286話(神サイド) 宏人vsアルドノイズ②
全方位から『世界』が衝突する衝撃を感じながら。
俺はアルドノイズへと駆け出しながら、虚空より神剣『暗黒龍』を取り出した。
一切装飾のない、ただただ漆黒に輝く両刀。
俺は俺だけでなく『暗黒龍』にも『森羅万象』と『万里一空』を付与し、アルドノイズに振るう。
対してアルドノイズが振るうのは──真っ赤な紅色の長刀。
爆発的に燃えながら、俺の剣を弾き返した。
「……」
「クハハ!『迦具土神』の権能の一つ、『神剣赫龍』だ」
「赫龍、だと?」
「クク。忌々しいことに、黒龍はお前を主人としたようだな。まあ、そんな話はどうでもいい」
アルドノイズの神剣『赫龍』の炎が、更に激しさを増す。
……今、俺とアルドノイズの『世界』は拮抗している。
どちらかが大きなダメージを食らった瞬間、勝者が確定する。
カミノキョクチレベルにもなると、『世界』を展開するだけで相手に絶対的な死を与えることができるのだ。
……まったく、勘弁してほしいものだ。
「勝てる見込み、結構あるな」
俺も『暗黒龍』のオーラを暴発させ、その荒れ狂う暴風が剣より発せられる。
俺はニヤリと笑い──一閃。
アルドノイズと剣が交差し、互いに強烈な足蹴り。
「「ッ!」」
俺とアルドノイズの足が吹き飛び──俺の右腕が、アルドノイズの左腕が爆発四散した。
俺が『万里一空』を、アルドノイズが『迦具土神』を発動した結果だ。
だがしかし、俺とアルドノイズはそれだけでは止まらない。
互いに完全に身体を再生させ、再度剣を振るう。
今度は激しい剣捌きの攻防戦。
俺が斬って、アルドノイズが守って。
アルドノイズが斬って、俺が守って。
……正直、キツイ。
一瞬の油断が命取り。
取り返しのつかない終わりが、目と鼻の先にあるという恐怖。
しかしそうは言ってられない。
俺は左眼を輝かせ──時を止める。
「……!ほう」
『森羅万象』の権能の一つ、『刻々断絶』だ。
『時空支配』を取り込んだから派生したお粗末なタイムストップだが……時が止まった衝撃からか、僅かにアルドノイズの動きが鈍る。
俺はすかさずアルドノイズに『万里一空』を発動する!
「──!?」
アルドノイズは大きく目を見開き──四肢が吹き飛び後方に吹っ飛んだ。
『世界』が、微かに俺が優勢になる。
やった──と思ったのは束の間。
次の瞬間、背筋が凍る。
「──『インフェルノサークル』」
「なッ──!?」
突如地面に無数の青白い円形の紋章が浮かび上がる。
その紋章からは……恐ろしいほど強烈な殺気が。
これは──避けられないッ!?
「火刑執行」
アルドノイズが、嗤う──
俺は咄嗟に『万里一空』で周囲の紋章を払ったが──全身を、猛烈な爆炎に焦がされた。
「ァァァァァァァ……!」
死にたいほどの激痛が俺を襲う。
『変化』での痛覚神経遮断、神人の完璧な肉体をしても尚我慢し切れない、『魂』を砕く炎。
「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
俺は吠えながら『万里一空』で炎を跳ね除け、『森羅万象』で完全に消し去る。
そんな俺を見越していたのか、アルドノイズの鋭い一閃!
俺は仰け反り紙一重で回避。
そのまま体制を戻る勢いを込めてアルドノイズの脇腹に拳を叩き込む!
「グッ……!小癪な……!」
アルドノイズの口から血が噴き出た。
拳に付与した『万里一空』の衝撃を、アルドノイズの体内に作用させたのだ。
内蔵はズタズタだろう。
しかしアルドノイズは純神でありながら神人の力を手にした魔神。
一瞬で完全回復し、帰す刀で再度肉薄してくる。
俺はそれを──素手で掴む。
「なんだと」
アルドノイズの唖然とした声。
当然だ、掴むことなどできず、俺の右手は血を噴出させながらバラバラに散る。
刹那──神剣『赫龍』が、爆ぜた。
「ッ──!『森羅万象』か……!」
「クソッ!なんでお前の攻撃はどれもいてぇんだよ!反則だろ……!」
「クハハッ!確かにお前の武器破壊は強力だが──俺の場合は、この剣さえも異能に過ぎない」
アルドノイズの手中から、再び神剣『赫龍』が生成される。
俺も右手を再生させながら、小さく舌打ち。
アルドノイズは、またもや。
「インフェルノ!サークルッ!」
やはり地面に浮かび上がるは光り輝く歪な紋章。
俺は顔を引き攣らせながらも、冷静に。
「味占めてんじゃねぇよ!」
俺は地面そのものに『森羅万象』を発動。
大地が、砕ける。
深い深い深淵に、俺とアルドノイズは落ちていく。
だが内包された熱エネルギーはそのままだったのか──
「火刑執行」
アルドノイズの嗤う視線の先──俺の周囲には、大地から飛び出た無数の紋章が。
嘲笑うように、俺を見ていた。
やがて光が極限まで輝き、その爆炎を解き放たんと──する前に!
「『刻々断絶』ッ!!」
俺はまたお粗末なタイムストップを実行。
たとえお粗末でも──カミノキョクチがあれば。
俺はこの一瞬で、『インフェルノサークル』の指向性を、アルドノイズに変更することに成功する。
これは『万里一空』の権能の一つ、『指向性改変』だ。
──凝縮された地獄の業火が、主人へと狙いを定める──
俺は、一言。
「火刑執行!」
「……ッ!クハッ。さすがだな」
『魂』すらも砕く爆炎が、今度はアルドノイズを襲う……が。
真っ黒な煙の中から、アルドノイズが超スピードで飛び出してくる。
やっぱ自分の異能じゃ効果は薄いか……!
