最終回(神サイド) 向井宏人
最終回!
「やあ、宏人」
「……お前、何回ここに来るんだよ」
辺り一面真っ白な何もない空間。
ここは、俺の深層心理。
本来なら俺とアルドノイズしか立ち入れない場所だが……まあ、狂弥だからな。
「お前一体どうやって毎回ここに──」
うんざりしながら愚痴を言おうとしたが……狂弥の背後にいる人物を見て、思考がフリーズした。
凪に……凌駕。
俺が殺した少年と、救うと決意した少年。
その二人が……狂弥の背後に。
「久しぶりだなぁ宏人。元気してた?まあンなわけないわな。進行形で半分死んでんだから」
「今のアルドノイズにお前一人で突っ込むとは無謀過ぎだな。まったく、俺に勝って調子に乗ったのか」
凌駕は満面の笑みで、凪ははぁと深いため息を吐きながら。
そんな二人を見て……。
思わず、目から涙が零れ落ちた。
分かっている。
全部、全部、何もかも狂弥の盤上で踊っていたことぐらい。
カミノキョクチに目覚めて、俺が歩んできた全ての事象に『月読命神』という異能が絡んでいたことを知った。
カミノミワザじゃ、カミノキョクチを把握できない。
だから狂弥は、都合のいい結果になるように歴史の改変を重ね……今の俺を──俺たち『キャラクター』を作り上げた。
おそらく俺の前で見せていたカミノミワザ『時空支配』は、それこそカミノキョクチ『月読命神』で異能ごと存在を巻き戻して使用していたのだろう。
最後の最後で、俺をアルドノイズから助けなかったのは……もう、俺が用済みだから。
「──そうだろ?狂弥」
「正解だよ宏人。さすがだね」
何も悪びれもせずに、狂弥はいつも通りニッコリ。
……これじゃあ、怒る気力も湧かないな。
というか逆に、狂弥がいなければ俺はもっと早く死んでいたことだろう。
感謝こそすれ、怒るなんてお門違いもいいところだ。
「そんな用済みな俺に何の用だよ。見ての通りもう半分死んでるし、『森羅万象』はもうダクネスが持ち出してるだろうし……本当に何もないぞ」
「やだなぁ僕たちが宏人に意地悪をしようとしてるみたいじゃないか」
「違うのか?」
「本気だったらへこむよ〜?」
そうは言いつつ、狂弥は面白そうにあっはっはと笑って。
「宏人の言う通り、ぶっちゃけもう宏人の役目は終わったんだよね」
「……結局のところ、お前らにとって俺の役目ってなんだったんだ?」
「あ〜まだ言ってなかったねぇ。これもぶっちゃけちゃうと、正直宏人はカナメの副産物でしかなかったんだよねぇ。とりあえずアルドノイズを封印してもらうこと以外は全部宏人が頑張ったから勝ち取れたものだよ」
「アルドノイズ以外って……なんでお前らはそんなアルドノイズに──って、もういいか」
「?なんでも答えるつもりだよ」
不思議そうに首を傾げる狂弥に、思わず自嘲気味な笑みが出た。
自分の手を見る。
透けている。
半透明、そりゃそうだ。
だってもう、俺は死んでいる。
アルドノイズの気分で『魂』の半分は残されたが……これは俺がカミノキョクチ所持者だから生きていられるギリギリのライン。
完全回復まで多大な時間がかかるし……この身体の主は那種。
俺の出る幕など、もう、ない。
「なるほどね〜。もう俺は死んだから、色々聞く必要はないって考えたのかな。なんというか、達観してるねぇ」
「そんなんじゃねーよ。諦観しただけだ。俺はもう、疲れたよ」
アルドノイズと戦って。
アスファスと戦って。
ダクネスと戦って。
七録菜緒と戦って。
凪と戦って。
アルファブルームと、戦った。
「もう、疲れたんだ……」
薄く笑う俺を、凪がふんと笑う。
久しぶりに文句の一つでも垂れたかったが……あいにく、そんな気分ですらなくて。
でも狂弥は、相変わらず空気読まずに。
「関係ありませーん!」
俺の顔を、グイッと引き寄せる。
至近距離に満面の笑みの狂弥の顔が。
圧が……。
「菱花にも言われたでしょ〜?きみは神ノーズになることになったんだ。このまま死んでもらっちゃ困るってもんだよ」
「あ、ああその話か。けどうやむやに終わったぞ。なんか菱花が急に予定ができたとかなんとかで」
「ああ、それ俺らが菱花に無断でダガルガンド殺した時じゃね」
凌駕の突拍子もないその一言。
ん?
「ダガルガンドはハーヴェストと違って殺されたからな。『世界』の崩壊の仕方もさぞかし荒れていただろうな」
今度は凪がそんなことを。
んん??
