83話(神サイド) 始祖の悪魔との戦い①
「何が気に触れたかは知らないが……結局、お前は弱いよ」
「……」
式神構築『暗館』内という、ただただ暗く、何も見えない闇の『世界』にて。
少年と、男の悪魔が対峙していた。
男の悪魔は額からツノをはやしており、肌は黒く、眼は紅色に染まっている。
ただ紅色といっても、人間でいうところの流血している目には見えず、先天性のもの特有の異色さが滲み出ている。
それに加え、悪魔は今絶体絶命の状態であるのにも関わらず、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。
そんな悪魔に対し、少年の方は至って普通だ。
決して良いとはいえない、だが分類すれば普通の、人間の顔に、程よく高い身長。
爪は切っていないのか不便そうな程長く伸びており、髪も手入れしていないのか、女の様に伸びた髪で顔の上半分を包んでいた。
そんな少年が、そんな悪魔に向かって、冷めた目と共に勝利宣言をした。
実際、少年ーー永井快が言う通り、勝敗はもう決したようなものだ。
快による『魔手』が悪魔ーーセバス・ブレスレットを襲い、ミンチにする。
『魔手』はただ虚空から闇色の腕が生え、対象を襲うというだけの能力ではなく、ちょっとした『付与』を『腕』に付けることが出来る。
今回採用したのはーー『腐食』であった。
その名の通り、『魔手』によって袋叩きされたNo.3の身体は、所々がドロドロに溶けていた。
特に、セバスの『魔手』によって開けられた腹の穴からは、大量の出血と共に腹の筋肉を作っていた溶けた脂肪も相まって、辺りには悪臭が漂っていた。
だが、そんなボロボロ、というかドロドロのセバスは焦った様子がなく、というか何も感じていないようだった。
まあ、こんな一方的にやられてしまうとはしょうがない事でもある。
なにせ、ここは快の式神構築『暗館』の中なのだ。
辺りは何も見えず、どこから攻撃が来るか分からない。
そして快の『超能力』は『魔手』という、闇色の『腕』を虚空より顕現するもの。
元々見えない上に、更にその暗闇に溶け込む『腕』は、やられる方からしたら透明なナニか、にしか認識する事は出来ないだろう。
開けられた腹の穴の痛みは相当らしく、セバスは出血を抑えるためか手が添えられ、蹲っていた。
側から見れば、というかどっからどう見ても快の勝利である。
そのため、五十メートル先程で悪魔の始祖ーーアルドノイズと闘っている凌駕は快の勝ちを確信したのか快に親指を少し立てた。
この『世界』を構築した快は、もちろんこの暗闇の中でも普通にこの『世界』を見渡す事が出来る。
そして、この『世界』を構築した快と『パス』ーー快と凌駕が闘う事になった理由の一つだーーで凌駕は繋がっており、凌駕も問題なくこの『世界』の暗闇の中を普通に視認する事が出来る。
……それにしても、先程までこの『暗館』で死闘を繰り広げていたというのに、なんとも呑気である。
「……はぁ」
そんな凌駕を見てか、それともセバスに圧勝し気が落ち着いたのか、快は静かに、それも穏やかなため息を吐いた。
これで、自分が凌駕の元に合流すれば、問題なくアルドノイズを倒せるだろう、と確信した快は、セバスの頭に向けて止めの『魔手』を撃とうとした。
まあ、死んでも凌駕には『蘇生』があるから大丈夫であろう、と思いながら、虚空から巨大な、そして気色の悪い腕を生やし、その『腕』をセバスに伸ばした。
快の『魔手』がセバスの身体を掴み、グチャグチャに握り潰し、辺りにセバスだったものが弾け飛んだ。
これで、快は一人だけで悪魔の幹部クラスを打倒した事になる。
その事から、吐夢狂弥からの信頼を得、やっと……。
「ラウンド2、始めるぞ」
「!?」
そんな呟きが聞こえた瞬間、快が放った『魔手』を『鎌』が切り裂いた。
「馬鹿な……!」と戦慄しながら快が一歩下がると、さっきまでのセバスと今のセバスの顔付きが少し違って見えた。
そして表情はさっきまでのニヤニヤとした気色の悪い笑みではなく、真顔である。
そんな事はともかく、今し方握り潰したはずだ。
なのに、セバスの身体は傷一つなく、さっきまでなかったはずの死神の鎌のようなものを持っている。
それと、自信がついた……といえばいいのだろうか。
それに加えて口調までもが変化している。
語尾に「ね」が付いておらず、こっちの方が何故かしっくりくる。
まるで別人のセバスは、『鎌』から『死』のオーラを撒き散らしながら無言で快に迫る。
だってそうだ。
快の『超能力』である『魔手』は『死』で構成されており、物体ではない。
そのため物理攻撃じゃ防げないし、物理以外でも相殺やその対象を破壊する事も出来る。
実際、この『魔手』は神の一柱である『ソウマトウ』の眷属の腕を疑似的に構成したものでもある。
だから、この『鎌』は……!
