表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/203

2‐29金毒解毒

 朗報が飛びこんできたのは翌朝のことだった。宮廷の庖房くりやを間借りして朝の薬膳を調えていたとき、官吏が息を乱して駈けてきた。


食医しょくい様、ご報告いたします。今晩から患者にできていた鉱物の塊がどんどん減っていき、朝起きたときには残らずなくなっていたとのことです。おそらくは解毒が終わったものかと」


 慧玲フェイリンはまな板から視線をあげ、喜びに緑眼を輝かせた。


「ほんとうですか! ただちに診察に参ります」


 朝餉の支度はちょうど終わったところだ。

 藍星ランシンを連れて、仮設病室に赴く。病室のある廻廊まできたところで患者たちが歓声をあげ、いっせいに飛びだしてきた。


「食医様」


 患者たちは一様に表情が明るく、始終つきまとっていた病の陰りは取りはらわれている。それだけでも、解毒を完遂できたのだとわかる。


「みな、すっかりとよくなりました」


「食医様のお陰です」


「信頼しておりました、かならず助けてくださると」


 患者たちは感極まって、かわるがわる慧玲の手を握り締め、御礼の言葉を述べた。随喜ずいきの涙を浮かべているものもいる。

 念のため、患者全員の診察をした。


「舌診、聞診、脈診、腹診、いずれも異常なしです」


 患者から歓声があがった。

 薬を調えるとき、この薬では解毒できないのではないかと敗北を疑ったことは一度たりともない。だが、薬が毒を絶つまで、患者が毒に敗けずに持ちこたえてくれるか。それだけは祈るほかにない。

 医師もまた、患者を信頼して、託しているのだ。


「よく毒に克ってくださいましたね、ありがとうございます」


 透きとおるような微笑を湛え、患者たちにむかって頭をさげた。


「そんな、頭をあげてください」


「食医様の薬膳があったから乗り越えられました。毎食、毎食がどれほど楽しみだったことか。解毒の薬だというばかりではなく、心の支えをいただきました」


 後ろでは藍星ランシンが「そうでしょうそうでしょう」と言わんばかりに頷いている。


「ほんとうによかった……」


 いっきに緊張が弛んだのか、きんと耳鳴りがした。まわりの声が遠ざかる。続けて眩暈に見舞われ、視界がかすんだ。


 立ち続けていられず、慧玲は崩れおちる。


慧玲フェイリン様っ」


 藍星がかけ寄ってきた。

 だが、それよりさきに慧玲を後ろから抱きかかえたものがいた。毒々しい紫が、眼のなかに滲む。


ヂェン


「あんたはほんとうにどうしようもないな」


 ため息がひとつ、落ちてきた。

 なのに、たまらなく安堵した。魂ごと絡めとられて、毒の底に吸いこまれていくような奇妙な浮遊感。絶えず張りつめていたものが、突き崩されるようにほどけて、ふっと意識が遠ざかる。


「えっとですね、慧玲様はすっごくお疲れで、殆ど眠っておられなくて」


「だろうね」


 藍星が弁明しようと懸命に喋るのを遮って、鴆は慧玲を抱きあげる。事情を知らぬ患者たちは皇太子様が食医を抱いているというだけでも動揺していたのだが、鴆は慧玲の唇に接吻くちづけを落とした。


「!」


 藍星や患者たちは魂を抜かれたようになる。


「彼女は預かるよ」


 鴆は微笑んで、眠りに落ちた慧玲を連れていってしまった。

 藍星は理解が追いつかずにしばらく惚けていたが、鴆の背がすっかりと遠ざかってから、ぼんっと耳の端まで紅潮させた。


「い、いまのは……あ、愛……愛ですか、愛ですよね! はわわわわっ!」


 騒ぎながら、藍星がぐるぐると眼をまわしていたのはいうまでもない。

お読みいただき、ありがとうございます。

「後宮食医の薬膳帖3」発売いたしました。夢の続刊を果たせたのは皆様のお陰でございます。かなり力をいれて加筆修正いたしましたので、WEB版はもちろん、文庫版もご愛読いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