表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/203

2‐9宮廷風鯛だし拉麺!?

いよいよグルメ回です。まだ調理段階ですが、おいしそうだとおもっていただければ嬉しいです。

 春の月はうるんでいる。

 後宮から宮廷に渡された橋のたもとで、慧玲フェイリンはまもなく満ちるかという月を眺めていた。ヂェンはそれから程なくして戻ってきた。


「貴女の推測どおりだよ。宮廷の庭で火を熾して調理をしていた痕跡があった。木製の串が落ちていたが、このあたりにはない植物でつくられていた。どう考えてもシンがつかった物だ」


 そもそも、宮廷の庭でたき火をしようなんて考えるような非常識なものはそういない。


「今晩の夕食は終わったの?」


「これからだよ」


 まだ日入にちにゅう(午後六時)を過ぎたばかりだ。


「私が調理する。宮廷の庖房くりやを借りても?」


「わかった。ほかに要るものはなにか、あるかな」


 慧玲フェイリンこうがいを挿しなおして、銀髪をひとつにまとめる。すでに緑眼りょくがんは、薬を扱うときの強い眼差しになっていた。


「鍋、まな板、庖丁、調理器具一式を新調して」


 ヂェンは一瞬だけ、不可解そうに眉根を寄せた。だが、彼女の推測が誤っているはずがないとおもったのか、すぐに了解する。


白澤はくたくの食をもって、蜃の鼻をあかしてくれ」


 

 …………


 

「よい鯛ですね」


 張りのある真っ赤な魚を、真新しいまな板に載せる。

 鯛の眼は玻璃ガラスたまを想わせるほどに透きとおり、赤い鱗が微かに紫や青の輝きを帯びていた。ふたつとも鮮度の証だ。


「まずは鱗落としをお願いできますか」


 慧玲は鍋に湯を沸かしつつ、側らにいた藍星ランシンに頼む。


「えっ、あっ、はい」


「どうかしましたか?」


「ち、違うんです、なんでもないですよ、あはは」


 先程から藍星の様子が変だ。

 動きが硬くて、かくついているというか。愛想笑いばかりしているというか。

 朝から無理をさせているせいだろうか。


「こんな時間帯から働かせてしまって、ごめんなさいね」


「そ、そんなそんなっ、とんでもないです。喜んで、働かせていただいていますから、お気遣いなさらないでください、へっへっ」


 どう考えても挙動不審だが、藍星は意外にも切替えがうまく、調理の補助はてきぱきとしていた。

 鱗を落とした鯛から鰓などを取りのぞき、さばいていく。かぶとはふたつに割った。塩を振り、しばらくしてから熱湯をかける。透きとおっていた身が微かに白濁する。これを鯛の霜降しもふりという。

 この処理をすることで、臭みが落ちる。


 本来は塩だけではなく酒も振りかけるのだが、敢えて酒はつかわなかった。


 ここから、さらに旨みをひきだす。

 網におき、直火であぶるのだ。


「うわあ、いいにおいがしてきましたね」


「こんがりと焼きめがついたら、煮だしましょう」


 さきに昆布でだしをとっておいた。あぶった鯛の頭、身、骨を残さず鍋にいれて、帆立ほたて香菇しいたけと一緒に煮だす。魚の旨みがたっぷりとあふれてきた。


「続けて、葱香脂ねぎこうゆをつくります」


 鶏皮とりかわを炒め、脂をだす。旨みのとけた濃厚な脂がとれたら鶏皮を取りだして、かわりに葱をいれて熱した鶏脂チーユで揚げる。程度にこげたら、葱は別途に取っておき、脂をした。黄金の葱香脂ができた。


「これを組みあわせるんですか?」


「そうですよ。いま、調えているのは拉麺ラーメンですからね、鯛だしだけではあっさりとしてすぎているので」


「わわっ、拉麺ですか!」


 藍星がきらんと瞳を輝かせる。


「ただし、麺はこちらをつかいます」


 慧玲が取りだしてきたのは細い乾麺かんめんだった。小麦粉を練って造る麺とはまるで異なる。


粉絲はるさめです」


 藍星が意外そうにする。


粉絲はるさめというと、緑豆リョクトウからつくる麺ですよね。確か、城壁を造っていた貧しい兵たちが食べ始めたのが発祥だとか。そんなに気難しい王様が、豆の麺なんか召しあがられるでしょうか」


「ご心配なく。豆だからこそ、食べてくださるはずです」


 慧玲は胸を張って微笑んだ。


「さて、そろそろ揚げ物の調理に移りましょうか」


 拉麺に後乗せするため、残しておいた鯛の身を揚げる。ただし、鍋には宮廷でおもにつかわれている胡麻油ごまあぶらではなく、離舎から持ってきた油をなみなみとそそいだ。


「黄緑がかっていて、きれいですね」


橄欖油オリーブオイルです。皮膚の解毒にもちいられ、肺、胃腸の乾燥を潤す薬です。貴重な物ですが、今晩はぜいたくにつかいましょう」


 揚げ物、素湯、麺が一緒にできあがるよう、調理時刻を考えながら動き続ける。茹であがった麺に透きとおった鯛の素湯スープをそそぎ、葱を散らして、からりと揚がった鯛を乗せた。


 最後に葱香脂ねぎこうゆを垂らす。


 宮廷料理と遜色のない品格ある拉麺ラーメンができあがった。


「調いました。熱いうちに運びましょう」

お読みいただき、ありがとうございます。

慧玲は何に気づいたのか。胡麻油ではなくオリーブ油をつかい、ふつうの麺ではなく春雨をつかった狙いとは? 続きは22日に投稿させていただきます。


いつも「いいね」「感想」「お星さま」「ブクマ」をいただき、とてもとても励みになっております。今後とも「後宮食医の薬膳帖」をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