2‐9宮廷風鯛だし拉麺!?
いよいよグルメ回です。まだ調理段階ですが、おいしそうだとおもっていただければ嬉しいです。
春の月は潤んでいる。
後宮から宮廷に渡された橋のたもとで、慧玲はまもなく満ちるかという月を眺めていた。鴆はそれから程なくして戻ってきた。
「貴女の推測どおりだよ。宮廷の庭で火を熾して調理をしていた痕跡があった。木製の串が落ちていたが、このあたりにはない植物でつくられていた。どう考えても蜃がつかった物だ」
そもそも、宮廷の庭でたき火をしようなんて考えるような非常識なものはそういない。
「今晩の夕食は終わったの?」
「これからだよ」
まだ日入(午後六時)を過ぎたばかりだ。
「私が調理する。宮廷の庖房を借りても?」
「わかった。ほかに要るものはなにか、あるかな」
慧玲は笄を挿しなおして、銀髪をひとつにまとめる。すでに緑眼は、薬を扱うときの強い眼差しになっていた。
「鍋、まな板、庖丁、調理器具一式を新調して」
鴆は一瞬だけ、不可解そうに眉根を寄せた。だが、彼女の推測が誤っているはずがないとおもったのか、すぐに了解する。
「白澤の食をもって、蜃の鼻をあかしてくれ」
…………
「よい鯛ですね」
張りのある真っ赤な魚を、真新しいまな板に載せる。
鯛の眼は玻璃の珠を想わせるほどに透きとおり、赤い鱗が微かに紫や青の輝きを帯びていた。ふたつとも鮮度の証だ。
「まずは鱗落としをお願いできますか」
慧玲は鍋に湯を沸かしつつ、側らにいた藍星に頼む。
「えっ、あっ、はい」
「どうかしましたか?」
「ち、違うんです、なんでもないですよ、あはは」
先程から藍星の様子が変だ。
動きが硬くて、かくついているというか。愛想笑いばかりしているというか。
朝から無理をさせているせいだろうか。
「こんな時間帯から働かせてしまって、ごめんなさいね」
「そ、そんなそんなっ、とんでもないです。喜んで、働かせていただいていますから、お気遣いなさらないでください、へっへっ」
どう考えても挙動不審だが、藍星は意外にも切替えがうまく、調理の補助はてきぱきとしていた。
鱗を落とした鯛から鰓などを取りのぞき、さばいていく。頭はふたつに割った。塩を振り、しばらくしてから熱湯をかける。透きとおっていた身が微かに白濁する。これを鯛の霜降りという。
この処理をすることで、臭みが落ちる。
本来は塩だけではなく酒も振りかけるのだが、敢えて酒はつかわなかった。
ここから、さらに旨みをひきだす。
網におき、直火で炙るのだ。
「うわあ、いいにおいがしてきましたね」
「こんがりと焼きめがついたら、煮だしましょう」
さきに昆布でだしをとっておいた。炙った鯛の頭、身、骨を残さず鍋にいれて、乾し帆立、乾し香菇と一緒に煮だす。魚の旨みがたっぷりとあふれてきた。
「続けて、葱香脂をつくります」
鶏皮を炒め、脂をだす。旨みのとけた濃厚な脂がとれたら鶏皮を取りだして、かわりに葱をいれて熱した鶏脂で揚げる。程度にこげたら、葱は別途に取っておき、脂を濾した。黄金の葱香脂ができた。
「これを組みあわせるんですか?」
「そうですよ。いま、調えているのは拉麺ですからね、鯛だしだけではあっさりとしてすぎているので」
「わわっ、拉麺ですか!」
藍星がきらんと瞳を輝かせる。
「ただし、麺はこちらをつかいます」
慧玲が取りだしてきたのは細い乾麺だった。小麦粉を練って造る麺とはまるで異なる。
「粉絲です」
藍星が意外そうにする。
「粉絲というと、緑豆からつくる麺ですよね。確か、城壁を造っていた貧しい兵たちが食べ始めたのが発祥だとか。そんなに気難しい王様が、豆の麺なんか召しあがられるでしょうか」
「ご心配なく。豆だからこそ、食べてくださるはずです」
慧玲は胸を張って微笑んだ。
「さて、そろそろ揚げ物の調理に移りましょうか」
拉麺に後乗せするため、残しておいた鯛の身を揚げる。ただし、鍋には宮廷でおもにつかわれている胡麻油ではなく、離舎から持ってきた油をなみなみとそそいだ。
「黄緑がかっていて、きれいですね」
「橄欖油です。皮膚の解毒にもちいられ、肺、胃腸の乾燥を潤す薬です。貴重な物ですが、今晩はぜいたくにつかいましょう」
揚げ物、素湯、麺が一緒にできあがるよう、調理時刻を考えながら動き続ける。茹であがった麺に透きとおった鯛の素湯をそそぎ、葱を散らして、からりと揚がった鯛を乗せた。
最後に葱香脂を垂らす。
宮廷料理と遜色のない品格ある拉麺ができあがった。
「調いました。熱いうちに運びましょう」
お読みいただき、ありがとうございます。
慧玲は何に気づいたのか。胡麻油ではなくオリーブ油をつかい、ふつうの麺ではなく春雨をつかった狙いとは? 続きは22日に投稿させていただきます。
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