2‐50皇后の懐妊
貴宮では春を終えても桜が咲き続けていた。
桜だけではない。梅が綻べば紅葉が錦を織りなし、紫陽花も青い莟を弾けさせている。裏がえせば、ここに春はない。
春夏秋冬が取りまく水晶宮では皇后である欣華が花を弄んでいた。
「皇后陛下、ご報告いたします。儒皓梟の処分が確定しました。約十二カ月間の謹慎処分です。調査隊には解散命令がくだり、今後廟の調査を続けることは不可能かと考えられます」
冬の宮の女官は報告を終え、低頭してさがる。続けて、後ろに控えていた秋の季宮の女官が袖を掲げながら前に進む。
「月静が意識を取りもどして証言を始めたことで事態の経緯が明確になってきています。月静は秋妃から辞退。宮廷官巫は事実上、廃止となりました」
「そう、お疲れ様」
欣華は微笑んで、ふたりを退室させた。
皇后の息が掛かったものはあらゆるところにいる。春宮、夏宮、秋宮、冬宮だけにかぎらず、宮廷の端々、果ては都にまであますところなく。彼等は絶えず、欣華の眼となり耳となり脚となっていた。
だから、欣華が知らないことは、ない。
飾りつぼには梅や萩と一緒に雪柳が寄せられていた。欣華は白い花の穂に皓梟を重ねているのか、哀れむように喋りかける。
「皓ちゃんは可哀想ね。欲張りで浅はかな宦官を調査隊に組み入れたばかりにこんなことになってしまって。石棺のなかに金塊があって、それが偶々地毒を帯びていた――なんて、都合のいい話があるはずがないのに、愚かよねぇ」
欣華は枝垂れた雪柳を握り締めて、ぐちゃぐちゃにもぎ砕いてしまった。大理石の床に名残雪のような残骸が散る。
「廟は妾の領域だもの。女の寝房を踏み荒らすようなことは許せないわよねぇ」
ついでに神様の声を真似て、愚かな秋妃にささやきかけてあげた。毒疫に蝕まれたものたちに薬をあげてはどうか。先の秋妃ならば、そうしたはずだと。
「そうしたら、宮廷官巫まで滅んでくれた。ふふ、ぜんぶ、妾の想ったとおりに踊ってくれて、なんていい姑娘たちなんでしょう」
現在の宮廷官巫は異能を持たないが、昔は有能なものがいて、ほんとうに天地神明の声を聴いていた。またいつ、そのようなものが現れないともかぎらない。危険なものは根から絶つにかぎる。
「さあ、これで舞台が整ったわ」
皇后は微笑んで、微かに膨らんだ胎をなでる。
…………
その朝は後宮に黄雀風が吹いた。
霖雨の訪れを予感させる風だ。
欣華皇后は宮廷侍医の診察を受けていた。侍医は脈を確かめて、感極まりつつ報告する。
「皇后さま、奇蹟です。ご懐妊なさっておられます――――」
程なくして、皇后の懐妊が公表された。
お読みいただき、ありがとうございました。
ここで七部は完結です。秋ごろには八部の連載を再開したいとおもっています。ちょうどここからメディアワークス文庫から出版されている「後宮食医の薬膳帖4」につながりますので「早く続きを読みたい」とおもってくださった御方がおられたら、ぜひとも「後宮食医の薬膳帖4」をチェックしていただけると嬉しいです。
ここまでご愛読いただきまして、重ね重ねになりますが御礼申しあげます。






