279話(神サイド) 嘘
「「「……バトルロワイヤル?」」」
昨夜、俺と瑠璃によるシリアスな空気をぶち壊してくれたニーラグラの事件の翌日。
俺たちは全員ニーラグラにリビングに呼び出されていた。
そしてニーラグラは言った──「バトルロワイヤルをするよ」と。
皆んなから疑問符が飛び交うのも当たり前の切り出しである。
「バトルロワイヤルって、自分以外全員敵の乱戦よね……?」
「そう!瑠璃ちゃんの言う通り、己以外全員敵の大戦争!それがバトルロワイヤル!さぁ!参加したい人は手を挙げて──!」
ニーラグラが「うおおおおおお」と熱気をたぎらせながら天に手を突き上げる。
それに続く者は──!
「……あれ?みんな?」
……当然ながらいない。
と、思っていたら。
「はいはーい。私やるー」
ダクネスが元気にピシッと手を挙げていた。
ニーラグラとダクネスが「いえーい」と元気にハイタッチしている。
つくづく思うがこの二人なんでこんなに仲良いんだ……。
「なあニーラグラ。なんで最終決戦が終わったってのにまた戦うんだよ。正直もうこりごりなんだけど」
俺はため息を吐きつつ本音を吐露した。
俺に至ってはまだアルドノイズ戦もあるんだ。
正直これ以上無駄な戦いはしたくない。
だというのに、ニーラグラは胸を反って。
「だって、その最終決戦に私の出番なかったからね!」
……なるほど、そういうことか。
要はこいつ、自分がかなり強いってことを今一度俺たちに示したいのね。
「あはは。僕はパスで」
セバスこいつ、笑いながら全力で拒否ってきた。
だがニーラグラはそれを許さない。
「セバスくんってアルくんとの戦い不参加なんだよね?」
「ですね。できれば不干渉という言葉でお願いしたいんで──」
「皆んなは戦うんだよ?アルくんとも、このバトルロワイヤルでも」
おい。
アルドノイズはともかくなんでバトルロワイヤルとやらも全員参加って勝手になってるんだよ。
「……ですね。心苦しい限りです」
セバスも思うところがあるのか若干顔を引き攣らせているが、変わらず拒否し続ける。
セバスってメンタル強者だよな。
「じゃあセバスくんがいるところが戦場ってことで決まりだね!皆んな、まずはセバスくんを狙おーう!」
ニーラグラはそんな血も涙もない発言をしてセバスをドン引かせ、そのまま矛先がアリウスクラウンに向かう。
純粋で、でも意外と腹黒いキラキラした瞳がアリウスクラウンを見る。
だがアリウスクラウンは特に嫌がってなかったのだろうか。
「私はいいわよ」
すんなりと承諾した。
非戦闘員の瑠璃は除くとして、残るは俺と星哉と流音なわけだが。
「あ、流音ちゃんは勝手に参加させとくから安心してねー」
と、ニーラグラ。
相変わらず容赦ないな。
ニーラグラがついに俺と星哉に目を向ける。
星哉はあははと笑って頬を掻いた。
「宏人様、一緒に出てみませんか?」
「……。お前も乗り気なのか?」
「いえ、こうやって皆さんと遊ぶ機会なんてそうそうないでしょうし。こういうのもいいかなって」
「そういうもんか」
星哉に言われて、俺も別にそこまで嫌ではない……というよりむしろちょっと楽しそうなのではと思えてきた。
チラリとダクネスを見る。
楽しそうに頷くダクネスを見て……まあ、そうだな。
「ニーラグラ。俺もやるよ」
「星哉くんも宏人くんもノリいいねー!よっしゃ、じゃあもう一回!バトルロワイヤルにぃー、参加したい人は手を挙げてっ!」
そうして。
俺たちはバトルロワイヤルをすることとなった。
* * *
バトルロワイヤルは明日生存戦争跡地にて行うらしい。
生存戦争跡地……まさかまたまたこの地で戦うことになるとは。
これからはここに来るのは墓参りだけかと思っていたのに。
最終決戦が終わってしばらく平和な日々が続くかと思えば早速戦い……まあ命が懸かってないというのは大分気が楽だが。
そんなことを考えながらベランダで夜風に当たっていると、リビングからアリウスクラウンが入ってきた。
「こんなところで何やっているの」
「特に何かしているわけじゃないが。なんというか、明日が憂鬱でな」
これは決して嘘ではない。
バトルロワイヤル自体はちゃんと憂鬱だし──その後のことも、憂鬱だ。
「ふーん。ほんとにそれだけ?」
「……と言うと?」
「いやねぇ。なんだか、宏人が一人でアルドノイズのところに行っちゃいそうな気がしただけよ」
アリウスクラウンの優しげな瞳が俺を包む。
……今俺は、どんな顔をしているだろうか。
俺は思わず顔を背ける。
