。族長は盲いた眼を微かにあける。山脈の湖を想わせる青が覗いた。
「この地は今、天毒地毒に蝕まれております。毒を絶つのは白澤の一族をおいて、ほかにはおられません。どうか、生きてお還りくださいませ、白澤様」
…………
動物の骨で造られた楽器が賑やかに鳴る。
祭に歌がかかせないのは後宮でも異民族の集落でも変わらない。日が落ちて、气族たちは歓迎の宴を催してくれた。
乳酪、小麦麺を脂で炒めた物、鹿の燻製、馬乳酒。集落のありったけのご馳走を振る舞われ、腹が満たされて眠たくなったころ、幕包に通される。菱格子に組みあげられた木材の骨格に布を張って造られた家だ。質素だが、意外にも頑丈そうだ。
これまでだったら、劉は確実に「狭い」「きたない」「家畜臭い」と不満を垂らしていたはずだが、旅の経験が過酷すぎたせいか「壁がある!」「屋頂がある!」と感激して「白澤様々ですよ」とはしゃいでいた。
「それで、どうやって畢方の巣を捜すかだが、考えてあるのか? やみくもに塩湖を捜すのは時間が掛かりすぎるだろう」
卦狼に話を振られて、慧玲がいう。
「ちょうど、卦狼様にお願いがあったのです」
畢方は群れるが、縄張り意識が強く、火をみると同じ群の仲間かどうかを確かめるためにいっせいに巣を飛びたち寄ってくる習性がある。
「鳥を模して火を飛ばす――そのようなことはできますか」
「金属を布に織りこんで燃えつきにくい凧を造り、火をつけて飛ばせばいい。まかせろよ、俺の得意分野だ」
卦狼は錬丹術を得意とする毒師だ。彼に依頼すればなんとかなるのではとおもってはいたが、実に頼もしい。助かった。
「ですが、塩湖まで進むには地毒に汚染された地を踏むことになります。私には地毒が効きません。よってここからは私だけで進みます」
毒の灰は吸いこむだけでも毒疫にかかる危険をともなう。現実に昨年の夏にはこの毒の灰を盛られた皇后が火の毒疫となった。
「地毒が効かないだと? 白澤の一族ってのはそういうものなのか?」
「私だけです。理由は解明できていませんが、確実なことはひとつ。地毒がこの身を蝕むことはないということです」
「便利ですねぇ。だったらお言葉にあまえて、俺たちは集落に残らせて――」
「いや、ぎりぎりまではついていく。どんな危険があるか、わからねェからな。ここまできて、食医が塩湖から帰ってこなかったら取りかえしがつかん」
卦狼はきっぱりと言い張った。慧玲は「危険です。命を賭けることになります」と繰りかえしたが、卦狼は喰いさがる。
「媛さんの薬だ。命くらい賭けるさ」
慧玲は「わかりました」と苦笑して、綿に包まれた茶葉のような薬を渡す。知母、石膏、黄連、山梔子、黄柏に加えて、燃えない果実である鰐梨、水虎の津液を混ぜた防火の薬だ。いざという事態を考えて、後宮から持ってきた。これを布に挿んで口もとを覆えば、気管や肺から火毒に害されることは避けられる。
「結局、塩湖まで一緒にいくんですね……やだなぁ」
「お前は別に待っててもいいんだぜ、坊ちゃん」
「いやいやいや、いきますよ。いきますけど――うん、だったらなおのこと、きちんと睡眠を取っておきますねっ」
劉は枕の支度をしてぽんっと身を横たえ、それきり慧玲たちに背をむけた。
毒がおそろしいのだろうか。そこまで考えかけて、慧玲は頭を振った。
毒はもともと、おそろしいものなのだ。命あるかぎり、毒にたいして恐怖を抱くのは本能だ。抗えるものではなく、抗ってよいものでもない。慧玲はとうに本能が壊れている。いや、毒されているとでもいうべきか。
劉はまともだ。それなのに、異様な旅につきあわせて、無理をさせてしまっているのではないか。
「ごめんなさい、その」
言葉をかけようとしたが、卦狼が首を横に振って「こんなのに構うな」とばかりに制してきた。
慧玲は唇をかみ締め、劉からそっと離れる。彼女が遠ざかってから、劉は枕に顔を埋めてぽつりとつぶやいた。
「なんで、そろいもそろって、かんたんに命なんか賭けて頑張れるんだよ……ほんと、わけわかんねぇよなあ」






