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2‐15次期皇帝の毒

「それが、どうしたのかな」


 だが、ヂェンは動じず、淡々と続ける。


「皇帝というのは秤を持たなければならぬものだ。皇帝の秤とは重さではなく、真価を量るものでね。哀しむべくかな、その皿の上では万粒ばんりゅうの麦と琅玕ぎょくひとつは等しい重さにはならない」


 次期皇帝にふさわしい透徹した眼差しで、ヂェンは蜃王を見据える。


「何千何万の命よりも重い命はある。それを量るのが皇帝の秤だ」


 それは言葉どおり、民草たみぐさの命を引き換えても譲れぬ一線があるという意だが、それだけではなかった。


 慧玲という姑娘むすめには、シンと戦争するだけの重さがある――


 鴆は言外にそう宣った。


 女なんか貢物だ。領海がもらえるならば、安いものじゃないか――あれは侮辱だ。慧玲という姑娘を物として捉えることで、彼女の誇りを踏みにじり、尊厳を貶めている。それにたいする意趣がえしだ。


 柔順な微笑を絶やさず、ともすれば小胆だと想われるほどに控えめな態度を取り続けていたヂェンが、このような一石を投じるとは予想だにしてなかったのだろう。蜃王が絶句するなか、鴆はどこまでも静穏に、春風がそよぐような物腰で続ける。


「友好を結ぶのは果たして、どちらのためか。いま一度、考えなおしてはどうかな」


 静かな緊張を経て、蜃王が弾けるように嗤いだす。


「は……はははっ、皇帝が崩御して蜃におもねる臆病者になりさがったかとおもっていたが……」


 碧眼へきがんで鴆を睨みつける。


「とんでもない毒をもってやがる」


 睨みあいを経て、シン王が身を退いた。解放された慧玲フェイリンが戸惑いながら、鴆のもとに寄る。蜃王は倚子いすにかけなおして、脚を組んだ。


「貴公のいうとおりだ。この条約は蜃にこそ利するところがある。食物を安く輸入できるのも助かるが、大陸と友好を結べたことが最大の利だ。貴公のように底の知れぬ男がいるならば、よけいにな」


 だが、これを是としなかったものがいた。


「畏れながら、陛下」


 蜃の側近だ。彼らは一様に憤慨して、割りこんできた。


「領海条約は結ぶべきではありません」


「これだけ侮られて、唯々諾々(いいだくだく)とひきさがるおつもりですか。蜃の威信に賭けて条約は棄却するべきです」


「はあ、おまえらは、なにをみてたんだ」


 蜃王はあきれて髪を掻きあげつつ、ため息をついた。


ヂェン皇太子は一度たりとも、蜃を侮蔑するような態度は取っていない。……侮っていたのはこっちのほうだ」


 彼は恥じるように眉根をゆがめて、頭を振る。首飾りが喧しくぶつかりあった。


「それに――外政においてはどこまで譲るかではなく、なにを譲らないか、が要諦ようていだ。臆して、易々と一線を譲るやつは信頼できない。そんなやつは他から追いつめられたり揺さぶられたりした時、すぐに条約を破る」


 鴆は敢えて退かずに争いも辞さないとすることで、条約を結べば堅し、とも表したのだ。青竹のように風をまつろわせながら、嵐にも臆さぬさまをみせつけた。いまだって鴆は微笑するだけで、蜃王と側近たちの会話に触れることはない。


「剋は今後、シンにとって信頼のおける盟友となるだろう」


 蜃王が倒れた杯を掲げる。


 すかさず、慧玲は新たな葡萄酒をそそいだ。真紅の血を想わせる酒が、とぷりと満ちる。血盟けつめいにふさわしい色だ。


「この時をもって、条約は結ばれた。双国そうこくに変わらぬ繁栄を!」


 

 …………


 

 この晩の宴は朝まで続き、歌や舞が披露されて、蜃との協約が奏功したことを宮廷の端々にいたるまで知らしめることとなった。

お読みいただき、ありがとうございます。

「おもしろかった」「続きがさらにたのしみ」と感じてくださった読者様がおられたら、剋と蜃の条約締結を祝して「いいね」もしくは「お星さま」をいただければ、作者としてもたいへんに嬉しく励みになります。

続きは13日に投稿させていただきます。

今後ともお楽しみいただければ幸いです。

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