2‐25最悪の組みあわせの毒
「……秋の季宮じゃないですよね?」
藍星が声を落として、耳打ちする。慧玲が苦笑した。
「だとすれば、宮廷ではなく後宮から患者が続出するでしょうね」
ひとつは新たに飾りはじめた調度品、備品に毒の黄金がつかわれていたという可能性だ。知らず、宮廷に毒を持ちこんでしまったのか。わざと毒を振りまくために紛れさせたかまではさだかでないが、疑うとすればまずそこだ。
「あるいは金塊から毒されたわけではない、という線も考えられます」
「え、どういうことですか」
「毒疫は感染しない。ですが拡大することはあります。この毒疫は末期になると金砂を残して、全身が崩壊します」
「なにそれ、怖い。え、崩れちゃうんですか、なんで」
前提として人体が鉱物化するのは身中にある金の要素が過剰になった結果だ。ならば、金の要素とはなにか。
血液だ。血液は循環しているうちは火の要素だが、脈外に流れでた段階で金に変換される。体内出血でも同様だ。
「脾は血液を管理する器官です。この脾が土毒で衰えたことで、血液が金毒と結びついて鉱物化が進んでいます。この鉱物が身のうちに循環する水によって細かく砕かれ、風化する。それがこの毒疫の経緯です」
「土毒と金毒が最悪の組みあわせになっているってことですね」
「患者の死後に残る砂を吸いこむと、毒疫に感染します。金は肺を侵すためです。現在の患者の拡大をみるかぎり、毒の砂の拡散によるものと考えるのが現実的かと」
慧玲を後宮から連れてきた官吏に声をかける。
「宮廷で失踪を遂げたものはいませんでしたか」
崩れて砂になる病死は失踪と誤解されやすい。砂からの中毒は侵蝕、風化は緩やかだが、金塊に触れたり何刻も側におき続けると一晩で死まで進む。
思いあたる事件があったのか、官吏は「実は」と声を潜めた。
「五日ほど前でしょうか。宦官の宿舎で集団失踪事件がありました。現場には服だけが残されていたとか」
「間違いありません。金毒による病死です。だとすれば、宿舎に金塊が隠されているかもしれません。金の毒を吸わないよう、注意しながら調べていただけますか」
「承知いたしました」
調査は官吏に任せて、慧玲は食医としての職務を果たす。
「宮廷の庖房を借りられるそうです。いきましょう、慧玲様!」
「ありがとうございます。ですが、ひとまずは後宮に帰ります。宮廷には薬種がありませんので」
廻廊から眺めてはいたが、宮廷の庭は砂を敷きつめられていて望みのものがなかった。
まずは土毒を絶つ。土を制するのは木だ。
それから、火を補って金の毒を解く。
「木は酸っぱくて火は辛味――じゃなかった、苦味ですよね。苦くて酸っぱい。そんな食材、ありますか」
藍星も勉強してきた知識をあてはめて考えていたのか、ぐるぐると眼をまわす。
「ありますよ、抜群の食材が」
孔雀の笄を風に遊ばせ、慧玲が振りかえりながら微笑む。
「摘みにいきましょう」
お読みいただき、ありがとうございます。
新たなる毒に適した食材とは!? ひき続き、お楽しみいただければ幸甚でございます。
さて、コミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」の第四話が更新されました。
いよいよに鴆が毒師だと判明する回になっており、殺し愛のキス回でもあります。これはもう、作者の性癖をぎゅぎゅっとつめこんだ部分なので、是非ともWEB小説読者様に読んでいただきたく……! なんなら全人類に読んでいただきたく……!
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