2‐58毒のもとは絶えず《人》
宮廷の書庫室には官費の重要な帳簿が保管されている。
書庫室に入室するには管理者に許可を申請する必要があり、制限を受けないのは一部の官職だけだ。皇太子である鴆は官職を持たない身ながら書庫室に入室できる。官吏たちは部外者である鴆が書庫室に踏みいることを警戒していた。だが教養のない愚かな皇太子の振りに徹することで、警戒を解かせた。
まわりの眼を欺きつつ、鴆は秘密裏に横領の調査を進めていた。
左丞相は民の収めた税金で私腹を肥やしていたが、権力を握った輩が考えることは大差ない。左丞相が死んでもほかのものが私欲のために民を喰い物にする。宮廷とはそういうところだ。
(ああ、ここだね)
どう考えても、計算のあわない項がある。そこだけならば誤差の範疇だが、ひとつふたつではなく、あわせれば莫大な金額が動いている。
「皇太子様、いやはや、こちらにおられましたか」
背後から声をかけられて、振りかえる。
九卿太博である鯀がいた。宦官でありながら、政の実権を掌握している有能な男だ。彼は白髪のまざった頭をさげて、鴆に媚びへつらう。
「勉強熱心で素晴らしいですな。いまは亡き皇帝陛下もたいそうお喜びでしょう」
「どうかな。勉学に励んではいるが、幼少期から宮廷で正統な教育を受けていない身にとっては難しいことばかりだ。われながら情けないよ。みなには迷惑をかけているね」
てきとうにごまかしながら、鴆は思考をめぐらせる。
官費を動かせるものはかぎられている。だが、帳簿を書き換えられるものはいくらでもいるのが現実だ。書庫室への入室は確かに制限されているが、裏がえせば申請さえすれば誰でも入室できるということだ。そして経理という面倒な役割を宦官に押しつけ、楽をしようとする官吏も後を絶たない。
強欲、怠惰、無知。怨嗟ほどには強くはないが、総じて人の持つ毒だ。
(宮廷は人間の毒に毒されている)
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