「バカ言うなよ。今となってはアルドノイズも神人だ。しかも純神から神人……俺が敵う相手じゃない。もちろんお前らの力を借りるつもりだ」
「イヤだって言ったら?」
「その時は泣きながら一人で行くしかないな。友情って儚いよな」
「ふふっ。嘘よ。ちゃんとついていってあげるわよ」
アリウスクラウンが今度は心からの笑みを見せる。
しかし、すぐに真面目な顔つきになり──俺の瞳を真っ直ぐに見て。
「だから約束して。一人では、いかないで」
「……」
夜風が吹き荒び、俺とアリウスクラウンの髪を揺らす。
今日は暗闇の中で綺麗に輝いていた満月が、流れてきた雲によって遮られた。
笑みもそうだが、今の言葉だってアリウスクラウンは心からのだろう。
なら、俺も心から。
「ああ、約束する」
噓を吐いた。
* * *
大浴場にて。
俺とダクネスは湯船の中で身体を伸ばして寛いでいた。
もちろんここは女湯だ。
自分でも忘れそうになるが、俺は美少女なのだから何も問題ない。
俺もセバスも別に男湯で構わないと言ったのだが、なぜかダクネスがそれを猛反対。
ダクネスの言うことなんざさらさら聞く気はないが、そこまで反対するのなら……と。
「……今思えば、ここでお前と密会できるのは利点だな」
「でしょでしょ。その点は二人にとってラッキー。私は可愛い可愛い那種ちゃんのお身体を拝見できてラッキー。宏人くんだって私の見れてラッキー……最高だね!」
「誰が宿敵の裸見て興奮するかよ」
俺は深いため息を吐いてぶくぶくと湯船の中に沈んで息を止めた。
泡が上昇していき、水面に到達すると弾けて消える。
それをなんとはなしに眺めて、やがて起き上がった。
「そんなに私の身体見たかったのー?」
「さっき、アリウスクラウンと話した」
「むぅ。いくら図星だからって無視はよくないよー。……それで、なんだって?」
「アルドノイズのとこに一人で行くなってさ」
「宏人くんはなんて答えたの?」
「約束するって」
「あっははは。最低だねぇ」
「嘘じゃないだろ。お前は連れていく」
「そりゃねぇ。『森羅万象』と『万里一空』があってやっと戦えるレベルだろうしね」
ダクネスの言う通り、おそらく今のアルドノイズの力は俺を遥かに超える。
ヒトから神人に成った俺とは違い、アルドノイズは純神という高位の存在からの神人だ。
同じ格でも、質が違いすぎる。
「でもでも、安直に考えればまたヒトが純神に抗うのと変わらない状況になったよね。人間だった頃の宏人くんが、アルドノイズに抗ったときみたいに」
「……あの時も、お前は俺のこと邪魔しようとしてたよな」
「あっはははは。懐かしいねー。懐かしすぎて覚えてないや」
ダクネスが呑気に笑っている間。
俺は、アルドノイズと戦った時のことを思い出していた。
狂弥がダクネスを足止めしてくれて、エーデンと……凪が協力してくれて勝てた、戦いを。
そうだ、まだ狂弥の件も……まあ、これはいいか。
「俺は明日、バトルロワイヤルの最中に決行する」
「そっか。じゃあ私もみんなと協力して宏人くんを止める側に回ろうかなー?」
「別に構わないさ。逆に、お前がちゃんとあいつらの仲間に加わったみたいで安心する」
「ふーん。宏人くんの気持ちは分かったけど……実際そんな状況になったらムリでしょ。『万里一空』一つじゃニーラグラちゃんだけでも苦戦するよ」
「そんな状況だからこそだろ。お前が俺を裏切る時点で、アルドノイズに勝つなんて不可能だ。アルドノイズに何も出来ず殺されるより、お前たちに止めてもらった方が気持ちがいい……それで、実際のところはどうなんだ」
俺は静かにダクネスの顔を見る。
ダクネスは、その顔を無邪気に破顔して。
「もちろん協力するよ」
そんな、心強い言葉を言ってくれた。
だが俺は知っている。
長くはなくとも、それなりに濃く付き合ってきた仲だ。
ダクネスの顔が、今度は邪悪に染まる。
「だってアルドノイズの件を片付ければ、宏人くんが勝っても負けても──死ぬつもりでしょ?」
「……」
ダクネスは立ち上がり、湯船から出ていく。
俺はそれを無心で見つめながら……遅れて、小さく。
「ああ、そうだ」
俺の言葉は、誰の耳に届くことなく宙に溶けて消えた。
あけましておめでとうございます!新年一発目の投稿となります。超能力という名の呪いはもうそろそろ完結となりますが、ここまで読んでくださっている方がいましたら、どうか最後までお付き合いください。残り10話もないと思いますが、よろしくお願いします!