「あ、そういえば宏人に言ってなかったね。ダガルガンドとハーヴェスト死んで、あっ、あと菱花も。それで、僕たち三人が新しい神ノーズになりました〜」
「……うーん」
「僕たち三人が、新しい神ノーズになりました〜!」
「う、うんちょっと待て待つんだ待って。菱花、死んだのか?」
「うん」
「ダガルガンドも、神ノーズだよな……?」
「うん」
「まさか、ハーヴェストっつーのも……」
「う──もうめんどい。行くよ宏人!」
「は!?ちょ──」
突然狂弥が俺の手を取り駆け出す。
俺は足をもたつかせながらも、なんとか狂弥についていく。
「これ走る必要あんの?」
「あるわけないだろう。雰囲気だ」
「凌駕も凪もうるさいよ〜。走れる時に走らないと走れないよ」
「おいだから話聞けってお前ら!え?なに?ほんとにお前ら神ノーズになったのか?」
「だから──」と狂弥は走りながら振り向いて。
俺に、ニッと笑いかけながら。
「宏人も、今からなるんだよ!」
* * *
「いいよ〜。最期だしね。それにきみからの言葉だ。聞き届けようじゃないか」
菱花の最後の頼みを、狂弥は聞き入れた。
突然協力を申し出てきた、神ノーズの裏切り者──闇裏菱花。
彼がなぜ狂弥たちに協力を申し出てきたのかは分からない。
狂弥は、決して聞こうとしなかったから。
菱花も、自ら話すことはしなかったから。
それでも互いが互いを信頼していた。
だから──
「──向井宏人も、神ノーズにしてほしい」
短い、一言。
でもそんな短いこの一言に、汲んである意味を狂弥は察して……困ったように笑った。
「……まったく。きみじゃなかったら怒ってたよ僕。計画が狂いまくっちゃう」
そして、菱花は逝った。
マイペースを崩さないことで有名な狂弥を……微かに驚かせて。
狂弥が読み取った、菱花の言葉の真意。
短い一言の……続き。
『向井宏人も、神ノーズにしてほしい。──そして。いつか彼に、きみたちを止めてもらう』
菱花は、決して狂弥の味方ではなかった。
未だ菱花のしたかったことは分からないが……神ノーズの殲滅という部分の目的が一致しただけの、共通の敵を持つ敵、と言ったところだったんだろうか。
なにはともあれ。
「いいね菱花──おもしろいよぉ……!」
狂弥は、菱花との約束を果たすことを決めた。
* * *
「多数決。たった今より、『世界』の管理者──神ノーズの枠を四柱とする。異論はないね」
俺が連れてこられたのは、神ノーズが集う神聖な空間──円卓の間。
狂弥を真ん中に、凌駕と凪が向かい合う形でそれぞれが豪勢な椅子に座っている。
狂弥の言葉に、凌駕と凪が頷く。
すると、狂弥と向かい合う方の空間に新たな椅子が出現した。
狂弥は俺を一瞥して、再度多数決を取る。
「向井宏人を、神ノーズに加える。異論は、ないね」
同じように頷く二人。
そうして、俺は神ノーズと成った。
尋常じゃない、神人とも比較にならないほどのエネルギーが全身を駆け巡るのを感じる。
というか。
「ははっ……。なんか、実感湧かねぇな」
今一度、自分の手を見てみる。
人間の頃と何一つ変わらない自分の手。
だけど、今となってはやろうと思えばどんな存在でも殺してしまえる自分の手。
「──さて」
狂弥の声に、軽く頭を上げる。
刹那。
──狂弥が、俺の椅子を破壊した。
いつの間に背後に……!?
「……ッ!?」
突然、円卓の間から締め出された。
肉体を持たない俺が向かう先──それは那種の身体。
あの身体は那種のものであって、でもまだ俺のものでもある。
このまま俺が戻ったら、身体の所有権がどちらになるかはランダム……いや。
もしかしたら、どちらでもない、混ざり合った新たな『魂』が生まれてしまうかもしれない……!
それだけは阻止せねばと全力で円卓の間の縁に指を掛ける。
必死にしがみつく俺を、狂弥は気味の悪い笑みで見下ろした。
「なんのつもりだ狂弥……!」
「きみには新しい役目を担ってもらうことにしたんだ。だから力をあげた。このままじゃ、勝負にすらないないからね」
「役目……?勝負、だと……?」
「きみに授ける新たな役目──それはヴィラン。僕たちの敵だ」
恍惚に笑う狂弥。
……相変わらず、意味が分からない。
それでも、分かる。
やっと、分かった。
狂弥は、敵だ──
「さあ、僕たちから『世界』を救ってみろ向井宏人。きみなら、できるだろう?」
狂弥はその言葉を最後に──俺の腕を切断した。
* * *
* * *
「──あ?おいおいマジかよもう来ちゃうのかよ……」
半ば呆然としながら俺は風のゆくままに歩いていると……カナメが素っ頓狂な声を上げて俺を見つめていた。
……あれ、俺。
「チッ。キサマが死んだということは私の復活する手立てももう消え失せたということじゃないか。私としたことが、判断を誤ったな」
舌打ちしながら悪態を吐くのは、アスファス。
こいつ、まだ生きてたのか……?
