表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/203

2‐11薬としての誇りと気魄

「女の庖人りょうりにんなんかの命が、この俺とつりあうとでもおもっているのか? たいした慢心だな」


食医しょくいです」


 怒気を剥きだしに凄まれてなお、慧玲フェイリンは揺るぎのない眼差しを徹して、わずかたりとも臆することはなかった。


「そして、あなたさまは患者です」


「俺が患者だと?」


 シンおうは訳が解らないとばかりにかぶりを振り、慧玲フェイリンの喉に剣身けんしんを喰いこませていく。白い肌が破れ、血潮があふれだす。

 震えていた藍星ランシンが弾けるようにヂェンのもとにむかい、懇願する。


ヂェン様、どうか、慧玲様を助けてください。あれでは、ほんとうに殺されてしまいます。おふたりは想いあっておられるんですよねっ、だったら――」


「僕は、助けないよ」


 にべもなく、ヂェンは袖にすがりついてきた藍星ランシンの手を振りほどいた。


「なっ、なんで」


 酷薄こくはくな紫のをひずませ、鴆が微かにわらう。


「彼女は薬としてたたかっている。白澤はくたくの一族たる誇りを賭してね。そうであるかぎり、僕は彼女のために動くつもりはない」


「そんな……」


「それに」


 鴆の眼差しが一瞬だけ、やわらいだ。


「彼女は、あんなつまらない男に殺されはしないさ」


 喉に剣を突きつけられながら、慧玲は朗々と声を張りあげた。


「医のあるところに貴賤きせんなし。ただ、医師と患者がいるのみ――我が一族の教えです。私の調える食膳は《薬膳》です。毒とは相反するもの。どうぞ、薬をお楽しみください」


 緑眼りょくがんと、碧眼へきがんが睨みあう。

 医を語る姑娘むすめ気魄きはくされたのか、観念したように視線を逸らしたのはシンおうのほうだった。彼は剣を鞘に収め、倚子いすについた。


「箸を」


 側近は戸惑いつつ、王に箸を差しだす。

 臭みもなく旨みの風味だけを湛えた素湯スープを覗きこみ、蜃王がごくりと喉を動かした。ためらいを振りはらって、粉絲麺はるさめめんを啜りあげる。


「……うまい」


 想わずといったように言葉が、落ちた。


 弾むような食感の粉絲麺はるさめめんは鯛だしに程よく絡む。

 魚と帆立の素湯スープはあっさりとしていながら、絶妙なコクがある。鯛は炙って余分な脂を落としておいたうえ、最後に葱香脂ねぎこうゆを垂らしたので、品のよい余韻だけが残るはずだ。


 彼は鯛の素揚げに箸を伸ばす。


 だが、その箸がとまった。察するに、過去には揚げ物でも、発疹や喘鳴などがあらわれたことがあったのだろう。


「畏れながら、穀物に敏感な患者様には種子である胡麻ごまも有害となることがあります。なので、宮廷でおもにもちいられる胡麻から絞った油は避け、橄欖オリーブという実から抽出された油で揚げました。誓って、御身おんみさわることはございません」


「……わかったよ」


 腹をきめたように蜃王が素揚げを口に運ぶ。

 きれいに揚がった鯛は素湯スープに浸っていたにもかかわらず、歯をたてれば、さくっと心地のよい調べを奏でた。あわ雪のような白身が、顔をのぞかせる。やわらかな身がほどけると鯛の脂がじゅわっとあふれた。


「は……」


 シンおうがたまらずに笑いをもらす。


「これだよ、俺はこれが食いたかったんだ」


 宮廷の食は穀物、蔬菜そさいを始めとして、鴨、ぶたはと、鶏と陸の幸がほとんどで、魚介はうなぎ、鯉、ふななどの淡水魚だ。時々海の幸があっても、鱶鰭ふかひれあわび、海老など乾した物ばかりだ。


 この鯛もほんとうならば、乾物ひものにするつもりだったとか。

 海を離れ、遥々と宮廷にきた蜃王にとっては、欲してやまなかった故郷の味に違いない。持参して庭で焼いて食べていたとしても、せいぜい魚の乾物ひものか、乾肉ほしにくあたりだろう。

 かみ締めたあと、彼がぽつとこぼす。


「ここまで旨い鯛は、蜃でも食ったことがないな」


 あとは諸症状があらわれないかどうか、だが――


お読みいただき、御礼申し上げます。

「続きはどうなるのかな」「楽しみ」とおもってくださった読者様がおられたら、「ブクマ」にて本棚にお迎えいただければもれなく喜びの舞を踊ります。すでにお迎えくださっている読者様には感謝の歌をお届けいたします。

続きは29日に投稿させていただきます。引き続き、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