96 毒師の失踪に風吹く後宮
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鴆が失踪して、三日経った。
風水師の失踪は宮廷を騒がせたが、慧玲の時とは違って、後宮で不穏な噂が囁かれることはなかった。
ただ、風水師たちが慌ただしく後宮を訪れては風むき等を観測していた。
おそらくは春節の終幕を飾る元宵節の準備だ。鴆の管轄だったはずだが、失踪してしまい、再観測が必要になったのだろう。
(何週間も逢わない時なんてざらにあったのに)
年配の風水師たちとすれ違いながら、慧玲は唇をかみ締めた。
鴆は毒師の暗殺者だ。危険人物が後宮からいなくなったのならば安堵してしかるべきなのに、胸のなかには風が吹いていた。
「どうかしましたか、慧玲様」
「ああ、なんでもありません。ちょっとばかり、毒のことを考えていただけですよ」
眉を曇らせる藍星にたいして、慧玲は努めて明るい声をかえす。
「藍星は明朝から帰郷ですか」
「十日程ほど、暇を賜ります。母様の病態も気に掛かりますし、慧玲様から賜った物を家族に渡したいので。けど、ほんとうに宜しかったんですか」
皇后から賜った報酬をまとめて、藍星にあげたことを想いだす。
「あなたにはそれに値する働きをしていただいていますから。ほんとうはもっと、その働きに報いられるものがあればいいのだけど」
「わわっ、もったいない御言葉です」
藍星は頭をさげてから、あの、と真剣な声をだす。
「……慧玲様が失踪された時のことなんですけど、誰に誘拐されたのか、ほんとは解かっておられるんじゃないですか」
「さあ、どうでしょうね」
緑の袖を振って、慧玲は瞳を細めた。
慧玲は藍星に事の仔細を話すつもりはなかった。鴆に誘拐されたことも、皇帝の毒についても、だ。不要なことを喋っては、藍星の身を危険にさらす。慧玲の思考を知ってか知らずか、藍星はぷうと頬を膨らませてから、諦めたように微笑んだ。
「わかりましたよ。慧玲様に喋ってもいいと想っていただけるまで、私は誠意をもっておつかえし続けますから。……いつかは教えてくださいね」
宮廷の使者が橋を渡って、駈け寄ってきた。
「蔡慧玲、皇帝陛下が御呼びである。明晩、黄昏の正刻(*夜八時)に皇帝の房室を訪ねるように」
「承知いたしました」
皇帝の身になにかあったのだろうか。
土の毒は解毒できたはずだ。だが、日蝕から土毒に侵された訳が解けていないため、心許ないのも事実だった。
(でも、ご不調ならば、直ちにと命じられるはず)
俄かに強い風が吹きつけてきた。
嵐の予感をはらんだ旋風だ。霜のついた枯れ葉が吹きあがる。葉の群は毒の蝶みたいにきりきり舞いをして、落ちた。