「『魔手』はカミノミワザの下位互換的なものだ。まず半端な攻撃じゃ相殺する事が出来れば上々、出来なくてもそれは人間じゃ当たり前だ。だって神の真技だ。勝てやしない。だが……」
セバスは真顔の中にある目を鋭くし、快を見下すように顎を少し上げて続ける。
「この『鎌』が、『死神』のモノではなかったらの話だが」
「……ッ!」
そう言った後、セバスはさっきまでとは考えられない程凄まじい速さで快に肉薄した。
それに対し快は己の周りにいくつもの『魔手』を虚空より顕現させ、セバスに向かって一点集中の要領で『拳』を放った。
快も凌駕の幹部である。
生半可な訓練はしてないし、『カミノミワザ』を受けてしまう際の対処法だって学んでいる。
『鎌』と『魔手』がぶつかり合い、辺りに肌で感じる程の衝撃波が広がる。
だが……。
「なっ……!?やはり、その死神の『鎌』は『死』を殺すのか……!」
「正解だ。これが、俺のアルドノイズ様を守るための力だ……!」
「というかなんでこの『暗館』でお前は俺の事見えてんだよ!」
訳がわからない事だらけであり、快は絶叫しながらもちゃんとセバスの攻撃に対応する。
『能力』が尽きる覚悟で、快は次々と、合計何十もの『魔手』を虚空から放つが……セバスが『鎌』を一振りするたびいくつもの『魔手』が霧散してしまう。
だが足止めとしての機能はしているらしく、セバスの歩調はゆっくりになっていた。
だが、着実に進んでいる……!
このままセバスの攻撃範囲に入ってしまうと、たとえいくら『魔手』に襲われようと構わず快を切るだろう。
それくらいの力がセバスにはあるし、『死』を操る『死神』にとって『魂』を対象とした攻撃以外は避ける価値もないだろう。
肉体がいくら死のうと、『蘇生』を使わず蘇生が出来る。
そんか恐ろしい『神』が、着実と快の元へ迫りーー
「……詰みだ。何か、言い残す事はあるか?」
「……すぐ殺せよ。反撃するぞ?」
「……俺は知っている。『目的』を遂げる事なく死ぬ事の恐ろしさを。……だから、俺の自己満足でしかないと思うが、せめて、その『目的』の対象の人物だけには、言葉を残してあげたいと思う」
急に悲しそうな表情をしながらも、快の『魔手』を容易く突破して、快の首元に『鎌』を突きつけるセバスに、快は困惑しながら言い返すと、これまた慈悲深い事を言った。
まあ、いくら気持ちは分かっても殺すのに変わりはないらしい。
「……」
思ってもいなかったボーナスタイムに快はただただ思考する。
いや、考えているといってもセバスの言うような遺言ではなく、この窮地の突破方法だ。
横をチラリと見ると、少し先で凌駕とアルドノイズも死闘していた。
やはり神であると言うべきか、アルドノイズは凌駕を圧倒していた。
だが、凌駕も諦めそうになく、必死に抵抗しながらーーおそらく凪か狂弥が助けに来るのを待っているんだろうーー闘っていた。
見た感じ、助けを求める事は不可能だろう。
そんな考えが快の思考を支配した。
まあ、死を楽観視している部分もあるのだろう。
だって凌駕には『蘇生』がある。
大分痛いが、我慢すれば次起きた時にはこの闘いは終わっている事だろう。
凪と狂弥という後ろ盾がある限り、敗北はありえない。
だから、快は、言い放った。
「凌駕に、しっかりアルドノイズを殺せよ!って言ってくれ」
「……どうやら、俺はこんなクソに時間を割いていたバカだったらしい」
そう言いながら、大上段にゆっくりと『鎌』を掲げた。
そして、快に向かって、振り下ろそうとした瞬間、ピタッと一回止まり。
「ああ、因みにこの『鎌』は切った対象から『魂』抜き取るからな。凌駕の『蘇生』とか無意味だからな」
「……なっ!?」
ーーそんな、快にとって一番最悪な事を言い放ったーー!
そして、振り下ろされる。
絶望が。
死が。
終焉が。
……『死神』の、『鎌』が!
「快いいいいいいいいいいいい!『金剛』!」
瞬間、虚空より羽村雫が現れ、セバスと快の間に割って入りーー斬られた。
はい!今回から5章です!なんとやっとちゃんとした20話の続きです!なんか間にすごく話ぶっ込んじゃいましたが、やっと物語が進行します!これからはなるべく一週間に一話程のスペースで頑張りますので、これからもよろしくお願いします!