いやそんなはずがない。
アスファスは、目の前で死んだ。
「何言ってんだか。宏人様守っても守んなくても、位置的にアスファスが死ぬのは確定事項だったくせに」
「おい貴様!アスファス様に無礼にも程があるぞ」
すると次は、言い合いをする黒夜とエラメスの姿が。
呆気に取られつつ、他方向の声のする方を見てみる。
「神ノーズ決戦、私めっちゃ活躍してたよね〜。やっぱ私ってばかっこいいよね〜」
「ふん。オレが生きていたら一人で追い詰められる自信はあったのだがな。カミノキョクチ……あの時七録カナメに勝っていたら、手に入れていた自信があるのだがな」
そこにはダクネスとライザーが。
……やっと、分かった。
分かって、しまった。
「宏人さん、お久しぶりです」
背後から、声がかけられる。
この声は──俺が、謝らなければいけない人。
「すまん──那種。お前を取り戻すどころか……なんか、俺も死んじまったらしい」
那種の身体に吸い込まれる際に、危惧していたこと。
それは、曖昧になってしまった俺と那種の『魂』が混ざってしまうこと。
もっとも、俺は神ノーズなんて大層なもんになったから、大方俺が那種の『魂』を吸収してしまうかもしれないと思っていたのだが……まさか混ざるとは。
「あはは。想定外でしたね」
「……ああ、まったくだ。お前の魂は、神ノーズの力と同じくらい頑丈だったんだな」
「いえいえ、そんなわけないですよ。多分、私の身体で宏人さんがカミノキョクチを獲得したから、私と宏人さんとの……なんて言うんだろ、存在の?境界……?みたいなものが曖昧になっちゃったんじゃないでしょうか。だから、混ざっちゃった、みたいな」
那種がたどたどしく必死に思ったことをそのまま伝えてくる。
なるほど、確かにその可能性は高そうだな……。
……って。
意外と冷静に状況を受け止めている俺自身に苦笑いしていると、肩に手をかけられた。
「カナメも、久しぶりだな」
「おう。あんま久しぶりじゃねーのは腹立つけどな」
「そうですよ、早く来すぎです」
カナメに続いて、黒夜もジト目を向けてきた。
「俺からすれば、お前らも何勝手に死んでんだって話だよ。カナメの場合は特に。俺が死んでる間に死んでんじゃねーよ」
「あぁ?先にお前が死んじまったから俺が一人で姉貴と凪の相手することになったんだろうが!その姉貴のヤローは向こうで日向ぼっこしてるけどなっ」
そう言ってカナメが指差す方向には七録菜緒の姿が。
日差しに当たりながら、気持ちよさそうに眠っている。
その近くでは、ライオとモルルも二人で静かに寝息を立てていた。
……なんというか。
「やっと、重荷を降ろせた気分だ」
「……ええ。宏人様は、よく頑張りました」
黒夜が優しく抱きついてくる。
俺も……抱きつく黒夜の頭を、優しく撫でる。
全て終わったわけじゃないけれど。
むしろ、まだまだこれからで。
結局凪はまだ生きていて。
アルドノイズは倒しきれなくて。
新しい悪神──狂弥たちが生まれてしまったけど。
俺は、休むことにした。
ほんの、少しの間だけ……このぬるま湯に浸かることにした。
『自分勝手で悪いな、アリウスクラウン、セバス』
『本当ですよ。今三世界が統合されて大変なことになっているというのに』
『まあまあ、そうは言って今のところ私たちにできることなんてあんまないから。宏人、あなたは休みなさい』
『……ああ。そうさせてもらう』
『その代わり、復帰したらバシバシ働いてもらうからね。覚悟しなさいよ?』
『ですね。だってきみは、最強の神ノーズなんですから』
……俺の妄想だって分かってる。
けど……最後に、二人と話せてよかった。
まだ話したい人、話すべきことがあるのももちろん分かってる。
でも、今だけは。
この、微睡の中で……。
「あとは、任せた──天音」
「うん!まっかせなさいっ」
どこの誰かも知らない名前。
だけどなぜか俺と那種と同じ『魂』を持つ少女に。
俺は、俺の力の全てを譲り──
深い深い、眠りに落ちた。
最終章 灼熱の魔神編──完
これで最終回ですが、まだあとエピローグもありますので、そちらもよろしくお願いします。