290話(神サイド) 吐夢狂弥
繰り返される、ダガルガンドへの『崩壊』の嵐。
前回は、ダガルガンドは耐え切った。
しかし今回は──何故か。
狂弥は、嗤う。
「……バッ、カな……」
ダガルガンドは、狂弥の足元に膝から崩れ落ちた。
神ノーズの一柱が、敗北した。
そこまでならいい。
そこまでなら、まだ世界は何事も無かったかのように廻り続ける──しかし。
狂弥は、ダガルガンドに笑みを向ける。
「……オイ。オイッ!分かってンのか!?我が死んだら『地獄』が崩壊するだけでなくッ!神ノーズのバランスが崩れるんだぞッ!!それ即ち──現存する全ての『世界』が崩壊するぞ!!!」
「──そうだね。だから」
狂弥は、演技掛かったようにバッと両手を広げて身体をのけぞる。
その背後に、凌駕と凪も並ぶ。
そして狂弥は、ダガルガンドを見下ろして。
「僕たちが、新たな神ノーズと成る」
「……テメェら、正気……か?」
ダガルガンドは絶句する。
吐夢狂弥という人間は、馬鹿げている……と。
そんなダガルガンドを、狂弥はおもしろそうに眺め──ニコッと笑い。
「僕と、凪と、凌駕の三人で、『世界』を廻す。そのために僕は、何回も何回も『世界』をやり直して──ついに最適解を掴んだんだ。一番厄介な、きみを殺すためのね」
狂弥は笑う、嗤う、笑い続ける。
凪は静かに、凌駕はニヤニヤとダガルガンドを見下ろす。
「さあ──新しい時代を切り開く時間だ」
これが、新たな神ノーズ──。
呆然とするダガルガンドに、狂弥は満面の笑みで。
「ばいばい──今までおつかれさまッ!」
ダガルガンドの首を、跳ねた。
「……これからは、僕たちに任せてね」
この宇宙が創世されて初めて起こった悲劇──神ノーズの一柱の死。
まるで宇宙が涙するように、第三世界『地獄』が崩れていく。
『世界』と神ノーズのバランスの崩壊。
だから『世界』は新たな神ノーズを求める──だから、菱花は。
* * *
円卓の間にて。
菱花とハーヴェストの頭の中に『世界』の言葉が届いた。
『新たな神ノーズを選抜しなさい』
と。
その次の瞬間──菱花は、立ち上がる。
「──私は、吐夢狂弥を神ノーズの一柱へと推薦する」
「……は?」
唐突な菱花の奇行にハーヴェストは目を丸くするが──時は既に遅く。
神ノーズは、三柱ゆえに多数決を絶対としている。
それゆえに──二柱のみの現状は、速さを求められた。
もっとも、神ノーズが死んだことなど過去に一度もないため賭けだったが……『世界』は、吐夢狂弥を神ノーズに認めるに至る。
一泊置いて、ハーヴェストがガタンッと席を立ち上がる。
「正気ですか闇裏菱花ッ!まさか……まさかアナタもダガルガンド殺害に協力していたのですか!?」
「──その通り。菱花は僕たちの味方だよ」
ハーヴェストの問いに答えたのは、狂弥。
ダガルガンドを殺し、菱花に神ノーズへと推薦された狂弥は、『世界』に許諾され円卓の間へと導かれたのだ。
それを見て……ハーヴェストは絶句する。
終焉。
己だけでなく、この『世界』までもが、と。
案の定、狂弥はニッコリと笑いながら。
「それではさっそくだけど、多数決やりまーす!お題は──ハーヴェスト・エンプティの神ノーズ追放及び死」
「──ッ!吐夢、狂弥ァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
常に理知的で冷静な面影を無くしながら。
ハーヴェストは、狂弥に向かって神ノーズたる己が持つ最強の異能を発動しようとし──!
