2‐34新たな毒の簪を贈る
桜が舞っていた。枝からは新たな芽吹きが始まっている。
騒擾のなかでは散り逝く桜を愛でるものはおらず、誰に惜しまれることもなく、春は終わろうとしていた。
議場を後にした慧玲は建物の陰から伸びてきた手に袖をひき寄せられた。抵抗する暇もなく、連れこまれる。
「ほんとうにどういうつもりなの、おまえ」
睨みかえせば、鴆が毒っぽく微笑んだ。
「可愛げがないね。こういう時くらい、姑娘らしく悲鳴とかあげてみせなよ」
「願いさげよ。おまえは可愛げのある姑娘なんてきらいなくせに」
「は、違いないね。僕は可愛げがなくて、可愛い姑娘が好きだからね、あんたみたいな」
振り払おうとした慧玲を鴆は壁に追いこむ。壁に腕をついて、慧玲を捕える。
「あれだけ大勢の官吏に糾弾されても、身を竦ませるどころか、凛と振る舞って奴等を圧倒するんだから、ほんとうにたまらないよ」
議場にいなかったのに、何処から聴いていたのか。あるいは盗聴するための蟲でもいるのだろうか。
「これを渡そうとおもってね」
鴆がある物を差しだしてきた。
「簪――――」
咲き誇る藤を模した簪だ。胡蝶に似た葩のひとつひとつが毒の結晶になっている。華やかで雅やか。視線を奪う意匠だ。慧玲ならば、まず、選ばない。だが悔しいほどに趣味がよく、典雅な風格が漂っていた。
「葩ごとに違う毒を練りこんである。これだったら必要な時に取りはずしても、気にならないはずだ」
鴆から前に贈られた簪は毒による飢えを鎮めるのに壊してしまった。とても残念で、未練があったのだ。でも、新たなものがほしいと頼むことはできずにいた。
思いも寄らなかった贈り物に鼓動が弾む。
「嬉しい。でも、ほんとうにもらっていいの」
「あんたのために造ったんだよ」
鴆は穏やかな微笑をこぼして、結いあげていた髪に挿してくれた。確かめるように触れると、たまゆらに風が葉を奏でるような韻がする。
「壊れたら、何度でも僕が造ってやるよ」
「ありがとう」
慧玲は硬い莟が綻ぶように微笑みかけた。
鴆が紫の双眸を緩める。瞬きを経て、慧玲はまた張りつめた真剣な眼差しになる。患者のもとにいかなければ。
鴆は彼女の決意を察して、身を退いた。
「いっておいで」
銀の髪をなびかせて、争いに赴くように踏みだす。勝つまでは振りかえらない。挿したばかりの簪が鼓舞するように韻を奏でた。
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こちら「後宮食医の薬膳帖3」以降、表紙の慧玲が挿しているものです。引き続き、楽しんでいただけますように。