2‐24宮廷に金毒の禍
「食医、蔡慧玲が参りました。患者はどちらですか」
宮廷に呼ばれた慧玲はただちに患者のもとに赴いた。
宮廷で毒疫患者が続出している。そう連絡を受けたとき、慧玲は耳を疑った。
患者は念のため、宮廷の一室に集められていた。厚めの布を敷きつめただけの仮設病室では文官から武官、女官、宦官までもが身を寄せあい、病苦に喘いでいた。患者の数は現時点で五十名を超えている。
患者たちはそろって、躰の一部を異物に蝕まれていた。
まずは視診だ。
患者の病変部は縞模様のある白い鉱物の塊に覆われていた。縞瑪瑙にしてはざらついている。花崗岩だろうか。硬度の高い鉱物ではないことは確かだ。病変部は患者によって違いがあり、時が経つごとに侵蝕を続けているという。
昨秋、農民たちが見舞われていた金毒に酷似していた。
視診を続けていくと、ほかにも異常があった。
「……紫斑がありますね」
患者の脚や腕に紫がかった斑紋が散っている。
「これですか。どこかでぶつけたのかとおもって、とくに意識はしていなかったのですが、想いかえせばこれができてから、こんなことになったのかもしれない……」
武官らしき患者が心細げに語る。
紫斑とは内出血痕だ。通常は打撲や捻挫など外的衝撃、打撃で起こるものだが、毛細血管が脆くなっていると服が擦れる程度の刺激でも血管が破裂することがある。
「続けて舌診をさせていただきます。……唇の端が紫になり、舌の表が細かく割れていますね。これは脾虚の証です」
予想外だったのか、藍星が瞬きをする。
「脾が衰えてるってことですか。確か、胃を含めて脾だって教わったような。それでもって脾は土の臓ですよね。でも、病態を診るかぎりだと金毒かとおもったんですけど、違いましたか?」
「相違ありません。この毒疫は金毒です。ただ、強い土毒を帯びています」
様々な毒が絡みあい、もつれる。それが毒疫の難解さだ。
脾が衰えているとすれば、血管が脆くなっているのも頷けた。脾には統血という血液が血管から洩れださないように制御する働きがあるからだ。
「助けてください」
「躰が重い」
「痛くて痛くて、骨を砕かれているみたいで」
患者たちは口々に訴える。
「薬を調えます。お待ちください」
問題はこの鉱物がなにか、だ。毒のもとが解けなければ、解毒もできない。
最後の患者が帯を解いたときだった。服から細かな砂のようなものがこぼれた。
小麦ほどの顆だが、きらきらと瞬いている。秋の季宮で、いやというほどにみたので誤るはずがなかった。
「これって黄金、ですよね?」
解けた。
これは金鉱石だ。磅金鉱ともいう。
彼等は黄金に毒されているのだ。
「私たち、助かりますよね……」
理解を越えた毒疫をまえに患者たちは頭を抱え、震えあがっている。
「だいじょうぶですよ。かならず、解毒できます」
患者を落ちつかせてから、慧玲は一度退室する。患者のいる場で毒の話をすることは避けたかった。
廻廊の壁にもたれて、慧玲は頭のなかにある白澤の医書をほどく。
金毒の項には同様の事例が記録されていた。鉱脈から肥えた金塊を発掘した一族が金鉱石に蝕まれ、最後は風化して砂金になってしまった――という叙述だ。
「黄金が毒になるなんてこと、あるんですか?」
「もちろんです。そもそも地毒とは毒ではないものが、特定の状況で毒に転ずる事象を表します。その毒が人体の五行の働きに異常をもたらし、健康を害した時に毒疫となるのですから」
よって、金が毒になるのは地毒の理にかなっている。
「鉱脈で眠り続けた金は、まれに土毒を帯びることがあります。水や風にさらされることで毒はなくなるのですが、鉱脈から採掘されたものは毒が濾過されることなく人の手に渡ってしまいます」
だが、宮廷でなぜ、そんな毒が蔓延しているのか。
「……秋の季宮じゃないですよね?」
お読みいただき、ありがとうございます。
まもなく続刊の続報について発表できるとおもいます。いましばらくお待ちいただければ幸甚でございます。