俺は苦笑いでアルドノイズを迎え撃とうとし──そこで踏ん張る地面がないことに気がついた。
「──ッ!!」
「ハッ!間抜けが」
アルドノイズの超威力の回し蹴りが俺の脇腹にめり込んだ。
……こいつ、さっきの俺と同じことをッ……!
直後、視界が真っ赤に染まる。
体内から響き渡る不快な破裂音。
俺はそれすらも凌駕する激痛を全身に浴びる。
……どうやら、『森羅万象』の範囲外だった地の底に到着したらしい。
数秒遅れて、アルドノイズが悠然と降り立つ。
「ケホッ……。あーあ。いってぇ」
「それは俺のセリフだ。いくら俺の異能であろうが『フレアサークル』を抵抗なく受けたのはかなりの痛手だ。褒めてやる」
「なんでだろうな、嫌味にしか聞こえない」
「無論、嫌味だからな」
静かな沈黙の後──俺の視界からアルドノイズが消えた。
否、消した。
『森羅万象』で、今度はアルドノイズの足元の地面を盛り上がらせたのだ。
「つくづく小癪な──!」
身体全身に衝撃を浴びながら吹き飛ばされるアルドノイズの怒号が上空から聞こえ、俺もそれを追うように猛スピードで飛ぶ。
その際に地面を修復することも忘れない。
また地の底に叩きつけられたら無事でいられるとは思えないからな。
それほどのダメージだった。
……『世界』の押し合いは、段々とアルドノイズが優勢になりつつある。
なんとかしないとな……!
そう思考しつつ外に出ると、アルドノイズは、静かに座禅を組んで目を瞑っていた。
……なぜだろうか。
猛烈に嫌な予感がするのは。
「知っているか向井宏人。純神というのはな、神人の上位存在なのだと」
「初耳だよ。ンで神人より弱いんだろ?世話ねーな」
「クハハ。俺もそう思うよ」
──刹那。
観覧席にいた人々が──全て燃やし尽くされた。
「──ッ!?藍津!莉子!」
純粋にバトルを見るためにコロシアムに来ていた奴らには悪いが、観覧席には藍津と莉子を潜伏させていた。
無事ならいいが……。
燃え盛る炎柱の中から、ゆらゆらと人影が差す。
二人ならいいが……まあ違うよな。
「おいアルドノイズ。あぶねぇだろ」
後頭部をさすりながら現れたのは、案の定と言うべきか智也。
俺とアルドノイズ、そして智也の周りは爆炎が立ち塞ぎ逃げ場がない。
アルドノイズは、完全に俺の逃げ場を封じたのだ。
「……そんなことしなくても、俺は逃げねぇよ」
「ああ、お前は逃げないだろうな。お前は」
……こいつ、まさか。
「気付いてないとでも思ったか?お前はハナから逃げるつもりなどないだろうが……ダクネスと、その身体のもとの所有者はどうだ?俺はそいつらも逃すつもりはない」
アルドノイズの鋭い眼光が俺を射抜く。
……そうだ、アルドノイズの言う通り、俺は俺が死んでも那種とダクネスの逃げ道を用意する予定だった。
だからダクネスも快く俺を戦場に連れてきてくれたのだろう。
ダクネスもまた俺と一心同体だが、性格には俺じゃなく那種だ。
『チッ……!アルドノイズめ……!』
俺の中でダクネスの舌打ちが。
……状況が不味くなってきたな。
「さて、話の続きだ。純神より位の低い神人……俺はずっとこの力を行使していた」
「……どういう意味だ」
「──今からが、本番というワケだ」
ゆらめく炎。
立ちこめる黒煙。
その中央には。
灼熱の、魔神が。
俺の姿形をした、全てを滅す焔を纏いしアルドノイズが。
「せいぜい抗ってみろ、ニンゲン」
「はは……調子乗るのもいい加減にしろよ」
全ての力を解放し完全に解き放たれたアルドノイズ──アルファブルームを前にして。
俺は半分顔を引き攣らせながらも、十全に気を引き締めて──
「調子に乗るのも仕方なかろう──『世界』が、完成するのだからな」
「……は?」
アルドノイズの一言に俺が瞬きしたころには、『世界』の均衡が、完全にアルドノイズのものに……!
「う、そ……だろ……?」
アルドノイズの『世界』が、俺の『世界』を覆い尽くす──!
──カミノキョクチの『世界』は、展開された瞬間に勝負が確定する──
アルドノイズの『世界』が展開される直前。
絶望に染まる俺の顔を、愉快そうに笑う人物が一人。
「フハハハハ。相も変わらず、ザマぁないな、向井宏人よ」
瞬間、アルドノイズの『世界』が押し返された。
……ったく、この嫌味ったらしい声の男は。
俺はため息を吐きながら、ゆっくりと背後を振り返って。
「久しぶりだな──アスファス」
俺の目の前には。
俺を見下しながら毅然と髪を掻き上げる、純神が一柱──アスファスの姿が。
……ここ、『魂』を焼く爆炎に囲まれていたはずなのだが。
どうやって入ってきたのだろうか。
アスファスは完全に俺を無視して、アルドノイズへ不敵に笑う。
「決着をつけようではないか、愚弟が」
「……お前にはもう興味がないよ。アスファス」
燃え盛るコロシアムにて。
神々の戦いが、繰り広げられる。