表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

140/203

幕間 食医による茶のススメ

コミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」第二話が投稿されました!

原作担当夢見里龍からは特別SSを投稿させていただきます


 こぽこぽと茶がそそがれ、茉莉花の馥郁たるがあたりに漂った。はつ春の水亭は枝垂れ梅が映った水鏡が雅やかだ。

 しなやかな指が茶杯をつまむ。


雪梅シュエメイ妃は茉莉花茶モーリーファチャーがお好きですね」


 産後の経過を診たあと、慧玲フェイリンは雪梅から「偶には寄ってらっしゃい」と茶会に誘われた。午後の診察まで時間があったのもあって、一緒にお茶を飲むことになったのだ。


「昔から茉莉花茶を飲むと落ちつくのよ。香りがいいせいかしら」


 雪梅といえば、茉莉花茶、と連想するくらいだ。とくに毒疫に蝕まれていたころは女官の小鈴が懸念するほど飲んでいたらしい。


「仰るとおり、茉莉花茶には心を鎮める効能があります。美肌効果、脂肪を燃焼させむくみを取りのぞく効能もあるので、女人じょせいにとって嬉しいことばかりです」


「まあ、お茶にもそんなに素敵な効能があるのね。知らなかったわ」


「お茶はもともと薬でしたから。最古の薬物書にも「毒にあたるも茶によって解毒」と書かれているほどです」


「さすがは食医さまですね」


 給仕をしていた小鈴シャオリンが感心したように声をあげる。


「もしかして肩こりをやわらげるお茶などもあるのでしょうか。寒い日が続いているせいか、どうにもからだが硬くなってしまって」

 

「それでしたら、杜仲茶ドウヂョンチャをおすすめいたします。腎が衰えると冷えやむくみ、筋肉の強張りなどがあらわれることがあります。冬は腎虚じんきょに陥りやすい季節です。杜仲は腎を補い、からだを温め、筋をゆるめてくれる効能があります」


「それは心強いですね、ありがとうございます。さっそく飲んでみます」


 揉みほぐすのも一時的なこりの解消にはなるが、病のもとが改善されないかぎり、すぐにぶりかえしてしまう。

 

「あの、杜仲茶は腰痛にも効能があるのでしょうか」


 黄葉が尋ねてきた。黄葉は春の宮につかえる女官のなかではもっとも高齢で、なんでもこの頃、朝起きるときに腰が痛むのだという。


「腰痛のほかに眩暈、頭痛、神経痛などはありますか」


「このごろ、時々……」


「それでは岩茶ウーイエンチャは如何でしょう。岩場に根をおろした茶樹から採取された葉だけをつかった茶で、昔から仙薬とも称されました。躰の基礎から「温」に振る効能があるので、腰痛はもちろん万病に効くとされています。確か、離舎に在庫がありますので、今度御持ちいたしますね」


 ほかの女官たちもそれを聴いていて「私は風邪がなかなかよくならなくて」「月の物が重いんです」「寝つきが悪くて」といっせいに慧玲へと相談を持ちかけてきた。


「まったくもう、せっかく慧玲に憩いのひと時を、とおもったのに」


 雪梅が唇をとがらせる。


「ねえ、慧玲が好きなお茶はないの?」


「私ですか」


「お茶が薬になるのはわかったわ。でも、香りとか味とか、好きなお茶のひとつくらいないのかしら」


 患者に飲ませることばかりで、みずからが飲むことについては考えたこともなかった。よくよく考えれば、このごろ続いている不眠もお茶の効能でなんとかなるかもしれない。


「ありがとうございます。これから捜してみたいとおもいます」


 慧玲がそういうと雪梅が何故か、呆れたような顔をする。


「ほんとうにあなたという姑娘は……しっかりとしているとおもったら、ずれているというか」


 すっかりとさめてしまったので、給仕係の小鈴が茉莉花茶を淹れなおす。雪梅のため息に乗って、一段と華やかなが拡がった。


 …………

 ……

 

「わあ、茶葉ってこんなにたくさんあるんですね」


 つくえにならべられた茶葉の壺を眺めて、藍星ランシンが歓声をあげた。

 離舎に帰ってきた慧玲は倉に保管していた茶葉をひと通り、取りだしてきた。あざやかな緑の茶葉もあれば、時を重ねた古木を想わせるこげ茶の茶葉もあり、莟を乾燥させたものもあった。黄葉から依頼された岩茶もある。もちろん香りもそれぞれ違っていた。


「これでも茶葉の種類からすれば、ほんの一部です。薬に特化したものだけを集めていますから。ほかにも茶葉を組みあわせたり、乾燥させた葩や果実をまぜたら、そのひとだけのお茶を造ることもできますよ」


