2‐26蒲公英珈琲
背篭を負い、腕にも大きな篭を抱えて、慧玲、藍星が宮廷の廻廊を進む。
篭からあふれんばかりに採取された植物の根を眺めて、藍星は砂漠の狐みたいな悟りきった顔で息をついた。
「草だろうなぁとはおもっていたんですよ。でも想像していたより草だったというか」
空洞になった茎にギザギザとした葉。黄金の釦に似た花。
「そんなに意外でしたか?」
藍星が「だって」と篭の後ろからひょこんと頭を覗かせた。
「蒲公英ですよ! 薬草というか、雑草じゃないですか!」
「蒲公英です。異境で『苦痛を癒やす』と命名された由緒ある薬ですよ」
蒲公英は木の薬だ。胆汁を増やして胃の働きを促進するほか、血液を浄める薬能がある。赤ん坊に飲ませる乳がでない時は蒲公英をのむと昔から教えられたが、これは母乳も血液からできているためだ。
「まずは木の薬で土毒を絶ちます。内出血を軽減すれば金毒の進行を抑制できますから」
内出血の原因は脾虚で毛細血管が脆くなっていることに加えて、血が毒されてどろどろになっているところにもある。だから、蒲公英で血を浄めて血流を改善し、同時に脾を養うことで血管を強くするのだ。
「金毒はどうするんですか? 金には火を持って制す、ですよね」
「蒲公英は身体を冷やす薬ですが、胆を補い、血の循環をよくすることで、もとから身に備わっている火を助けます」
「あ、そっか。血管のなかを循環しているうちは、血液こそが火の要素でしたよね」
「その通りです。蒲公英の苦味がこの補火を如実に表していますね」
「茎を舐めたら苦いですものね……っとと」
草の根とはいっても、これだけあったら結構な重量だ。よたつきながら庖房まで運び終えた。桶に水を張って、蒲公英の根を浸ける。
「丹念に土を落としてから、竈をつかって乾燥させます。天日乾しでも構いませんが、時間が掛かってしまいますので」
「わわっ、こがさないようにしないと」
蒲公英の根の乾燥は藍星にまかせる。
慧玲は蒲公英の根に組みあわせるもうひとつの薬の調理に移る。つかうのは宮廷から預かってきた甘蔗だ。硬い茎を鉈で細かく刻んで、篭式圧搾器に掛けて搾り、あふれてきた甘い液体を濾過する。後は湯せんにかけて水気を蒸発させた。さめてかたまったら、黒糖のできあがりだ。
「慧玲様、こっち、終わりました」
「ありがとうございます、それでは蒲公英の根を焙煎しましょう」
焙じたあとは当帰、地黄、芍薬を少量ずつあわせて挽いた。
「最後に杜衡を」
杜衡は去痰薬、利尿薬だが、険阻な山岳地帯に根をおろした特殊な杜衡には瘤を取り除く効能がある。鉱物の塊も瘤の一種だ。
粉になった蒲公英を濾紙にいれ、湯を落として抽出する。
「お茶じゃないんですね。香ばしくていいにおいがします」
「蒲公英茶というのもありますが、この薬は異郷の珈琲を参考にしています」
珈琲は豆だが、蒲公英は根だ。根のほうがより土毒に強い木の薬となる。
味見した藍星が「苦っ」といって、しおしおになった。
「うう、苦いです、慧玲様」
「この苦味が旨みなんですよ。でも、飲みやすいほうが薬の効能もあがるので」
できあがったばかりの黒糖を落として、かき混ぜた。黒糖は血虚の薬だ。血を補い、脾胃を程よく温める効能がある。
「いかがでしょうか」
「わあ、こうなるとおいしいですね。まったりとしているといいますか、コクがあってこれはくせになる味わいだとおもいます」
挽き終わった蒲公英をみて、藍星が遠い眼をする。
「いやってほどに蒲公英をむしったのに、挽いたらこれっぽっちなんですね……」
「宮廷の女官に声をかけて、蒲公英の根をもっと収集してきてもらいましょう。いまはこれだけなので、重篤な患者に優先して処方しなければ」
盆に乗せ、患者のもとに薬を運ぶ。
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