2‐57花喀きの毒疫
青はたちまちに曇った。
日のあたらない北窓の部屋で李紗は項垂れて倚子の背にもたれていた。強張った指で布を握り締めている。髪を結いあげず、紅も差していないその姿は、花器に挿されてしおれた野花を想わせた。
「食医です、診察に参りました」
声をかければ、李紗が緩やかに振りむいた。
「ああ、きて、くださったのですね。ありがとうございます。今朝から胸がもやもやとして、花が……けほっ」
最後まで言葉にならず、咳がこみあげてきた。
李紗は咳と一緒にあるものを喀きだす。莟だ。緑がかった細い莟が、拡げられた布にほたほたと落ちた。
こぼれるなり、莟の群はうす紅の花を咲かせた。
「毒疫なんだな?」
卦狼が尋ねてきた。慧玲は首を縦に振る。
「残念ながら、毒疫です」
いかなる毒疫かを解くため、まずは脈診をする。頻脈だ。血管が異常に収縮している。
続けては腹診、触診だが、慧玲は先に眼を診察した。瞳孔が異様に拡大していた。
「散瞳ですね」
「つうことは植物の毒か」
診察をみていた卦狼が呻る。彼の推察どおり、散瞳は走野老を始めとした有毒植物を服した患者に起きる現象だ。
「木の毒です」
聴診する。呼吸が浅い。肺が荒れて気管支が狭くなっているのだ。
「肌も荒れておられますね」
「それは……は、恥ずかしいです」
李紗は戸惑いを滲ませたが、慧玲は真剣に続けた。
「白澤の書においては、肺の華は肌と申します。肺が荒れると、肌から潤いが損なわれていきます。肌を診れば、肺の損傷もわかるというほどです」
木毒はおもに肝を害する。木を制する金の特性を持つ肺にまで木毒の影響が拡がってきているということは、金を侮るほどに木の毒が強くなっている証拠だ。
また、李紗が咳こんだ。あふれてきた涙もまた、花と咲き綻ぶ。
毒を解く手掛かりとなるのはこの花だ。
花の軸は細く先端が星型に拡がっている。喇叭に似たかたちだ。
慧玲は頭のなかにある白澤の書を解いた。白澤の叡智は特殊なものだ。口承でありながら、ありとあらゆる植物のかたち、香、味、どのような毒を持ち薬になるのかまで正確に記録され、継承されている。
「葉煙草の花ですね」
強い毒を持つ植物だ。後宮にはないが、大陸の各地で嗜好物として栽培されている。有毒植物に地毒が絡んで、さらにやっかいな毒となっている。
「葉煙草に花が咲くのか」
「花の咲かぬ植物はありませんよ。ただ、栽培時は花が栄養を吸って葉の生育を後らせるため、花が綻びだすと摘んでしまいます。見掛けることは稀です」
「だがなんで、媛さんに葉煙草の毒が」
「失礼ながら、卦狼様は日頃から煙草を喫われたりは」
「いや、喫わねェな」
鴆は愛煙家だが、あの葉には本物の煙草は含まれていない。後宮には煙草を喫うものはそうそういないだろう。
「すみませんっ、後れました」
藍星がきた。藍星は冬宮の患者の診察をしてから、雪梅の宮で慧玲と落ちあうことになっていた。だが慧玲が急遽、李紗の宮に移動したため、後から追いかけてきたのだ。
李紗が咳きこみ花を喀いているのをみて、藍星はおどろいた様子で声をあげた。
「うわっ、李紗様もですか」
「どういうことですか」
「実は冬の宮でも、この花喀きの毒疫が……って、げほっ」
藍星が声をつまらせ、唐突に口を押さえる。
指のすきまからあふれてきたのは葉煙草の花だった。
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