「これって、飲んでみてもいいんですか」


「お好きなものをどうぞ、飲み比べてみてくださいね。私も……私にあうお茶を捜してみようかとおもっていたので」


 藍星は眼を輝かせて、お湯を沸かしにいった。

 順に茶を淹れては香りや味わいを愛で、効能を語る。様々な茶葉があったが、藍星はあるお茶が一等気に入ったらしい。


「これ、蜂蜜みたいにあまくておいしいですねぇ」


「そちらは東方美人茶ドンファンメイレンチャですね」


「えっ、素敵ですね、飲んでるだけで美人になれそう」


 喜んでごくごくと飲み続けている。ごくごくを通り越してがぶ飲みだ。まあ、確かに美容によい効能はあるのだが。


「そのお茶はとても特殊な茶葉でして、収穫前に葉が虫にまれることで、独特な甘みがでるんですよ」


「……虫」


 虫嫌いの藍星がさあと青ざめる。


「む、虫そのものは、入ってないですよね?」


 これまで散々(セミ)抜殻ぬけがらやら土竜みみずやらを食べたり調理したりしてきたせいで、虫と聴いただけで最悪の事態を想像してしまったようだが――――


「それはだいじょうぶです。虫喰いになった茶葉、というだけですから」


「…………よかったあ、だったら問題ナシです!」


 ここにきたばかりの藍星だったら、それでも拒絶反応を起こしていただろう。


「ずいぶんとたくましくなりましたね」


「そりゃあ、もう。虫のふんでできたお茶ですよとか言われないかぎり、もうへっちゃらですから」


 じつは龍珠茶という茶葉を喰んだ蛾の幼虫の糞をつかった茶もあるのだが、慧玲はそれについては取り敢えず触れないことにした。


「慧玲様は好きそうなお茶、ありましたか」


「そうですね……」


 どれも素晴らしいお茶だと感じる。だが、好きなもの、といわれてもよくわからなかった。


 眠れないときにもっとも効能があるのは雪菊茶シュエジュチャか。


「これを」


「これですか、菊の香りがさわやかですよね」


 好みではなくけっきょくは効能で選んでしまった。慧玲様は菊の香りがお好きなんですねと明朗に笑う藍星にわずかだが、良心がちくりと傷んだ。別段嘘をついたわけではないのに。


 …………

 ……


 その晩から眠るまえに雪菊茶を飲むようになった。だが、どれだけ続けてもなかなか不眠が改善されることはなかった。

 夢を視たくないからだ。眠るのがこわいとおもって拒絶しているかぎり、どんな薬も効かない。

 

 慧玲は飲みかけの茶杯を臥榻しんだいの横において、ため息をついた。


 そのときだ。細い指がひょいと茶杯をつまんでさらっていった。鴆だ。いつのまにいたのか。相変わらず神出鬼没というか、なんというか。


「へえ、雪菊茶シュエジュチャか……それで? 眠れるようになったのかな」


 彼はこくりと茶を飲み、濡れた唇を微かに舐めた。

 それだけで雪菊茶だとわかる彼にもおどろいたが、小馬鹿にするように訊ねられて慧玲はむっとする。


「そうね、ちょっとずつは」


「あぁ、そう」


 顎をつかまれ、緑眼を覗きこまれる。


「嘘つき」


 咄嗟に言いかえすこともできず、慧玲が唇をかみ締めた。


「しかたがないね。僕が茶を淹れてあげようか」


「おまえ、お茶を淹れられるの?」


 鴆はやれやれとばかりにため息をついて、庖房くりやに吸いこまれていった。

 しばらく経って、鴆が盆に茶杯を乗せてきた。

 白磁の杯にそそがれた茶は、あざやかな紫いろをしている。すみれを煮たような。あるいは異境の伝承に綴られる毒竜の血潮を垂らしたような。


「どうぞ」


 飲まない、こともできた。

 だがかぐわしい香に惹かれ、唇を寄せる。蜂蜜のような癖のあるあまみが舌を蕩かせた。後口に微かな苦味が残るが、それが何故か心地いい。


「……おいしい」


 息と一緒に声が洩れた。躰はこの茶を欲していたのだと強烈に感じる。


「味がちょっとだけ甜茶に似ているけれど」


「さすがだね。甘茶アマチャといってね、特殊な紫陽花の葉をつかっているんだよ」


「……そう、毒なのね」


 紫陽花の葉には微量の毒がある。強い毒ではない。痺れも苦味もたいして感じなかった。ただ濃く淹れすぎると中毒を起こす。鴆が扱う特殊な紫陽花ならば、さらに強い毒があるだろう。


「は、いまさらだね。毒師の淹れる茶が毒じゃないはずがないだろう?」


 毒ではないもので、その身が満たされるはずがないだろう、と遠まわしに揶揄されているように感じて、微苦笑をかえす。

 きもちがほどけたのか、あれほどこなかった眠けが押し寄せてきた。


「ふ、なんだか眠たくなってきた」


「それはよかった」


 臥榻しんだいに腰掛けていた鴆にもたれかかって、重くなってきた瞼を降ろす。

 月はいつのまにか姿を晦ませ、青竹に縁取られた空には星ばかりが瞬いていた。ふわりと漂う茶のかおりにまざった烟管のにおいに身をゆだねる。


「ねえ、残っていたら、この茶葉をちょうだい」


「構わないけど、同じ毒は効かないはずだよ」


 鴆が意外そうにいった。


「いいの」


 効能などは関係なく好きなお茶――今頃になって、雪梅にいわれたことがうすぼんやりとわかってきた。


「好きな味なのよ」


 たとえ毒が効かなくなっても。

お読みいただき、ありがとうございました。楽しんでいただけたでしょうか?

再度、告知させていただきます。

コミカライズ版「後宮食医の薬膳帖」がドラドラふらっと♭にて好評連載中です! 麗しの作画は「そ太郎」様です。最新話の鴆がとにかくイケメンなので、ぜひともご覧ください!!


▽こちらからコミカライズをお読みいただけます。

ComicWalker

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_FS06204484010000_68

ニコニ静画

http://seiga.nicovideo.jp/comic/66406


「おもしろい」とおもっていただいたら、コミカライズ版にも感想コメント、お気にいり登録、Xにて感想を投稿などしていただければ、たいへん励みになります。今後とも「後宮食医の薬膳帖」をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 鴆の提供したお茶が慧玲ちゃんにピッタリ合ったのですね。 「好きな味なのよ」というセリフにドキドキしますね。本人を好きだと言ったわけではないのだけど、ほのめかされる意味がありそう、みたいな(…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