「私は、賛成だ」
その前に言い放たれた菱花の言葉で、ハーヴェストは崩れ落ちた。
「……ガハッ……!?」
たった今この瞬間、ハーヴェストは神ノーズの地位を、力を奪われたのだ。
そして徐々に、その身体を『死』が覆っていく。
「ああ、ぁぁぁぁぁぁ……!アアアアアァァァァァァァ!!!」
円卓の間にハーヴェストのヒステリックな絶叫が響き渡る。
狂弥は満面の笑みで「やれやれ」と呟きながら、ハーヴェストに手を添える。
次の瞬間、ハーヴェストが爆ぜる。
──死。
これが、神ノーズによる多数決の効力。
だから神ノーズは神ノーズを裏切ることができず、『世界』の歯車は狂うことなく動き続けることができる。
「ふぅ〜。やれやれ。僕が死ぬ時くらいはカッコよく死にたいって思っちゃうくらいのおもしろさだったね。ハーヴェストの最期は」
「……狂弥。正直危なかったんじゃないか。私がハーヴェストを見張っていなかったら時間を巻き戻したところで、という結果の可能性があったぞ」
「あはは。そこはほら、菱花を信用してるからさ。突然決行しても追いついてくれるかなぁって」
「まったく。突然第三世界に綻びが入った時は肝を冷やしたぞ」
菱花は深くため息を吐きながら、しかし表情は常時のような無表情で席に腰掛ける。
たった数分の間に、『世界』の創生者たる神ノーズが二柱も死に至った。
菱花の頭の隅で、第一世界の崩壊の音色がする。
第三世界は、とっくに崩壊していた。
菱花はしばらく『天上世界』のエピローグに聞き入り……パチンと指を鳴らす。
「狂弥。たった今、私の『世界』をきみに移した。これでもう、思い残すことはないよ」
「うん、確かに受け取ったよ。んじゃあバイバイ。協力してくれてありがとね〜」
狂弥の軽い別れの言葉。
そして、狂弥は続けて──多数決で、菱花も消す。
「ああ。ではな」
菱花は一切抵抗せず、己の終わりを受け入れる。
これは、最初から狂弥と決めていたこと。
狂弥は言った。
『神ノーズ全員殺さなくちゃいけないから、協力してよ』
そんな無茶苦茶な提案に、菱花は──
もとより、菱花は宏人たちに協力した時点でダガルガンドとハーヴェストとの約束を反故にしていたため、消えるのは時間の問題なのだ。
だから菱花は、『意味』のある終焉を望む。
「……ああ、忘れるところだったよ。狂弥、一ついいだろうか」
「いいよ〜。最期だしね。それにきみからの言葉だ。聞き届けようじゃないか」
狂弥は相変わらずニッコリと、菱花の頼みを聞き入れる。
自分で言っておいて了承されるとは思ってなかったのか、菱花は僅かに驚きながらも。
「ありがとう。内容はな──」
そして、菱花は言った。
『彼』との、約束を履行するために。
「……まったく。きみじゃなかったら怒ってたよ僕。計画が狂いまくっちゃう」
「計画関係なしに今回の騒動を起こしたきみに言われたくはないな」
「あっはは。言えてるー。分かったよ、今回は僕の勝手で結構迷惑かけちゃったし、特別におっけーしてあげる。彼の役割は終わったんだけど、まああの異能は使い勝手がよさそうだからね。ちょっと無理してでもそうする価値はあるし」
狂弥はため息を吐きつつも……菱花の頼みを受け入れた。
それに菱花は満足したのか、珍しく少し笑って。
「これからは、きみが正真正銘の神だ」
菱花の『繁栄世界』は、既に狂弥のもとへ。
菱花の言葉通り、この時この瞬間より、吐夢狂弥が『世界』の頂点に君臨することとなる。
それでも、狂弥は神人の頃と雰囲気も態度も変わらないままで。
相変わらず笑いながら、パチンと指を鳴らし──菱花を、消した。
「多数決。新野凪と、河合凌駕を神ノーズに」
斯くして。
『世界』創世記より『世界』を管理し続けた三柱の神ノーズは死に至り。
それと同時に新たな三柱の神ノーズが誕生することとなった。
新たな三柱の神ノーズにより、『繁栄世界』は激動の時代を迎えることとなる。